芸術と通俗の里 第1回

 里企画へのご参加ありがとうございました。大げさなテーマにもかかわらず、今回も29篇のご寄稿を頂けてほっとしています。

 「芸術」とか「通俗」とか言っても、とらえ方は人それぞれですし、ここで芸術論や大衆論を繰り広げる柄でもございませんので、ひと言だけ、「芸術」と「通俗」双方への友未の憧れと、お高い芸術やお安い通俗への反発が今回の企画への動機だったと、まとめさせて頂きます。もっと簡単に「芸術は親しみやすくありたい」と言っても良いのですが、これって、大昔の何とか主義的レアリスムのプロパガンダに似た響きがして、我ながらギョッとさせられました。もちろん、難解な表現を好まれる方も、俗なエンターテインメントを愛される方も、国外追放されたりすることはございませんのでご安心下さい。

 前置きが長くなりますが、もう一つ、今回の企画では、ご寄稿作品にコメントさせて頂く際、作品を拝読して感じた疑問や不満の部分も、従来より率直に(失礼にならない範囲で)お伝えするよう心がけさせて頂きました。結果、多くのコメントに、多少なりとも何らかのネガティブ・メッセージが含まれるという、とんでもない応援が出来上がってしまいましたこと、お赦し下さい。幸い、友未のコメントへのご返事はどれも、こちらが恐縮してしまうほどていねいなお礼(謙虚に納得して下さる方が多すぎて落ち着かなくなりました)や、冷静な反論ばかりで、お伝え出来て本当に良かったと喜んでいます。申し上げるまでもなく、友未の企画は、添削企画でもなければ合評企画でもなく、同好の作品を楽しみ合うための交流の場ですので、重箱の隅をつつくようなあら捜しや、全然面白くなかった作品を一方的にこき下ろすような蛮行は決してないことをお約束いたします。

 さて、今回29作品すべてに目を通して下さった皆様は、友未が最初にこの作品をご紹介することを不思議に思われるかもしれません。藤泉都理さまの「てんとう虫と田毎の月」は、取り立てて刺激的である訳でも、「巧い」という訳でもありません。思いをそっと手のひらに包み込んだような静かな掌篇ですが、友未は好きでした。風景そのものの美しさをこれほどまっすぐに描いた作品は意外に少ないでしょう。夜の空気の匂いに、幼い日の神秘的な感覚がよみがえってきました。田に映る月影と二つのシルエットがいつまでも心に残ります。ふたりの子供の触れ合いとすれ違いの、暖かく、ちょっと寂しい詩的なニュアンスが絶妙でした。なつかしい心の原風景です。ありがとうございました。

 今回の全ての作品の中で唯ひとつ、「芸術と通俗」というテーマに真っ向から立ち向ってみせて下さり、友未に「そう、それを考えて欲しかったんだ」と叫ばせたのは、モグラ研二さまの「誰もいない静かな森」でした。最初、現代寓話か何かかなと思って読んでいたら壮絶な内容にビックリです。暴力あり、セックスあり、視点はぼんぼん飛びまくるは、シーンは錯綜するは、ショスタコーヴィッチはしつこいは、言いたいことも言いたくないことも、書くべきこともたわ言も詰め込まれてしまうは、 … シュールやナンセンスと呼ぶには破壊的すぎるパンチ力を堪能させていただきました。友未は大満足です。一気呵成に、よくこれだけの字数をたたき込めたものだと感心致します。とはいえ、即興性と共に、確かな構成力も感じました。また、何よりも反骨精神!もぐら様(アンダーグラウンド?)のコメントからも、「芸術と通俗」の問題意識を持たれていることがはっきりうかがえます。芸術側からの通俗へのアプローチと言えますが、友未の保守的な美学より、はるかにチャレンジ精神に富んでいました。

 もぐら様と共に最も強く「芸術」性を感じさせられたのが、星雫々さまの「東京の星は燃え尽きない」でした。 ― が。この作品は理解困難です。70%以上わかりませんでした。現代詩で見かけるような主観言語が詰め込まれているため、むづかしくて一語一語つっかえてしまいます。読み辛さでは、性格の異なる「幻想の里、怪奇の里」の @caprini_さま作品と双璧でした。いえ、特異な、あるいは独創的な言葉遣いの中にも、直観的、生理的、あるいは論理的にストンと落ちて来て、ハッと驚かされる箇所は少なくなかったのですが、その何倍もの言葉が、友未の中には何の意味もイメージも結んでくれなくて困りました。量子論的にしか了解し得ない印象でした。現時点で十二ある独立した小篇にはそれぞれに性格の違いがあり(友未は「有象無象」「狼とロマネスク」「微睡みを壊す」が好きです)、それらを十把一絡げに論ずるのは違うかとも思いますが、概して芸術性、文学性の高い作品は通俗性に欠け、通俗性の高い作品は芸術性が低いように感じられました。芸術性、文学性の高さを感じる作品の中からも、随所に都会的通俗性は匂って来たのですが、それは素材としての通俗性であって、作品そのものの通俗性ではないように思えました。それは、こうした作品が、「わかってもらえれば嬉しいが、わかってもらえなければ仕方がない」という芸術家的な潔さのもとに書かれているためで、「この思いをどうしても一般の読者と確かめ合いたい」という意欲を欠いているせいかもしれません。友未はその両方が欲しいというのですから無茶な話です。

