第9話 攻撃魔法を使う

 宿舎に着いたアラタは自室でステータス画面の【書籍】を開いて、ざっと流し読みしていた。

 携帯のアラームが鳴ったので、自分が本来、起床する時間になっているのだと気付く。結局寝る事も出来なかったので、食堂でコーヒーを飲む事にした。

 朝早いので誰もいない。

 準備していると、誰かが入ってくる。

「おはよう」

 宮森スズだ。昨日もこの時間に食堂に来た。

「おはよう」と返事した。

 化粧っ気もないのに可愛いらしい。

 会う度に見とれてしまうアラタであったが、要は好みの顔立ちなのだ。

 彼女は紅茶派だったが、ここにはなかったのでミックスジュースを作った。

 パンとゆで卵とサラダを準備して、さしずめ喫茶店のモーニングセットのようにして、二人で食べる。

「アラタは昨日もこの時間にいたけど、いつもこの時間にいるの?」

「目が覚めるんだよ。八時から仕事だから、通勤時間を考えても、六時半には起きてたな」

 会社に近い方が良かったが、琴子の大学の近くのアパートを借りたのだ。そのため会社まで一時間以上の通勤距離だった。

「スズは?」

「私は単に朝型だから」

 そして、昨夜の親睦会で決まった事があるとスズは教えてくれた。

 勇者メンバーのリーダーを決めたそうだ。

 社会経験、年齢の理由からアツシになったという。

 自分のいない所で色々と決まっていくのは仕方ない事だ。

 アラタが避けているのだから。

「いいんじゃないか? アツシは適任だ」

 正直、どうでもいい。


 二人で食事の片付けをした。

 よく自分の借りた狭いアパートのキッチンで、琴子と料理をしたが、琴子は料理や片付けが苦手だった。

 スズは慣れていて、スズが食器を洗い、アラタが布巾で拭いて棚に戻す。

「夫婦は家事を協力してやるべきだよな」

 ふと、そんな言葉がついてでた。

「そうね。それは素敵」

 スズはにこやかに答えた。

 アラタの外見でそんな台詞が出てもポッと頬を赤らめて、などとなるわけでもない。アラタもそんなつもりで言ったわけでもない。

 ただ二人の間に親密な空気が流れたのは確かだった。

 窓から差し込む光が彼女の美しい顔立ちを際立たせていた。


 ◆◆◆


 十時になり、宿舎の食堂に集合した。

 今日は魔法を使うという。

「闘技場があるので、そこで練習しましょう」

 そこはイタリアのローマにあるコロッセオと同じような建造物であった。

 イタリアのコロッセオなら近くに真実の口があった筈だが、見渡してもそれはなかった。

 当たり前だ。ここはローマではないのだから。

 中に入ると既に昨日の冒険者達がいた。

 的が設置されていて、あれに向かって魔法を放つのだろう。

「ステータス画面を開いて下さい」

 皆、口々にステータスオープンと言う。

 アラタは、それ恥ずかしいだろ? と思ったがわざわざ口にはしない。

 アラタはステータス画面は開きっぱなしである。

 自分の属性をタップすると使える魔法が分かると説明された。

 火弾。光弾。闇弾。水弾。とかそんな感じのものがある。

 要は攻撃魔法だ。

 一属性に対して一つの魔法。それしかなかった。

 アラタは全属性持ちの為全て撃てるが、他の勇者は一人一個だけだ。

 使っている内に魔法の種類は増えたりするらしい。魔法にも【練度】があるのだろう。

 魔術師学園に通うと、属性と関係ない魔法も使えたりするらしいが、修得するのに時間がかかるので、今回はやらないという事だ。

 召喚する国ごとによって勇者の教育方法は違うという。

 その辺りの情報も欲しいところだ。


 まず、冒険者である魔法使いのリーナが実践する。

「火弾」

 掌を的に向けて放つ。野球のボール程度の大きさの火の球が的に向かって飛んで行き命中した。

 威力もあってボンっと爆発して的が吹き飛んだ。

 おおーっと、皆から感嘆の声が上がる。


 それを見て、武内ツバサがやる気を出していた。

「剣と魔法の世界サイコー!」と吠えていた。

 クールに構えているリーナだったが、ツバサにはベタベタして教えていた。

 他の連中に対しては素っ気ない態度だ。

 明らかに分かりやすい態度であったが、猪熊トウカがツバサとリーナのやり取りを凝視していただけで、他の連中は自分の事で精一杯だった。想像していた以上に、魔法は難しいものだったのだ。


