第7話 スキル【隠密】について考察する

 アラタが図書館に着いたのは夕方の六時だった。図書館は七時に閉館するのでそれまで一時間程度しか残されていない。いくらスキル【読書】があるとはいえ、一ページ、一文字ずつ目を通さないとステータス画面の【書籍】に入らない。

「そう考えると意外に読めないかもな……」

 読書に没頭しているとあっという間に七時になってしまった。

 コツコツと足音が聞こえた。閉館なので人がいないか図書館の係員が見て回っているのだろう。

 もう終わりか……。

 そう思っているとステータス画面に変化があった。 

『スキル【隠密】取得可能』

 これで係員をやり過ごせという事だろうか?

 取得して、レベルを10まで上げる。

 とりあえず、本棚の後ろに身を隠し息を潜めていると、係員が一通り室内を見て回るので、コソコソと見つからない様に逃げ回る。

「あれ?  誰もいない。まだ一人いたと思ったんだが」

 係員は、独り言を言って去っていった。

 暫くして奥の方で鍵をかける音が聞こえた。

 スキル【隠密】が発動したのかどうかは分からないが、上手く撒いたようだった。

 だが、困った事に図書館内の照明も消されてしまった。外は既に日が落ちて窓から入る光も僅かばかりだ。日本のように街灯もない。照明は魔石によって作られているのだが、窓から外に光が漏れて館内に人がいるのがバレてしまうので、点けるわけにもいかない。

 ふと、ステータス画面に『スキル【暗視】取得可能』の文字を見つける。

 暗い中で本が読めるようになるのだろうか?

 取得してレベル10にしたところ文字がギリギリ読めるようになった。だが本棚の陰など、全くの暗闇では流石に読むことはできなかった。本来は暗闇で戦闘を行ったり、移動したりする程度のスキルなのだろう。

 月明かりでもいいので、僅かな光源が必要なので、暗い室内で少しでも明るい場所を探して読んだ。その為か、読書のペースは落ちたが、暗い部屋の中で、黙々と本を読めた。

 しかし、暗い中で本を読むなんて目が悪くなったりしないだろうか?


 スキル関係の本を読んでも、スキルの種類に関してはあまり網羅されていない。

 というのもスキルを取得した人がそれについて公言する事が稀だからだ。

 スキルの本を十冊程度読んだのだが、【隠密】については一行、「暗殺者が持つスキル」の一文だし、【暗視】【読書】については今のところ、一行の記述も発見できていない。ただ、【剣士】【料理】はメジャーなスキルらしく色々と書いてあった。

 国立の図書館だけあって大量の蔵書があるのだが、ここから必要な情報を探すのは大変そうだ。目録でもあればいいのだが、見当たらないので地道にやるしかなかった。

 それにそもそもの問題であるが、日本のように本の内容自体が良くない。書籍というよりはメモに近い。覚え書き程度の内容が多い。それが大量にあり、図書館という体をなしてはいるが、まだまだ発展途上といった感じである。ぶつぶつに切られた情報を集めて自分で体験しながらそれが正しいのか調べる必要もある。

 九時まで読書をして、裏口のドアから出ていった。


 ◆◆◆


 他のパーティーメンバーは酒場で親睦会をしていた。

 親睦会といっても勇者チームで酒が飲めるのはアツシと琴子だけである。

 冒険者のガイルとルスド、コモランを加えた五人で盛り上がっている。琴子は誰とでも仲良くなれるタイプなので、ムードメーカーになっていた。アツシもトラックの運転手らしく酒盛りにはなれていて、雰囲気には馴染んでいた。