 深川夏眠さまの「アッペティート」は、より一般的な、人を食べるお話です。はい。怖いというより不気味な、グロテスクというより怪し気なトーンが大好きです。四千字たらずでこれだけ上質のエンターテインメントを奏でられると、賞賛を通り越して小憎らしくなってきます。その気になれば恐怖の方向にも笑いの方向にも書き進められて行けそうなポテンシャルを、含みとして残した慎しみの美学を抱きしめたくなりました。途中、「わたくし、ひょんなことから夫を殺してしまいました。重いクリスタルガラスの花瓶で殴り倒して。」で、思わず失笑させられました。作品の後側からクスクス笑い声が聞こえてきそうな、お洒落の極みと言いたくなるミステリック・ホラーです。「アッペティート」はWikipediaによると人の頬肉を使ったイタリア料理だそうです(嘘です)。

 クララさまの「この世界にたった一つのもの」(「美し過ぎる時間」)は、今回、最も友未好みの作品だったような気がします。「美しい時間の中では、何一つ欠けてはいけない、何一つ間違ってはいけない」という作者のコメントが全てでした。美しくデリケートな入れ子構造のようなファンタジーの裏側にかすかな恐怖があって、ホラーと呼びたくなります。鋭さを含む内容なのに、児童文学と呼んでも通りそうなスムースな表現で、ピクニックシーンなど不思議の国のアリスの冒頭のようでした。淡く、デリケートな耽美世界、芸術的で通俗的な大人味のファンタジーです。

 今回は、友未とは縁の薄かった歴史劇、時代劇との出会いがありました。しかも一度に三つの作品をお寄せ頂いたのですが、必ずしも偶然とは言い切れない何かを感じます。四谷軒さまの「その坂の名」は三作中、最も本格的でシリアスな戦国もので、文章、構成ともに実に手応えのある内容でした。完成度の高さ故に、わずか四千字であることが惜しまれたほどです。また、この作品を読んで、しっかり書かれた歴史劇には、本来的に、芸術とエンターテインメントの両方の面白さが含まれるのではないかと直感させられる所がありました。これに対して、水城洋臣さまの「屍山血河の国」は古代中国の「冉魏」という国の凄惨な時代背景を背負ったキョンシーものです。キョンシーなのでエンターテインメントなのですが、俗過ぎず、しっかり読ませて頂けたのは、歴史的背景からの視点がしっかりしいるが故の重みでしょう。中でも、友未は「傭人 許範」の章に惹かれました。一方、橋本圭以さまの「シチリア島奇譚」は中世イタリアの島々を舞台に繰り広げられるクライムストーリー風冒険譚。長かったため5章までしか拝読できていませんが、適度にハードな文体に導かれてきびきびと読み進められます。語り口に漂うミステリーや犯罪の香りに惹かれました。マカロニウエスタン流に殺伐と荒んだ世界観も、ああ、こんなものだったのかもしれないなと思えるほど自然です。

 (注意:この先数行、ネタばれ有り)縁遠いと言えば、百合やBLは歴史劇以上になじみのないジャンルですが、つるよしの様の「模範的な関係」はぶっとび過ぎの百合クライムでした!以前「おバカの里」にご寄稿頂いた「華麗なるっ!第二陸上部」とのあまりの落差にただ唖然とするしかありません。これだけぶっとべば芸術でなくても全然かまいません。語り口もスマートで、百合でなくても面白さは殆ど変らないとは言え、最後のセリフには、やはり止めを刺されました。

 目さま作、「寝つきたき夜は見張るよ北狐」の「回文俳句集」というタイトルを最初に目にした時、友未は実はゾッとしました。友未もたまに俳句を書くので、ただでさえ難しい回文形式で友未以上の句を詠まれたらショックで二度と書けなくなるかもしれないと恐れたからです。それに、タイトルの「寝つきたき夜は見張るよ北狐」って、一見すると、何だかそれらしい雰囲気があるように見えませんか?目さまも絶対そう思われたからタイトルにされたのだと思います。でも、読み進むうちに吹き出してしまいました。大真面目で格闘されている詠み手の姿を想像するだけで可笑しくて … 。それに、堂々とこじつけられた解釈が実に天晴れです。折角ですので、友未が好きになってしまった目さまご自身による解説つき俳句を三つ、最後にご紹介しておきましょう。


♪ 妻お留守 灯篭売ろうとするお松


【解説】本日はこの家の若妻がお留守である。使用人のお松は、ひと目を忍んで灯篭を売却せんと試みる。いったい何を企んでいるのであろうか……?

 灯篭は秋の季語、とはいうものの回文俳句というより時代物ドラマの次回予告になってしまった。次週「お松の涙」にご期待ください!


♪ 田島的に鼬地帯に来てました

(たしまてきにいたちちたいにきてました)


【解説】自分のことを「田島」と呼ぶ田島君から連絡があった。どういうルートを通ったかは不明だが「田島的に」移動した結果、鼬(イタチ)が沢山いる地帯に行ってしまったらしい。

 田島君のちょっとした変人ぶりと、彼への冷ややかな視線が感じられる句。鼬は冬の季語。


♪ 師走から厄除けよくやらかすワシ


【解説】よく失敗をやらかすワシは、師走の初めからもう厄除けのお参りに通うつもりじゃよ。師走は冬の季語。


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