 ツバサが「火弾」と言って魔法を放った。

 リーナとは段違いの大きさの火の塊が放たれる。

 だが、その塊は的から大幅に逸れた。

「正直、威力は申し分ないわ。魔術師学園でも、この国でもこんな威力の魔法を放てる人はいない。流石、勇者といったところかしら」

 リーナが眼鏡をクイッとした。

「でも使いこなすには【練度】が必要よ。沢山撃って練習しましょう」

 ツバサは全部で十発放ったが、全て外れた。

 そして、魔力が尽きたらしい。荒い息を吐いて、地面に座り込む。


 他の勇者もそれぞれ自分の属性魔法を放ったが、全て外れていた。


 アラタはスズの魔法を見ていた。

 彼女と同じ光属性と申告したアラタだったので、どんな感じか観察していた。


「光弾」

 まばゆい大きな光の球が的に向かって放たれたが、やはり外れた。

 光弾には物理的な攻撃力はない。

 悪霊などの実体を持たないモンスターに有効な攻撃魔法だからだ。

 だが、外れては意味がない。


「光弾」

 アラタは魔法を放った。

 スズの魔法よりはるかに小さいビー玉サイズの光の球が的から大きく逸れて飛んでいった。

 十発程度放ったが、全て外れた。

 だが、他の連中と同じく魔力が尽きる事もなく、次の光弾を撃つ事が出来た。

 他の連中より出力が弱すぎて、魔力を消費していないのだろう。


 二十発、三十発と撃っても全く疲れない。

 他の連中はへばって座り込んでいたので、アラタだけが、魔法を撃っている状況になった。


「小さくね?」

 誰かが言った。


 ◆◆◆


 百発位撃ったところでクロエに止められた。

 全弾外れてはいたが、少しコツを掴みかけていたので、不本意だった。

「何だ、クロエ」

「アラタ、皆終わったので一旦ここで止めましょう」

 周りを見ると、全員アラタを見ていた。

「アラタ、レベルを上げてないのか?」

 ツバサが聞いてきた。

「アラタは召喚された当初の経験値が、あまりなくてレベルを上げれないのよ」

 クロエが答えた。

 アラタがギルドカードを作った時に言った嘘である。

「話が違うじゃないか。勇者は大容量の魔力と経験値を保有して召喚されると言ってなかったか?」

 勇者メンバーの一人である設楽タカヒトが眼鏡をクイッとして言った。

「イレギュラーよ」

 魔法使いのリーナが眼鏡をクイッとして言った。

「イレギュラー?」

 タカヒトが眼鏡をクイッとして言った。

「勇者召喚の儀はあらゆる条件が整ってこそ出来る神の御技よ。でもそれを行使するのは人間なのよ。一人位使えないのが交ざっててもおかしくないわ」

 リーナが眼鏡をクイッとして言った。

「とはいっても勇者だぞ。レベルが低いだけで、魔力はありそうじゃないか」

 タカヒトが眼鏡をクイッとして言った。

「確かにあれだけの数の光弾を撃って息切れ一つ起こしてないのは素晴らしい事よ。でも一度に放つ量が圧倒的に少ないわ。戦闘要員としては落第よ」

 リーナが眼鏡をクイッとして言った。

(いちいち眼鏡をクイッてやるなよ!)

 全員が思っていた。

「その為にもアラタにはレベルアップが必要なのよ。経験値を稼がないといけない。ギルドの依頼を受けてモンスターを討伐しましょう。それが一番経験値を稼げるわ」

 クロエが言った。

「皆もどうかしら? アラタの為に一肌脱いでみない?」

 その言葉に、え? マジかよ。みたいな雰囲気が漂う。

「効率が悪いな。なぜレベルの低い者に合わせないといけない?」

 タカヒトだ。また眼鏡をクイッとする。

「そもそも一ヶ月の訓練期間で魔王討伐の旅に出ろと言ったのは、そちらではないか? なら経験値稼ぎより、まずは我々のチュートリアルに時間を割くべきだ。実際、魔法のコントロールもまだまだなんだ。今はそんなリスクは踏みたくない」

 タカヒトの言う事ももっともだ。男達が頷いていた。

「じゃあ、こうしましょう。アラタ以外の勇者はチュートリアルに専念して。残りの冒険者チームで行きましょう」

 クロエが提案した。それに待ったをかけた者がいる。

「嫌よ、何でそんな事しないといけないのよ」

 リーナだ。

「私達は勇者の護衛が主な任務よ。今日みたいに講師程度の事はしても、この一ヶ月で命を懸けるような真似はしたくないわ」

「リーナの言う事ももっともだ。我々の契約にギルドの依頼を受ける事は入っていない。それに今月は生活費と少しの給金が支給されてるだけだしな」

 戦士ガイルが言った。冒険者は無駄なリスクは取らない。

 昨日、採取に付いて来たのは、ギルドカードが使える様にならないと魔王討伐の旅に支障が出るからだろう。

「弱いなら、弱いままで構わない。勇者はこれだけいるんだからな」

 盗賊のルスドだ。要はアラタ一人位足手まといだろうと死んでも構わないと言うのだ。

 アラタとしては、勇者の方が希少価値高くないか? と思う。

 むしろ死んでいいのは冒険者だと。だが、それは胸の内にしまっておく。

 冒険者が行かないとなれば、勇者チームは尚更行けないだろう。


「分かったわよ! もういいわ。アラタ―」

 クロエは怒っていた。騎士団長である彼女もひと癖もふた癖もある冒険者相手では、まとめるのも一苦労だろう。

「私達二人で行きましょう」

 アラタがついた嘘でひと悶着起きてしまった。やはり嘘はダメだな。などと今さらながら思うアラタであった。

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