第3話 勇者の面々

 クロエに連れていかれた場所は騎士団の宿舎であった。

 通された食堂に召喚された皆がいた。

 アラタと琴子の事情を知らされたからなのか、特に非難される事もなかった。

 が、好奇な目で見られている気がしたアラタである。もちろんそれは自意識過剰であろうとも思えたが、気まずさは拭えなかった。


 全員が揃ったので、自己紹介をする事になった。

「西山アラタ、二十歳です。工場勤務です」

 小さな下請けの町工場で働き、労働時間は長く給料は安かった。アパートで一人暮らしをしている。両親はおらず、アパートに住むまでは施設で育った。


「私の名前は安藤琴子です。二十歳の大学生です」

 アラタとは高校の同級生でその時からの付き合いだ。可愛らしく人懐っこい性格のため、男子にモテていた。友達の少ないアラタと違って社交的で友人も多い。バスケ部に所属して、活動的な琴子と図書館通いの帰宅部のアラタが付き合い始めた時、周囲は驚いたものだ。


「田中アツシです。二十四歳です。父親がやってる運送業を手伝っています」

 琴子の新しい彼氏である。ゆくゆくは後を継いで社長になるのだろう。琴子は、要は将来性のある男に乗り換えたという事である。

 本当によくある話だ。


 次に高校生の面々が自己紹介した。

 全員、高校三年生で大学には進学出来るという事で、後は卒業を待つ身となっている。

 武内ツバサはイケメンでタレントもしている。

 横峯ヒナコもタレント兼女優。かなりの美少女だ。

 二人ともテレビで見た事のある顔だった。

 アラタはブラック気味の町工場で働いていたので、仕事に追われてあまりテレビを見ていなかったが、琴子やアツシの反応を見る限り有名人なのだろう。


 宮森スズは、大人しい雰囲気のするこちらも美少女。芸能人ではないという話だが、ヒナコに匹敵するほどの容姿である。

 猪熊トウカは学級委員長で、ハキハキとしたオサゲ女子。背が低くて異世界風に言えばピクシーといった印象だ。生徒会もやっていていかにも真面目な女子だ。

 設楽タカヒトは眼鏡男子。生徒会長をしている。父は議員をしていて、猪熊トウカと同じくこちらも真面目男子といった印象だ。

 最後の一人、東ミクは太っていて力士の誰かに似ていた。ツインテイルの黒髪で、ニーハイが太いもものせいで伸びきっている。

 

「皆さんには一ヶ月の訓練期間を設けて、それから魔王退治の旅に出てもらいます。相手は魔族ですが、勇者の皆さんなら必ず勝利できると信じています」

 すっかり気を取り直したクロエが言った。

「訓練期間が短くないか?」アラタが口を挟む。

「基本さえ覚えれば、あとは実践しながら成長すればいいかと」

「俺達は、日本という戦争とは無縁の国で育ってきた。とても信じられないが」

「大丈夫です」

 アラタは甚だ疑問であるが、力強く答えるクロエから不安な様子は一切感じられなかった。

「まぁ、とにかく一ヶ月訓練すればいーんだろ? とにかく頑張ろうぜ」

 立ち上がったイケメン高校生のツバサが主人公然とした感じで発言した。本人も自覚してるんだろう。いかにも自分を中心に世界が回っていると考えている男に見えた。

 確かに仕事であるなら、そうやって実践しながら覚える。だが死ぬことはない。今回は魔族と命のやり取りをするのだから、しっかり訓練した方がいいのではないかと思う。そう思うのだが、わざわざ議論する必要はないのでアラタは黙りこんだ。自分の意見が通るとも思えなかった。

 われわれ異世界人は、こちらの住人にとって新参ものであるし、この世界に拉致しておいて命をかけさせる人達がまともな奴らだとは思えなかった。とはいえ目の前の騎士団長であるクロエが悪い奴だとも思えない。アラタは複雑な気分でクロエを見ていた。