 テーブルの席はお酒を飲む人と飲まない人でふた手に分かれた。

 別のテーブルではクロエ、スズ、タカヒト、ミク、向かいにヒナコ、トウカ、ツバサ、リーナの順に座っていた。クロエは成人しているが、お酒は飲めないという。

 タカヒトはちゃっかりスズの横に座っていた。

「スズ、今日は自然の中に入っていったけど、虫とか大丈夫だった?」

 眼鏡をクイッとして、タカヒトがスズの生足を見て言う。

 タカヒトの眼鏡が光っていた。

「あぁ、これ? スカートの裏に虫避けの魔石が縫い込まれてるから、大丈夫」

 スズは昼間の様にスカートの裏は見せなかった。

 代わりに「タカヒト、これよこれ」とミクがスカートを捲し上げて見せた。

 太い太ももとパンティーまで見える程スカートを捲し上げたミクである。

「見せなくていい! 見せなくて!」

 タカヒトの目が潰れた。

「あら、いいじゃない。じゃあ、あんたのも見せなさいよ」と言って、タカヒトのズボンのベルトに手をかける。

「止めろ!」

 タカヒトはズボンの裾を必死に持って抵抗する。

 それでもミクはグイグイとズボンをずらし、勢い余ってそのまま二人とも床に倒れこんでしまった。

「ツ、ツバサ! 助けてくれ!」

「あぁーあー、何やってんだか。なぁ、ヒナコ」

「ん? あ、ゴメン。聞いてなかった」

 ヒナコはクロエと話し込んでいた。

 ツバサは自分に対するその扱いに少々驚いた。ほとんどの女は自分に注目しているものだからだ。

 その証拠にトウカと今日会ったばかりの魔法使いのリーナがツバサと積極的にコミュニケーションをはかろうとしていた。

 まぁ、何かの間違いだろう、と思い直したツバサは、トウカとリーナの相手をした。

 後ろではミクがタカヒトを半ケツ状態にしていた。


「何で今日の採取結果にあれだけ開きがあったのかな?」

 ふと、トウカが疑問をもった。

「あー、あれはアラタが……」

 ヒナコがそれに答えようとしたところ、

「そりゃあ、もちろんクロエと一緒に採取したからって事だろ?」

 ツバサの声にその意見が掻き消されてしまった。誰もがまさかアラタの適切なアドバイスのおかげだとは思わなかったのだろう。そのまま、話が流れてしまったので、ヒナコも敢えてわざわざ訂正する事もなかった。

 スズとクロエがいたら訂正されたかもしれないが、その時たまたま二人共、お手洗いに行っていていなかった。

 この飲み会で、全員に敬語や名前にさんを付けるのは止めようと決まった。フランクに付き合って、仲間意識を高めようというのが目的である。そういう意味でここにいないアラタは異物となっていくのであろう。


 ◆◆◆


 宿舎に帰ったアラタはお腹が空いたので、住み込みの使用人用のキッチンに向かった。

 誰もいないので、一人分の料理を始めた。使用人のマーサからは冷蔵庫の中も勝手に使っていいと言われていた。勇者の生活費全般の費用は国からの補助金が下りるので、問題ないらしい。

