幻想の里、恐怖の里 第2回

          世も我も残り四枚の九月かな


ここ神戸では、8月15日に台風8号が直撃しました。直撃も直撃、すぐお隣の明石に上陸してしまいました。昭和の時代から一度も改修してこなかった我が家にとってはまさに脅威です。倒壊した場合に備えて同居者は人間も猫も全員二階で一夜を過す破目になりました。幸い、風雨は拍子抜けするほどおとなしく去ってくれたので命拾いです。さて、台風が過ぎてみると、空気が一変したのをはっきり感じます。清々しいとまでは言えなくても、熱中症アラートの途切れることのなかった先日までとは明らかに異なり、残暑へと季節が動いたことを実感できます。騒がしかったアブラゼミやクマゼミたちの咆哮も嘘のようにツクツクボウシに取って替わられました。

 九月です。カレンダーも今朝から残り4枚になりました。友未の命の暦はもうそんなに残っていないかもしれません。せめて実り多き、愉しいページを記さなくては!


「幻想の里、恐怖の里」、ご参加とご声援、ありがとうございました。最終的にお残り頂けた37作品(→ https://kakuyomu.jp/user_events/16817330660125945895?order=published_at)に、途中退場や、拝読できないままなぜかカクヨム上から消えてしまわれた数作品、様々な理由からはねさせて頂いた10篇近くを加えますと上限に設定させて頂いていた40作を軽く上回る50篇以上のご寄稿を頂くことができ、あらためて深く感謝申し上げます。今回はじっくりと腰を落して浸り込んでしまえるような陶酔的な作品は意外に少なく、そのかわり、エンタメ的な愉しさにあふれた作品や、ふっと心の隙間に入り込んでくるような短編が多かった気がします。


 ∮ そんな中で、その耽美性が友未の心を強烈に捉えたのが朝吹さまの【白の境に舞う金烏。】です。前、後篇二つの章からなる神話性に彩られたファンタジー(というよりその逆)ですが、背景の世界観や描かれて行く出来事以前に、文章そのものにただならぬ幻想力があり、最初の数行を読んだだけでたちまち物語のなかへ引き込まれて行きました。前篇では、J.G.バラード風のシュールな風景をバックに、ひとりの娘と生贄に捧げられたその思い人の悲劇が幾許かの辛味も交えて美しく奏でられて行き、その後日譚となる後篇では、前篇の主人公たちの娘が、人々や世界のその後の営みを人ならざる高みから俯瞰して語り継ぎ、物語を神話の世界へと収束させて行きます。古代叙事詩と呼びたくなる筆致でした。以前の企画の折お寄せ頂いた佳篇【焼けた空から降り来たる】同様、寒色系のトーンとは真逆の、金や赤の眩い色彩感が鮮烈です。


 ∮ 対照的に、板久咲絢芽さまの【Tá daoine maithe ann.――善き隣人は、其処に居る】は、水彩画のように淡い色調の美しいトラディションです。ケルトの民話や伝承がバックに広がる妖精譚ですが、たとえば一面真っ青に狂い咲く弔いのブルーベルの絨毯のシーンや、人間と「善き隣人」の世界の狭間に立つ危うさの中での心の動きが描かれる瞬間でさえ、すべてに薄い紗のかかったようなはかなさや妖しさが漂い、悲しみより切なさが、情熱より憧れが、恐怖より気味悪さが混然一体となって息づいていて、ラフカディオ・ハーンにも通じるような懐かしさも感じました。幼い頃、淡い想いを抱いていた美少年との意外な再会。彼はすでに「善き隣人」に同化した存在となっており、少女を彼の名付け親の弔いへと誘なう。少女は彼ら「善き隣人」への惧れと憧れと同情を感じながらも食物を口にすることを拒み、人の手で救い出される。だが、「善き隣人」たちにもいつか救いは訪れるのだろうか … 。物語全体がひとりの少女としての自らを振返る老女の昔語りとして回想されて行き、終章だけは相手役の「善き隣人」からの現在形の視点で結ばれる構成です。親愛と害意、気高さと惨めさ、そうしたどこまでも両価値的な存在として綴られる「善き隣人」。この上なく乙女チックなイメージに満ちてはいましたが少女趣味ではありません。


 ∮ 上記二作とは逆に、鐘古こよみ様の【蓬莱の玉の枝】は等身大の和風作品です。最初から最後まで紛うことなき児童小説なのですが、油断していた友未は、途中でヒエッと肝を冷やされました。さりげなく随所に置かれていたほのめかしはそういうことだったのか … 何だか心憎いです。「中学校の仲良し男女4人グループが、学校の裏山にまつわる言い伝えに興味を持ち、星を見るついでに「深夜の散歩」をしようと決めるが……。」とご自身の紹介文にある通りの内容ですが、ネタバレになってはいけませんのでそれ以上の内容についてはご容赦ください。ただ、怖いのですが、陰惨さはなく、ラストなど一抹のペーソスやノスタルジーさえ漂ってきて好きでした。プロット自体は時々見かけるものですが、書き方が全てでしょう。


 ∮ 好みという点では【光】のA子舐め舐め夢芝居さま。朝日が差し込んでくる通勤電車で隣の車両から入ってきた男が、降りている窓の日除けを片端から上げて行く。帰りの電車でも同じことが起り、男は「光がないと出られないのに。出られないのに。」と言っている。男の影には顔があって口がパクパク動いている。電車は予定時刻ぴったりに到着し、私は外に出る。「空はのしかかるような深い紺色になっていた。世界を閉じ込めている暗闇にぽつんと空いた小さな穴のような月から黄金色の光が差し込んでいた。それで私は出られないことが分かった。」(原文ラスト)という二千字足らずの不条理エピソードです。「出られない」に訳も分からず納得させられていました。本筋とは関係ありませんが途中、「上空と地平線の間の真ん中よりも少し下のあたりの太陽が」という描写にふと感心しました。