「明日は冒険者ギルドに行って身分証を発行します。食事はここで済ませてもいいですし、町に出てもいいです。その場合は言ってくれれば予算が出ます」

 寝る部屋も個室が用意されたので、至れり尽くせりといった感じか。今日は初日という事で解散となった。


 学生気分が抜けないのだろう。高校生達は談笑をし、琴子とアツシは親しげに距離をつめて話している。とてもじゃないが二人の姿を見ていられなかった。

 アラタはクロエに声をかけた。

「クロエ、食事は自分で作ってもいいのか?」

「構わないけど、アラタは料理出来るの?」

「自炊の経験はある。先程の埋め合わせという訳ではないが付き合ってくれないか?」

「あ、はい。よろこんで」

 クロエの頬に赤みが差したのは、図書館での事を思い出したからだろうか。


 アラタはスキル【料理】のレベルMaxがどういうものか試してみようと思った。もちろんアラタは先程の無礼を詫びる気持ちもあったが、もう一つ。クロエがどんな人間なのか知りたかったのだ。今のところ、この世界で自分と一番コミュニケーションを取っているのはクロエである。こちらの世界の人間が何を考えているか判断する上でももう少し話したかった(クロエが美人という点もあるのかもしれないが)。

 このまま食堂で調理をしたいと思いキッチンをのぞいた。そこでは調理士のマーサと名乗るおばちゃんが仕事をしていたが快く貸してくれた。割烹着が似合うおばちゃんである。

「意外だねぇ。勇者も料理するんだ」とマーサは感心していた。

 意外も何も、男だって料理くらいするだろうとは思ったが口にはわざわざ出さない。単に異世界人が珍しいだけなのかもしれない。

 他の勇者達は既にここにはいない。全員町に出て食べに行くそうだ。異世界の町を堪能したいのだろう。アラタも誘われたが断った。琴子に別れを告げられたばかりで、気まずくて行けるはずもない。


 クロエは料理をするアラタの横に立って見ている。彼女は普段着のラフな格好になっていた。健康的でさらさらの金髪が背中で揺れている。鍛え上げられた手脚がスラッとのびてスタイルも良い。目鼻立ちはハッキリしていて、瞳は凛としている。驚く程の美人だ。

 自分が迫っていい女ではないとあの時の事を後悔した。

 クロエと目が合った。クロエはアラタに向かって微笑んだ。思わず恥ずかしくなって視線を外し、冷蔵庫を開けた。木製の箱に冷却する力を持った魔石を埋め込んでいるという。日本でも明治時代に氷で食材を保存する木製の冷蔵庫があり、それによく似ていた。

 この世界の文明の利器は魔石によって出来ている。だから、アラタが住んでいた世界程ではないにしても、そこそこの生活は出来そうである。

 冷蔵庫の中身は異世界だからなのか、見た事のない食材が多かった。だが、図書館で料理の本も読んでいたので、どんな食材かは大雑把ではあるが、把握している。

 実はこっそりとステータス画面に【アルフスナーダの郷土料理】の本を開いていた。いわゆるカンニングだが、どうせ他人からは見えない。

「何を作ってくれるの?」

 一方、クロエはそわそわしている。男性と付き合った経験はなく、料理を振る舞ってもらった事もないのだ。

「こちらと元の世界で、同じメニューがあった。オムライス。それと野菜煮込みのトマトスープも作ろう。デザートはヨーグルトで」

 使う食材はビミョーに違うがほぼ一緒。手際良く材料を刻んで、調理を開始した。


「わぁ、美味しそう!」

 テーブルに並んだ完成した料理を見てクロエが感嘆の声をあげた。見た目も良くて食欲をそそる料理が出来たのではないだろうか。おしゃれなカフェとかで出てきそうだ。

「さ、食べよう」とアラタは言った。

「はい。いただきます」

 食べてみたが、味は普通だった。レシピ通りに作ったからそうなのだろうか。自炊していたからなのか、スキルの力なのか。初めての異世界で調理がすんなり出来たのだから、それなりにスキルの効果はあるのかもしれない。

