第5話 冒険者ギルド ②

 ここでギルドカードについて説明しておきたい。

 この世界で最も簡単に申請し発行出来る証明書がギルドカードである。持っていれば、とりあえず身分は保障される。といってもアルフスナーダ国内での話で、他所の国では通用しない。他国では、その国公認のギルドカードを作らねばならない。レベルやギルドランクは世界共通らしいので、カードも共通にして欲しいところだ。

 また便利なのが、キャッシュカードとしても使える事だ。ギルドの依頼の報酬はカードにチャージされる。支払い方法は、カードリーダーに通し、更に自分の魔力をカードリーダーに付いている魔石に通す事で、本人確認が出来る。

 この世界の人間は魔法が使えても使えなくても、魔力を持っている。魔力は人によって違いがあるので、本人確認に使えるというのだ。

 指紋ならぬ【魔紋】である。

 もちろん国内であれば、どこのギルドでも現金化に出来る。インターネットでも通っているのだろうか? だが、その辺の技術情報は冒険者ギルドの機密になっていた。

 ちなみに冒険者ギルドの仕事を一度はこなさないと身分証としての効力を発揮しない。

 受ける依頼の難易度は別として、ギルドの仕事を引き受ける程度の力はある、というのが最低限の身分保証になるためだ。

 だから、クロエが選んだ簡単だという依頼を受ける事になった。

 野草の採取依頼である。

 主に薬草や毒消し草といったRPGではお馴染みのアイテムを採取するのだ。

 掲示板には冒険者ギルドの依頼が貼り出されている。野草の採取依頼は年中貼り出されていて新米冒険者が最初に受けるには最も簡単な仕事だそうだ。

「他には、ゴブリンやら人食い狼の討伐依頼……本当に魔物がいるんだな」

 掲示板の依頼を見てアラタは呟いた。


 国から装備としてレザーアーマーとブロードソードが貸し出された。女性はレイピアという細身の剣である。高校生の男共はテンションが上がって、何度も鞘から剣を抜き差ししていた。

「この装備は前回の勇者も使ったのか?」

 アラタはクロエに尋ねた。

「ええ、そうよ」

「彼らはどうなった?」

「……資料によると全滅したそうよ」

 とたんに、皆のテンションが下がった。

 その詳細を皆知りたがったが、国家機密な上にクロエも聞かされていないという。騎士団長が知らないのも問題があるとは思ったが、政治的な事は分からない。もっと上の身分でないと手に入らない情報なのかもしれないし、クロエが嘘をついている可能性もある。だが、それを指摘するのは気が引けた。アラタも幾つかの事を隠しているからだ。

 腹を探れば探られる。そのさじ加減は難しい。


 ◆◆◆


 受注した依頼に向かう前に昼休憩の時間になり、アラタは食事をするため一度宿舎に戻った。他の皆は町に出て外食である。アラタも誘われたがやはり断った。宿舎に戻るアラタの後ろ姿をスズは見ていた。