 ご飯を炊いて、野菜スープを作り、冷蔵庫に入っていた何か分からない肉を焼いた。


「もしかしてアラタさんですか?」

 調理しているところ、声をかけられた。

 見ると丸い眼鏡をかけたおじさんが魚と酒瓶を持って立っていた。

「昼間は義母と娘がお世話になったそうで」

 どうやらマーサの旦那のようであった。

 名前をカイルという。マーサと夫婦共々、宿舎の使用人として働いているということだ。

「これ、朝市で仕入れたのですが、よろしかったら」

 食堂で余ったという魚をくれた。

 朝市。ここでは常設的に毎朝、開催しているらしい。

「朝六時から八時までそこの大通りでやってますよ。昔、召喚された勇者が日本食を伝えてくれたので、味噌とか醤油も売ってますよ」

 それは興味深いと思いアラタは近々行く事にした。

「それとこれ、よかったら一緒に飲みませんか?」とカイルが酒瓶を揺らす。

「いいですね、ぜひ」

 調理を済ませて二人で卓を囲う。異世界の酒も興味を引いた。ついでもらった酒は少し濁っていて飲んでみるとアルコール度数が高いものだった。

「やべ、カーっときたー!」

「はは! アラタさんには少し早かったかな?」

 と言ったカイルは水を飲むように、その酒を飲んでいた。

 確かにカイルの言う通りだ。酒の味などよく分かっていなかった。明日もあるため無茶な飲み方も出来ないので、チビチビと飲んだ。

 差し入れされた魚を捌いて刺身にして、それを酒のあてに、カイルと酒を交わす。

 ここにはワサビと醤油がないので、工夫して刺身に合うソースを作った。

 カイルは、旨いと言ってペロリと食べた。

 酒盛りをしながら、ふと、スキル【隠密】について考えていた。

 文字通り隠れるためのスキルであるが、そもそもスキルを使うという感覚が曖昧で分からない。料理をすれば、何となく旨い料理が出来てしまう。読書すれば【書籍】というアプリ(そう呼ぶのが適切だとアラタは判断している)にダウンロード出来てしまう。

 これは、スキルを使っているという事なんだろう。行動に連動してスキルが発動していると推測する。

 では、【隠密】はどうなんだろうか?

 例えば、今そのスキルを使っているんだと、意識してみた。しかし目の前のカイルは、アラタに向けて会話をしている。「おや? どこいった?」みたいな事にはならなかった。

 おもむろに立ち、テーブルの下へ潜る。【隠密】スキルを使うと意識する。

「どうしました? 何か落としたのですか?」

 しかし、カイルはアラタに普通に喋ってきた。

 認識されていたら、今さら隠れても発動しないようだ。

 何事もなかったかの様に席につく。ほんの少し酒を飲み、食事してお開きにした。


 ほろ酔い気分で使用人宿舎から本館へとアラタは戻る。

 騎士団宿舎の構造を説明すると、三階建ての本館が、東を通る道路に面している。ここ一階は食堂や会議室があり、二階は男性用の浴場、三階は女性用の浴場になっている。西側に使用人が住む一階建ての小さな建物があり、ここでアラタはカイルと晩酌した。本館一階から北館の女子寮、南館の男子寮に向かう通路が繋がっている。基本的に男子が女子寮に入るのは禁止で、その逆もしかりである。


 本館に戻ると風呂上がりなのだろう、ヒナコが階段から下りて女子寮の方へと歩いていた。

 ヒナコはまだこちらに気がついていないが、アラタはふと思い立ち、スキル【隠密】を使ってロビーにある台の物影に隠れた。

 ヒナコをやり過ごせるか試したくなったのだ。

 自分のかなり近くまで来たのだが、そのまま、素通りしていった。それからスズやミク、トウカがやって来たが、アラタに気付く事なく女子寮の方に戻っていった。

 思惑通りスキルは問題なく発動しているようだ。

「やはり隠れるのに特化したスキルと捉えていいな」

 そんな事を考えていると、はしゃいだ声が聞こえてきた。

 琴子とアツシが階段から下りてきた。

 いかにも湯上がりといった感じで、のんびりとした足取りで手を繋いでいた。

「じゃ、また明日」

「えー? いっちゃうのぉ?」

 琴子がアツシの腕を掴んで甘えた声を出している。

「しょうがないだろ?」

「何か寂しい」

 うっとおしい! 見たくねーわ!

 人がいないのを良い事に、二人はイチャイチャしていた。

「本当に行くから。今日は疲れた」

「そうね。また明日」

 するとアツシが回りをキョロキョロ見渡す。その様子を見てアラタは嫌な予感がしたが、それは的中した。アツシは回りに誰もいないと判断して、琴子に唇を重ねた。


 見たくない光景だった。


 ひどい夢を見ているようだった。逃げ出したいが、彼らに見つかりたくなかった。

 ステータス画面に変化があり、スキル【転移】が取得可能になっていた。すぐさま取得した。これはレベルがないらしく、取るだけでカンストした。

 今すぐどこかへ! 強く願った。

 足元からスーっと身体が消えていく。

 ふと、その中でアラタは「そう言えば異世界召喚されてから風呂入ってないな」とそんな事を考えていた。


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