第2話 王立図書館
「あら、そちらのお方、どうかされましたか? 顔色が悪いですね」
何もせずにいるアラタにソフィア王女が話しかけたので皆の注目を浴びる。
「気分がすぐれないので、休ませてほしい」とアラタは青ざめた顔で言った。
「まぁ、それは大変。クロエ!」
「はっ!」
鎧を着けた女性が駆けつける。こちらもソフィア王女と同じく金髪の美しい女性だ。
「この方を休ませてあげて」
「はっ! さあ、どうぞこちらへ」
その女騎士に誘われてアラタは大聖堂の出口に向かう。
「せっかく異世界に来たのに大丈夫か?」とイケメン男子高校生(後で知った事であるが彼は武内ツバサという)がアラタに話しかけた。
だが、アラタは一瞥しただけで退出した。その時のアラタには余裕がなかったからだ。
「なんだあいつ?」
素っ気ない態度のアラタに訝しむ。
そんなアラタを琴子は何とも言えない気持ちで見ていた。
◆◆◆
(上手いこと抜け出せたな)
琴子に別れを切り出された自分は、さぞかし調子が悪そうに見えているのだろうと考えた。アラタはソフィア王女の勘違いした発言を利用したのだ。
「図書館とか、ありませんか?」
前を歩く王女がクロエと呼んだ女騎士に尋ねた。
「王立図書館ならありますが、行かれますか?」
「ぜひ、お願いします」
アラタは図書館が好きでそこなら時間を潰せると考えたのだ。また下手に勝手の分からない異世界をうろつくのはトラブルに巻き込まれる可能性もあった。図書館で大人しく時間を過ごしたい。
大聖堂の外はやはりというか、西欧風の街並みであった。石畳の道をクロエとアラタは並んで歩き、軽い自己紹介を済ませた。
クロエは騎士団長で、剣の腕前は国内でも有数の剣士という事だ。全身を鉄製のプレートメイルで固めているので、重くないかと尋ねたところ、筋力を増強する【スキル】を取得しているという。
ゲームなどではお馴染みの【スキル】である。プレイヤーが取得する特殊技能の総称であるが、この世界には種々様々なスキルがあり、どれ程のスキルがこの世界に存在しているのかは不明だという。
アラタは学生の頃は剣道部をしていたので【剣士】だというクロエに興味を持った (ただ高校を卒業して町工場に就職してからは、一度も竹刀を握っていなかったが)。
「アラタ様は剣をたしなんでいらっしゃるのですか?」
「アラタでいいよクロエさん。昔やってた程度かな」
「では、私の事もクロエと呼んで下さい」
クロエとアラタは同じ二十歳だった。その若さで騎士団長とは凄い。
「私は剣士のスキルがMaxのレベル10なので、出世したんです」
この世界では、スキルにもレベルがある。
スキルにも経験値を使用するので、自分のレベルアップを優先するか、スキルのレベルアップを優先するかで悩むそうである。
これも勇者の特典なのだが、異世界召喚者は四代元素である地水火風と、あと二つの光と闇のどれか一つに適性があり、レベルを上げるとその火力が上がるのだそうだ。
更に勇者特有のスキルが存在していて、レベル20以上で取得できるようになるので、王女は早速皆にレベルアップさせたのだそう。
ちなみにアラタはレベルアップどころか何もしていなかった。
どうにもやる気が起きない。
図書館に着いた。王立の図書館はこれまた立派な石造りの建物でアラタはその景観を眺める。
「それでは私はこれで」
「ありがとう」
「いえ、落ち着いたらまた大聖堂にいらして下さい」
「クロエ、あと敬語もやめてもらえれば」
「いえ、勇者に対してそのような……」
勇者とか言われてもピンとこないアラタである。
「同い年だし、そうしてくれないか?」
クロエはくすっと笑った。
「そうですか……分かりました。いえ―分かったわ」
そう言って、クロエは大聖堂に戻って行った。
笑みを浮かべていたから、アラタに好印象を持ってくれたようであった。また一方のアラタもクロエと話していて、気が紛れたのも事実であり、クロエに好感を覚えていた。
