第4話 冒険者ギルド①

 アラタは黄金の光に包まれていた。

 これは異世界召喚された時の記憶だろう。

 琴子を失って強い喪失感のあったアラタは多少の驚きはあったが、何もかもが、どうでもよくなっていた。一言でいえば自暴自棄。死にたいとまでは思わなかったが、この状況は自分ではどうにもならないと観念しているのが本音でもあった。

 その光が強くなり、真っ白な世界になったかと思うと、闇の中を漂っていた。

 そこに我先にと、何かがアラタの中に入り込んできた。

「我を選べ」

「いや、我を選べ」

「いやいや、我を選べ」

 いやいやいや……いやいやいや……

 あらゆる何かが俺に語りかける。

「我を選べば、あらゆる物を燃やし尽くす力を手に出来るぞ」

「我を選べば、あらゆる神性の力を手に出来るぞ」

「我を選べば、あらゆる物を闇の中に」

「我を選べば、大地の御業を」

「我を選べば、大気の力を」

「我を選べば、水の恵みを」

 あらゆるそれらが、アラタに売り込みをかけてくる。

 だが、アラタは「お前らで決めろよ。俺はどうでもいい」と言って選択する権利自体を拒否した。

 それらはお互いに会議を始めるが一向にまとまらない。お互いが譲らないので、決まるわけもなかった。それぞれが延々と主張していたが、結論は出ないと悟ったのであろう。

「一時保留としよう」

「そうだな」

「我らの力を、それぞれ体験して」

「決めてくれ」


 レベル20になるまでに―


「なぜ?」


 それは……―


 ◆◆◆


 ピピピ、ピピピ!、ピピピ!!

 携帯のアラームが鳴る。仕事に行く時間だ。今日も町工場できつい労働が待っている。だが、目を開けてみると、そこは見慣れない天井。

「そうか異世界だったな……」

 そんな台詞がついて出る。携帯の充電は切れそうだ。電気のないこの世界では充電出来ないし、そもそもネットがないので使えない。

 不要といえば不要な物だ。


 目覚めてすぐ琴子の事が頭をよぎる。別れを切り出してきた時、なんの感情もない冷めた目で自分を見ていた。

 何が悪かったのか。多分全てなんだろう。このまま二度寝をしたい気分にもなったが、今日から早速勇者の訓練が始まるので、気だるい身体を起こして部屋を出た。


 夜が明けたばかりなのか、食堂にはまだ誰も来ていない。腹が減っていたので、昨日作ったオムライスをもう一度作る事にした。

 結局、色々とクロエを疑ってみたものの、昨日食事をした感じでは、単に彼女は良い人であった。そしてアラタも楽しい食事の一時を普通に過ごしただけであった。

 準備していると、誰かが食堂に入ってきた。

「おはようございます」

 勇者メンバーの女子高生だ。

「おはよう。確か……」

「宮森スズです。アラタさん」

「そうだった」

 宮森スズは美少女といってよい。きりっとした瞳と眉。鼻筋は通っていて、凛として品がある。髪はさらさらとしていて肩口で切り揃えられていた。それでいて少女のような幼い印象もある。肌は白くてシミ一つない。

「料理されるんですか?」

 スズはアラタの隣に来て覗き込んだ。

「そうだよ。それからスズさん、敬語は必要ないよ」

「あ、はい。私もさん付けは必要ないです。実は昨日アラタさんが居ないときに、皆の名前を呼び捨てにしようって決めたんです」

「そうなんだ。じゃあスズって事で」

「はい。私もアラタって事で」

 スズは人見知りしないタイプのようだ。

「スズも食べる? オムライスでよければ」

「いいの?」

「二人分位なら手間は変わらないし、スズの前で一人食べるのも忍びないだろ?」

 その絵を想像したらかなり気まずい。

「じゃあ、お願いします」

 スズの白い歯がこぼれた。


 完成したオムライスを二人で向かい合って食べる。異世界の果物を使ってフルーツジュースも添えた。

「すごく美味しい!」

 スズは感動している。

 アラタも食べてみたが、確かに昨日より旨かった。卵がふわふわとしていて、絶妙だった。

 昨日より上手く出来ていたという事はスキルの【練度】が関係しているのだろうか。スキルを取得しただけではダメだと本に書いてあった。使い続ければ【練度】は上がるし、使わなければ下がっていく。スキルレベルがカンストしていてもダメらしい。

 確かに料理のスキルレベルがカンストしているからといって、作った事のないレシピが頭に降ってわいてくる事もなかった。―という事は多少の知識や研鑽は必要なのだろう。

 スズは、パクパクとよく食べているので、アラタは彼女に好感を持った。食べる事が好きな女はアラタの好みだ。ましてや可愛い。彼女に嫌な気持ちを持つ男性はいないだろう。

「スズの属性は何?」

「光。パーティーの中では後衛になるってクロエさんに説明された」

 光属性は攻撃よりは、治癒や浄化に特化していた。

「アラタは?」

「ひ、光!」

「あ、一緒」

 アラタはとっさに嘘を言ってしまった。全ての属性持ちだと言うのは憚られたからだ。

 いつかバレてしまうかもしれないが、だから何だと言うのだろうとも思う。

「一緒だな」

 開き直ったからなのか動揺する事なく普通に答える事ができた。とはいえ何となく罪悪感があるのは、スズに好意を持ったからか。


 ◆◆◆


 今日から早速、本格的に勇者としての訓練が実施される。

 基本的な勇者の訓練スケジュールは十時に食堂に集合し二時間の訓練。昼から一時間の休憩。そこから四時間の訓練。後は各個人で自由に、という事だ。


 今日はまず冒険者ギルドに行くそうだ。

 冒険者ギルドとはファンタジーのアニメや小説などでよくお見かけする組合だ。ここで、冒険者は仕事の依頼を受けて、その成功報酬で日々生活する。日本で言う日雇い生活者の職業斡旋所である。

 建物は大通りに面した場所にある。ここは本部だという。アルフスナーダの王都は大都市であるから、冒険者ギルドもいくつかの支部が点在している。騎士宿舎から近いという事もあり本部に案内されたのだ。

「皆さんにはここで、ギルドカードを発行していただきます」

 冒険者ギルドに着くとクロエはそう説明した。ギルドカードとは冒険者が発行出来る身分証である。

 可愛らしい受付嬢から用紙を貰う。

 名前とレベル。ギルドランク。後は自己申告制でアピールポイントを書く。この時にアラタは自分が適性している属性を光と書いた。全ての属性に適性があると書くのはマズい気がした。説明で勇者は一人一属性だとあったからだ。イレギュラーだと知られると、国から何らかの処置があるかもしれない。

 指先に針を刺して血を一滴ギルドカードに落とすとカードが蒼白く光る。これで本人以外は使用出来なくなるらしい。


 アラタ レベル1 ギルドランクF

 光属性 剣士


 幸いにも、嘘を指摘されるような事はなかった。嘘発見機みたいな設備やスキルを鑑定出来るような人材はいないらしい。虚偽申告も全て自己責任といった感じだ。

「アラタ、レベルが上がってないけど……レベルアップしてないの?」

 クロエが発行されたアラタのギルドカードを見てそう言った。

「どういう訳か経験値があまりないんだ」

 アラタは嘘をついた。三つのスキルを上限まで上げたが、まだまだ経験値は充分に残っていた。

「そうなの?」

 特に何も言われる事はなかったが、クロエは首を傾げていた。とはいえ真偽を確かめる術はないようである。

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