「美味しい」

 クロエは喜んでいる。

「それは良かった」

 クロエの機嫌も直っているように見えた。

 デザートを食べ、食後にお茶を二人で飲む。

「はぁ、至福の時間……」

 クロエは満足してくれたようだ。

 アラタはこの機会に疑問に思った事を聞いてみる事にした。

「本を読んで知ったんだが、この国では勇者の召喚は十二年の周期で行われているんだな」

 カップを持ったクロエの手が止まる。

「そうよ」

「召喚はこの国と後二つの国で順番に行われていて、四年に一度、勇者が召喚されているという事だな。だが、討伐に関してはあまり良い結果が出ていないようだが」

 実際に魔王を退治した記述があったのは二百年も前の話だ。

「そんな事はないと思うわ。それぞれの国で攻略法を見出してそれを実践しているので少しずつだけど先に進んでるわ」

「アルフスナーダ国の攻略法とは?」

「勇者とはいえ素人よ。魔国にたどり着くのは容易ではないわ。だから、勇者には熟練の冒険者を付けて連れて行く手筈になってるのよ」

「成る程、護衛か」

「その代わり勇者には、私達では実現出来ない火力を補ってもらうわ」

 兵器として召喚されたのは承知の上で聞いたアラタだが、クロエが本音で語ってくれている事が分かった。

「それから、本で読んだのだがこの世界には魔物もいるんだな」

 ファンタジーではお馴染みの人間を襲う動物である。

「ええ。アラタがいた世界にはいないのよね?」

「魔物もいないし、魔族もいない。ましてや魔法なんて……」

 アラタはただの一般人として生きてきた人間である。だが勇者として召喚されたアラタはこの世界の住人よりも優遇された能力を持っているという。

 とはいえ、内面はただの二十歳の普通の男性である。しかも彼女に振られたばかりの目下のところ失恋真っ只中の男としては、異世界に召喚されて、魔王を討伐して下さいといわれて、ほいほいと行くような精神状態ではなかった。


 ◆◆◆


 月が出ていた。

 大きな月と、小さな月が二つ。

 それだけでここが異世界だと実感できる。

 宮森スズは宿舎のテラスからそれを見ていた。

「ホントに異世界だね」

 横峯ヒナコはスズに声をかけた。

 二人して月明かりに照らされている姿は、可愛らしくもあり、美しくもあり絵になった。

「お父さんとお母さんは心配してるかな?」

「だろうね。でも、ま。仕方ないわ。それにスズは良かったじゃない」

「何が?」

「タカヒトがいて」とヒナコは含みのある笑顔を向ける。

「タカヒト? 家同士は昔から仲はいいけど、別にただの幼なじみよ」

 あっけらかんとスズは言った。

 スズは表情に乏しく感情が読みにくいのだが、ヒナコは長年の付き合いで嘘を言っていないと分かる。

(タカヒトの事は全く何とも思ってないみたいね。タカヒトも可哀想に)

 そうヒナコは思ったが口にしなかった。

 華道の家元の娘である宮森スズの実家と代議士の息子である設楽タカヒトの実家は付き合いがある。時代が時代なら、スズとタカヒトは結婚させられていただろう。

「なーに? 恋ばな?」と東ミクが声をかけた。後ろから猪熊トウカが付いてきている。

「そんなんじゃないけど……」

 スズはその手の話にかなり疎い。

 どこかで手に入れたらしい肉をムシャムシャ頬張りながら「タカヒトに興味ないなら、私いただこうかしら」とミクがニヤリと笑う。脂が付いた唇がテカテカしていた。肉食系女子である。

「タカヒト、彼女欲しいって言ってたから喜ぶよ」とスズがタカヒト情報を教える。

(それは遠回しにあんたを彼女にしたいって言ってんじゃ)

 ヒナコは思ったが口にしなかった。タカヒトの恋模様に興味があったわけではないからだ。

「ヒナコはどうなの? やっぱりツバサ?」

 トウカがオドオドした上目遣いで尋ねた。

「いや、全然。確かに現場では良く会うけど、仕事仲間って感じね」

 芸能界では人気が出て来た二人なので、バラエティーやドラマで共演する事も少なからずあった。ツバサはイケメンでモテているから現場のモデルや女優も狙っているとの噂もあったし、実際それなりに女遊びをしていた。

 確かに姿格好はいい。

 だが、容姿は親から与えられたものであり別に努力して手に入れたモノでもないから、そこに価値を感じなかった。美少女に産んでくれたそのお陰でヒナコは芸能界に入れたのだが。

(外見も大事だけど中身よね。努力はもちろんだけど、結果も残さないと―)

 それがヒナコの男性に対する価値観である。

 ヒナコが「トウカはツバサ好きなんでしょ? 頑張んなよ」と背中を叩いてくるので、トウカは「え?!」と驚き、口をパクパクとしている。

「あんた隠してるつもりでしょうけど駄々漏れよ」

 ミクも勘づいていた。

「ええ―?!」

 トウカは叫声を上げた。

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