王立図書館と言うだけあって大きな建物の中にびっしりと本が並べられていた。だが本自体は日本のように上質な紙ではない。ごわごわとした分厚い紙で、印刷も木版画のようなものでコピーした本や、単に手書きで書き写していたりと、かなり大味な製本となっている。
図書館の中に人はいない。こちらの世界の人間はあまり本は読まないのだろうか。
異世界だから文字など読めないだろうと思っていたがすんなり読むことができた。日本語でもないのに意味がわかる。なぜこれらが日本語ではないと分かるのかと聞かれても、答えようがないがアラタはそう感じた。
適当に、【世界史】や、【魔法】、【スキルの基礎】など数冊選んでテーブルの椅子に座る。
暫く読んでいたが、文字がただ滑っていくだけで全く頭に入らない。喫茶店での出来事を思い出してしまうからだ。
異世界に召喚されたという事実は衝撃的であるが、琴子に別れを切り出された方が辛すぎた。
二人は合コンで知り合ったという。自分という男がいるのにそのような飲み会に参加したのには驚いた。
琴子が『彼氏のいない友達のために』と以前説明されて参加した事があったのを思い出した。
その時は『そうなんだ』という程度に考えていたが、今にして思えば琴子がそんなものに参加する必要はなかった。二人の終わりはその時に始まっていたのかもしれない。いや、琴子が終わらせたがったのかもしれない。
勇者として召喚されたのだから、これから彼らと冒険の旅に出るという事なのだろう。
その状況をアラタは望まなかった。
琴子とアツシが一緒に居る所をずっと見る事になるからだ。一体どれ程の長旅になるのだろうか。
「行きたくないな……」
だが、行きたくないと言って、そんな自分の要望を聞いてくれるかどうか疑わしい。相手は国家だ。自分一人の命運など、どうにでもなりそうだ。
勇者というと聞こえはいいが、要はこの国に都合のいい兵器ではないのか。そもそも自分の意思とは関係ない異世界召喚である。強制的に拉致されたようなものだ。
この世界で自分がどういう存在なのか、勇者として召喚された自分の能力で何が出来るのか。出来ないのか。知る必要があった。やる気がないと言っていても始まらないのだ。
「ステータスオープン」
アラタは唱えた。すると目の前にデジタルな文字盤が広がる。時刻も表示されていて、なるほど、こちらの住人は時計いらずといった感じだ。
アラタ・勇者・ レベル1
適性・地水火風光闇
経験値二五〇〇〇〇〇
取得可能スキル・剣士・料理・読書
先程のクロエとの会話を思い出す。
勇者は適性する属性は一つだと言っていたが、自分には全ての属性に適性があった。
また既に取得可能のスキルがあった。
剣士は剣道をやっていたからか。料理は一人暮らしでずっと自炊していたからか。読書は本が好きだからだろうか。
自分の生活習慣や趣味など、心当たりのある事が、取得可能なスキルとして現れるのだろうと、アラタは考えた。
皆スマホの様に使っていたから直感的に使えばいいのだろう。経験値をタップして、レベルではなくスキルをタップしてみた。
すると経験値がスキルに移され取得された。更に経験値を移すとスキルがどんどんレベルアップしていく。
取得スキル・剣士レベル10・料理レベル10・読書レベル10
全てMax状態にしてみた。スキルはレベル10で上限になるようだ。経験値は、二万ポイント程度の減り具合である。経験値が多いので、ちまちま上げる必要もないと思う。
早速、取得したスキルを試してみようと思うアラタである。
【スキル】というワードを先程から度々聞いていたが、これがどういったものなのか、あまり詳しく聞いていない。だがこの【スキル】があるのと、ないのとでは能力に差が出てくるのだそうだ。
ここは図書館なので試せるのはスキル【読書】だ。「スキル初歩の初歩」と表紙に書いてある本を手に取り読んでみた。読むスピードは多少速い気がした。しかも、目が文章を滑ったとしても内容が頭の中に入る。その上で頭の中に読んだ内容が理路整然と整理されている気がした。つまり、集中しなくても目で文章を追えば良いのだ。
