第10話 模擬戦①
クロエの宣言で話も纏まったので、一旦ここで昼休憩になった。
アラタはスキル【剣士】を試したかったのでクロエに声をかけた。
「クロエ、後で剣の稽古を付けてくれないか?」
それは単にアラタの思いつきであったが、「え?」と殊更にクロエは驚いているようであった。
「二人だけで行くなら俺も多少は剣を鍛えた方がいいだろ? 前の世界で少しは覚えがあるし」
同じレベル10ということでその差を見たかったのだ。
「うーん」
だが、クロエは何故か渋い顔をしている。
「おいおい、お前さん相手は選んだ方がいいぞ?」
ガイルが声をかけてきた。アラタに協力しないと言っておきながら、話しかけてくるので、アラタは眉をひそめた。こういう図太さを持ち合わせているのが冒険者なのかもしれない。
「どういう事だ?」
「騎士団長は元々、剣聖アイザック・グローリアが保護した戦災孤児だ。幼い頃から剣の手解きを受けている。その天才的な剣技はただ一つの欠点を除いて完璧だ」
随分評価されているんだと分かる。若く騎士団長になったのは伊達ではないという事だ。
「ただ一つの欠点?」
「彼女は剣において手加減出来ない」
なるほど。怪我したくなければ、止めておけと教えてくれてるんだな。案外見た目によらず優しいのかもしれない。それにしても……
「剣聖って。新キャラがまた出てきたな」
「あなた達が召喚された時、大聖堂にいたわよ」
クロエが付け足すように言った。
―しかし、クロエがそんなに強いとは……。
確かにクロエの鍛えられた体つきを昨日見ているので、アラタは自身の華奢な体つきと比較しても無謀な気がしてきた。
何より、強いなら多少の手加減はしてもらえるという甘い考えもあったのだ。
「ガイルの言う通り、私は手加減出来ない。で……どうするの?」
クロエがぐぃっと顔を近づけて来た。いい匂いがして、「や、やる!」とつい言ってしまった。
腰は引けていたが、要するに美人に逆上せていたのだ。
そして、なぜ手加減出来ないのか聞きそびれてしまった。
「そう……ま、別に無理に止めろとはいわないけどね」
クロエは傍から見て表情に変化はなかったが、アラタは見抜いていた。
笑っていると。
◆◆◆
手合わせは昼休憩の後に行う事になり、アラタは宿舎使用人のキッチンに向かった。
昨日と同じで元冒険者のイザベラと、孫のルチアが待っていた。
「アラタ、ホットケーキ作ってー」
ルチアがアラタの手を引いた。子供になつかれてしまったので、今日もホットケーキだ。そして、昨日よりホットケーキを美味しく作れるようになっていた。
―食後。緊張が面に出ていたのであろう。「どうしたんだい?」とイザベラが心配した。
「実は騎士団長と手合わせをする事になりまして。まあ、俺が申し込んだんですが」
「ほぉ! 歴戦の猛者に一戦申し込むなんて、物好きだねー」
「そうかもしれません。あとイザベラさん、俺にさん付けしなくてもいいですよ」
「そうかい? じゃあアラタ。騎士の剣術ってのは相当だからね。気を付けな」
「まぁ、当たって砕けますよ」
アラタとしてはスキル【剣士】をカンストしているので、それなりに戦えると踏んでいた。
「ふむ。発言内容とは逆に自信があるようだね」
イザベラに心の内を言い当てられてアラタはまた苦笑いするしかなかった。―二十歳で歴戦の猛者……? アラタはその表現に疑問を感じたが、特に質問はしなかった。
◆◆◆
午後、もう一度闘技場に戻った。クロエと剣を交えるためである。
木剣と、頭部を守るメットと、革素材の防具があてがわれた。クロエも同じ装備をしている。
クロエは久々に剣を交えるので、気分が高揚していた。アラタの方はというと、先程のイザベラの脅しもあってか、緊張していた。
一方の勇者メンバーは多少の魔力が回復したので、また攻撃魔法の練習を始めた。
スズも午前中の練習と同様に的に向かって魔法を放つ。
「光弾」
先程より、自分の攻撃魔法が的に近づくのを実感した。スズは自分の練習もそこそこにアラタの剣の訓練を見学しようと思っていたが、それは叶わなかった。
勇者メンバーが魔法の練習を始めて数分。
バカン! とメットが割れる音と共に「コモラン!」と冒険者の治癒師を呼ぶクロエの声が響いた。
「ありゃりゃ、こりゃいかんわ!」
コモランが叫ぶ。
スズが見ると、メットが砕け頭から血を流し、気絶しているアラタの姿があった。思わず口を手で覆う。
「あいつ、全然じゃね?」
誰かが言った。
◆◆◆
アラタはコモランの応急措置を受け、近くにある大聖堂の方へ連れていかれた。
大聖堂にはレベルの高い治癒師が数人常駐しているからだ。また、大聖堂には治療院が併設されており、そちらで怪我や病気の治療を受ける事が出来た。
コモランも治癒師としての仕事は出来るのだが、レベルは高くなかった。勇者達は後で知る事になるのだが、高位の治癒師は危険な冒険などしなくても食べて行けるので冒険者が治癒師を名乗っている場合はその程度の人材だと思えばいいという話だ。意識の途切れているアラタは高位の治癒師の治療を受けた。
驚く事にその治癒師はソフィア・メリル・アルフスナーダ王女である。きめ細かい白い肌。白銀に近い金髪。青い瞳。ドレスで締め上げられた胸元が、溢れんばかりの二十歳の美女である。
「一日休めば治るわ」
ソフィア王女はそう言うと、アラタの額から手を離した。
本来は治癒師としての活動はしていないソフィア王女であったが、勇者の一人であるアラタの怪我とあればその治療をかって出たのである。
「ソフィア王女、ありがとうございます」とクロエは頭を下げる。
「クロエ、他に誰もいないから敬語は止めて」
同じ学舎で時間を共にした二人は親友でもあった。二人とも同い年の二十歳である。
「そうね。ソフィアありがとう。危うくアラタを殺してしまうところだったわ」
クロエの声は震えていた。
「スキル【鬼神】が発動したのね」
クロエの持つ特殊スキルだ。対峙した敵を脅威とみなすと本来の二割増の能力が発揮できる。一度発動すると戦闘終了まで止まらない。これがクロエが手加減できないと言われる理由である。
「その腕を見せて」
クロエの顔が苦痛に歪む。腕に大きなアザが出来ていた。
「大したものね。あなたに手傷を負わせるなんて」
ソフィア王女は、アラタの寝顔を見つめた。その顔には含みがあったが、クロエは気がつかなかった。
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