「どうしたの?」

 そんなスズをヒナコは気にかけたが「何でもない」とスズは歩を進めた。


 昼時の食堂は騎士の人達がいて、混雑していた。

 調理師のマーサにキッチンを貸して欲しいと言ったが、今は忙しくダメらしい。

 代わりに住み込みの使用人が使うキッチンがあるので、そこならいつでも使っていいと言われたので、そちらに向かった。

 そこは質素なキッチンで手狭ではあったが、きちんと掃除が行き届いていた。

 先客がいて、老婆と女の子がダイニングテーブルの椅子に腰かけて飲み物を飲んでいた。

 先程の調理師のおばちゃんの子供と母親だという。老婆はイザベラと名乗った。

「お嬢ちゃん、お名前は何ていうの?」

 アラタは女の子に目線を合わせて尋ねた。

「……ルチア……」

 女の子は恥ずかしいのか声が小さい。

「ルチアは何歳かな?」

「……五歳……」

「そうか、ちゃんと自己紹介出来て、えらいね」

 そう言って頭を撫でる。孤児院にいた頃を思い出した。ルチアは手遊びをして、もじもじしていた。

 アラタに親はいない。孤児院ではアラタと同じような両親のいない子供達もいて、年上のアラタが度々面倒をみたりしていたのだ。

 高校を卒業し、町工場に就職して、ある程度の貯金が出来てからアパートを借りた。

 孤児院を出ていく日は子供達に泣かれて困ってしまったが、それだけアラタが慕われていたという事なんだろう。

「お二人は食事はされましたか?」

「いや、まだじゃ。マーサが仕事中だからな。わしは料理が苦手でな。娘が戻るまで待っておるのじゃ」

「良ければ、ご一緒しませんか? ここで食事の準備をする予定でしたので。マーサさんにはキッチンを使っていいと許可をもらってます」

「いいのかい?」

「ええ、もちろんです」

 スキルの練度を上げたかったのもあるが、アラタの中にある孤独感が、他人との会話を求めていた。

 今日はホットケーキを作った。

 ルチアはもぐもぐと食べている。気に入ってくれたようだ。


「すると、アラタさんは勇者なんかい?」

 アラタの身の上を聞いたイザベラが口を開いた。

「ええ、そうらしいです。実感はありませんが」

 イザベラは、かつて冒険者をしていたそうで、現役の頃に勇者に会った事があるそうだ。

「彼らはどんな感じでした?」

「うーん、何と言うか普通の人って感じで。今のアラタさんと同じで、とても強そうには見えんかったなぁ」

 アラタは苦笑いするしかなかった。確かにこちらの人間のように武術などは盛んではなかった。日本は特にそうだろう。身体を鍛える事とはほど遠い生活をしていた。日頃スマホばかり弄っているのが社会的に問題になっていた。便利な世界ではあった。アラタもスマホ弄りが好きだった。


 ◆◆◆


 昼食を済ませ冒険者ギルドに戻ると、既に全員が外で待機していた。そして見知らぬ者達もいた。いかにも冒険者といった風体の者達だ。全員が揃うと、彼らの自己紹介が始まった。


 重戦士のガイルと名乗った壮年の男。両刃のグレートアックスと全身鎧のプレートメイルを装備している。

 魔法使いのリーナは眼鏡をかけた女性。こちらは若いが愛想はない。鎧ではなくローブを身に纏っている。武器は短剣であるがあまり使う機会はないらしい。魔法の杖を持っていて、これが魔法を使う際の集中力と少々の魔力の補助をしてくれるらしい。

 盗賊のルスド。盗賊のイメージ通り抜け目のなさそうな男に見える。動きやすそうなレザーアーマーを身に着けていて、腰回りに盗賊が使う罠を解除したり、鍵を開けるのに使う道具が入ったポーチを付けている。

 治癒師のコモランはメイスを持っている。治癒師というと、教会の牧師を思い浮かべるが、見た目は戦士である。

 魔王討伐の際に彼ら四人が護衛に付くという。今日はお目通りも兼ねて、招集された。


 そのまま、全員でぞろぞろと野草の採取依頼へ向かう。立派な正門をくぐって外に出ると、自然が広がっていた。

 魔物が出そうなものだが、王都の回りには結界石という魔石が設置されていて、あまり出現しないらしい。といっても万能ではなく、時々この結界を潜って魔物が出る事もある。効果範囲もあるので、王都から離れるほど魔物の出現率は高くなる。

 野草の採取も必ずしも安全とは言い切れないのだ。


 重戦士ガイルと盗賊のルスドが先頭を歩く。その後ろを勇者チームが続く。魔法使いのリーナと治癒師のコモランがその後ろ。アラタは一番後ろでクロエと歩いていた。

 アラタも勇者チームなのであるが、全く協調性がなかった。なるべく琴子とアツシから離れたかったのだ。

 それでも彼らの姿は目に入ったし、意識せざるを得なかった。

 琴子とアツシが並んで、話をしている。琴子はアツシを見ていて、笑顔だった。かつてはその笑顔は自分に向けられていた。本当は見たくなかった光景だが、どうしても目が離せなかった。

(心を閉ざさなければ、痛みが増していくだけだ)

 そう考えても、閉ざせないアラタである。

 沈んだ目になっていると「―……は、どうですか? 私は好きなんですが」と隣を歩くクロエに話しかけられた。

 今日のクロエは軽量なプレートメイルを装備している。髪はアップして編み込んでいたので、クロエの美しい横顔が際立つ。

「髪形? いい感じじゃないか? クロエは元々整った顔してるからな」

 ボンっと音がするように真っ赤になって腕をわたわたさせ、「い、いえ?! 私の事じゃなく、この自然の景色の事なんですが」と慌てている。

「そうか、ゴメン。最初の方聞いてなかったから」

 琴子がよく髪形を変えて感想を求めてきてたから、そうだと思ったのだ。

「私は別に……嬉しいというか……ゴニョゴニョ……」

 確かに景色は美しく、都会に住んでいたアラタは心が癒やされた。

 クロエが話しかけてくれたおかげで琴子の事から気が逸れ、その後はクロエと楽しく会話しながら進む事が出来た。

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