だが、全て頭の中に記憶されるわけではなく、普段の読書と同じでアラタの記憶力を超える事はなかった。
万能ではないという事か。
気がつくとステータス画面には【書籍】の文字が浮かんでいた。スキルではない。独立してステータス画面に表示された【書籍】の文字は―
「アプリみたいなものかな?」
【書籍】をタップすると先程読んだ「スキル初歩の初歩」が全ページ入っていた。やはりスマホのアプリのようにページをめくって読める。一度でも読めば、いつでもどこでも読めるようになるのだ。
「ステータス画面がスマホのように使えるのか。便利だな」
アラタは夢中になって図書館の本をめくった。
ステータス画面はオープンしたままでも良さそうだった。画面を小さくしたり大きくしたり出来るからだ。
「いちいちステータスオープンとか唱えるの恥ずかしいからな」
それに開いていれば、新しいスキルの獲得など変化があればすぐ気付くだろう。視界右下の端に小さくして見えるようにしておく。
ちょっと気になるが、慣れていけばいいかと思う。
スキル【読書】により数冊の書籍がストックされた。このスキルはかなり便利で、多少なりともこの世界の知識が深まった。だが、文章を目で追うのだから疲れる。
気がつくと、いつの間にか日が落ちていた。
「アラタ、迎えに来ました」
わざわざ騎士団長であるクロエが迎えに来たのには驚いた。
「聖堂になかなか戻らないので」
「すまない。本に夢中になってた」
本を読む事に没頭していたのは事実である。そうすれば、戻らない言い訳にもなると考えていたからだが、それは無理な話でいずれ戻らなくてはならないという事も分かっていた。
「アラタ、失礼だけど事情は聞いたわ」
「……」
「でもここはどうか私情を捨てて、私達に協力して欲しいの」
そう言って頭を下げるクロエを見て、アラタは複雑な心境であった。
「事情を聞いたって、あそこにいた奴全員か?」
「はい。琴子さんから聞きました。私が交際の解消を申し出たから、アラタは自分と一緒なのは嫌がるだろうと」
(気まずいな! 琴子の奴はバカなのか?)
アラタは頭をかかえた。これから女に振られた男のご帰還である。さぞ好奇心に満ちた目で見られる事であろう。
「召喚したのはそっちの勝手だろ? 俺の都合はどうなる。それにこちらの世界など、今のところ俺には何の愛着もないしな」
開き直ったアラタは自分の思いを伝えた。
「確かにアラタはこの世界に関係のない異世界の人間だわ。言ってる事は間違ってない。だけど―」
「クロエ。俺はついさっき失恋したばかりなんだ。そんな中、突然勇者だ何だと言われても。甘えかもしれないが、やる気が全くでない。……だが戻ってやってもいい」
「そ、そうですか! 感謝しま……!?」
アラタはクロエの手を掴んで引き寄せる。
「クロエが俺の彼女になるというのはどうだろう? 失恋を忘れさせてくれるのは新しい恋だろ?」
クロエの顎をクイッと持ち上げる。そして唇を近づけていく。
完全にイケメンがやるような行動ではあった。アラタはイケメンではないし、中の下といった容姿の男性だ。
だからであろうか、とんっとクロエに押されて、二人は離れた。
「ひ、ひどいわよ。アラタは!」
涙目でクロエが訴える。
美人の涙は正直ズルいと思うアラタである。
「分かったよ。行くよ。騎士団長になる程なんだから男の経験位あるだろうに」
ちょっとやり過ぎたかと思うが、罪悪感はあまりなかった。自分の都合を押し付けているのはこいつらの方なのだ。
アラタは琴子に振られた直後で情緒不安定になっていた。本来のアラタは女性に対しては奥手である。
だが、やりたくもない事を押し付けられて苛立っていたのも、また事実である。
アラタはドアに手をかけて図書館を出ていく。クロエはうつむいていた。
「経験なんてない……」
その声はアラタには聞こえてなかった。
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