 ∮ 怪談ものですっかりお馴染みの平中なごん様ですが、今回の【ひんやり屋】は、これまでの幽霊話とは一味も二味も違う怖さ、面白さでした。「炎天下の中、裏道で「ひんやり屋」なる奇妙な店を見つけた私は、「最高のひんやり」という蠱惑的な売り文句に惹かれ、怪しみながらも足を踏み入れたのであったが…。」という紹介文そのままのお話で、「ちょっと江戸川乱歩的なテイストで送る」とあるのもその通りだと思いました。時候的にもピッタリのテーマで、かなりどぎつい表現もありますが、グロテスクな恐怖と安らぎが二転三転するお化け屋敷的な仕掛けを思い切り堪能させて頂けました。ただし、読んだあと、どうしてこの主人公だけ帰れたの?と疑問が起きてきました。でも、この「アフターケア」自体がまたまた騙しだったりして … 


 ∮ 武江成緒さまの【屏風のぞき】は、慌てず騒がず、腰を据えてていねいに語り込まれた本格派の怪談で、描かれない怖さ、語られない妖しみを抱えていました。とある旧家のお屋敷に嫁いだ語り手の母が嫁入り道具として実家から持参した先祖代々つたわる家宝めいた屏風をめぐるお話で、読み終えてみると、適度に崩された口語体でさりげなく述べられて行く語り口が、却って薄ら寒く思えてきます。

 全12話からなり、導入部に当る第1話では鳥山石燕の「屏風のぞき」の妖怪画が紹介されていました。第2話では、嫁入り道具の屏風を持ち込もうとする母方の祖父と激しく拒む夫方の祖父のあわやの対立が語られ、この屋敷には過去にも屏風にまつわる怪異や凶事があった背景が述べられて行きます。夫の一喝で、結局、屏風は誰も使わず、めったに人の立ち寄らない西の隅にある空き部屋に仕舞い込まれ、部屋は「屏風の部屋」と忌み怖れられます。第3話、ある時、盃をとりに屏風部屋へ行った母が、とんでもない勢いで板張りの廊下を激しく駆け戻って来て、幼い私を恐怖させます。この部分の描写は、この物語の中でもひときわ真に迫った印象深いものでしたので少し長くなりますがそのままご紹介させていただきましょう。


   ええ、そうだったんです。

   廊下を走ってきたのは母だったんですよ。


   それを知って、一層、怖くなったんだと思います。

   母に抱かれても、慰められても、いっこうに泣きやむことができなかった。

   母が、あんな勢いで家の中を、廊下をつっ走ってくるなんて、とても信じられ 

   なかった。

   これは本当にお母さんなんだろうか、そんな気さえしてたんですね。


   暗いから、ちょっと怖くなって早足になっちゃったの。

   驚かせちゃって、ごめんね。


   そう言われても、いえ、そう言われてなおさらですね、

   母のあたたかい腕のなかに、なにか冷たい、不気味なものが忍びこんでくるよ

   うな気がしてですね。

             (以上、第3話「屏風の部屋」より原文)


第4話「隠れん坊」第5話「みいつけた」第6話「正体」には、話し手たちと屋敷内でかくれんぼをしていた従弟にあたる8歳の男の子と又従兄にあたる10歳の男の子が、屏風の部屋に入った結果、その身に被る破滅的な悲劇の様子が描かれます。続く

第7,8、9及び10話では、祖父ふたりの死と、この不吉な屏風をお寺に納めようとするエピソードが描かれるのですが、


   親戚の子ふたりをおかしくした、一人を殺した、お爺ちゃんたちを殺した、

   あの、屏風が。


   帰って来たんだ。(第9話「恐怖」より原文)


という怪異に見舞われます。

   

   で、明るくなってから発見されたんです。

   廊下でぶっ倒れて気絶してた私と。

   玄関で、頭から血を流して倒れてた母とが。(同「恐怖」より原文)


第11話「向こう」と最終話では、その後の両親の辿った薄幸と、ついには私自身の身にも訪れる災厄が …

 全編を通じて、どの事故も異変も説明しようと思えばあくまで合理的に説明のつくエピソードですし、どこまでも不運が重なったと言ってしまえばそれまでなのですが … ただ、その唯一の例外といえる最終話、これはこれで面白いのですが、やや俗な気もして、友未の好みだけで言えば第11話で終えてほしかったのですが皆様はいかがでしょうか?

 屏風のぞきって、きっと人類の暗闇への本能的な惧れから生み出されたあやかしなのでしょうね。


 最後に、今回は「ストックブック」と自主企画について、簡単にご紹介しておきます。「ストックブック」は、友未の自主企画にお寄せ頂いた作品の中から、毎回、特に友未好みだったものを紹介させて頂く備忘録です。あくまで個人的な好みが基準で、作品の文学的価値を客観的に論じるものではありません。大傑作でも好みでなければ取り上げない可能性がありますし、好きならどんなに下手でも紹介する覚悟です。友未の自主企画では、お寄せ頂いた作品は完読を目指しています。☆や❤は多少、渋目ですが、時々、コメントやレビューも差し上げています。ただ、拝読しても全く足跡そくせきを残さない場合の方が多いのはお許しください。理想の参加定員は30名さまくらいまで。いつも本気で興味のあるテーマを設定してはいるのですが、根がモラトリアム人間であるため、企画が終了してからおもむろに拝読しはじめることもしばしばで、深く反省しています。でも、読み書きしはじめると集中力は凄いのですよ。「ストックブック」や友未の企画が、これからも皆様の素敵な出会いのお役に少しでも立てますように。










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