宿題の中に隠された手紙と飴玉(夕喰に昏い百合を添えて13品目)

広河長綺

第1話

〈1日目〉

久しぶりの登校は、緊張する。

殴られたせいで1週間も学校を休んでいた後となれば、なおさらだ。

教室はどんな雰囲気だろうか。

私の怪我に同情する空気だろうか、事件をスキャンダルとして娯楽にしているだろうか。

クラスメートが私に無関心だったら、一番嬉しいんだけど。


「菊ちゃん、学校のこと考えてるような顔だな」

と、私の顔をじっと見つめながらパパが話しかけてきた。

いつのまにか私の部屋に入ってきていたらしい。勉強机の椅子に座って一人考え込んでいた私の顔を横から覗き込んでいる。

「いきなり私の部屋に来て、何か用事?びっくりするんだけど」

と、私はパパの大胸筋を横目で見ながら、文句を言った。

パパは社長で稼いだ金で高級ジムに通い、40歳とは思えないムキムキ筋肉を手に入れている。いきなり隣に立たれたら正直怖い。


「おいおい」

パパはきつい冗談言うなよみたいな顔をした。スポーツマンらしい真っ白な歯を見せた爽やかな笑顔でガハハと笑いながら、私の背中を叩く。「パパは菊のことが心配なんだよ」


ノックもせず私の部屋に入ってきたことに対する嫌味で「びっくりするんだけど」と言ったのに、全く通じていない。

それも当然だった。

なぜならパパは自身の妻と娘を、所有物だと考えているから。


例えばこの子供部屋のデザイン。

ピンクだらけの配色。私の趣味でもないのに置かれたぬいぐるみ。

全てパパの指示によるものだ。

女の子はこうでなければならないという、パパの価値観の押し付け。


うんざりした気分になってきたところで、さらに、パパの背後からママが顔をだす。

小さい声で「パパに逆らうような発言は控えなさいよ」と言ってきた。

まさに虎の威を借る狐といった態度。


パパの人形であることを受け入れている、情けない女雑用係がママだ。

しかし、雑用係ということは、私のところへはあまり来ないということだ。

そんなママまでもがパパと一緒に私のところに来て、何の用事だろう?


疑問に思っていると、ママは「はいこれ、明日の学校の宿題とノートだって。勉強に使いなさい」とノートを差し出してきた。

「何、これ」

「何って、クラス委員長の桜さんが、菊が休んでいる間の学校のノートと宿題を持ってきてくれたのよ。今までも、家まで親切に持ってきてくれたでしょ。何言ってるんだか」

「それは知ってるよ」私は怒鳴り返した。苛立ちで顔をしかめながら、質問する。「でも明日から学校でしょ。届けてもらわなくてもいいじゃん」

「いいえ」当たり前のことを知らない子供を憐れむような声で、ママは言った。「あなたは明日も学校を休むのよ」

「え、もう怪我は治ったんだよ。なんで?」


パパはうろたえる私を見て、大きくため息をついた。「あのなあ、学校などという危険な場所に大事な菊を行かせるわけないじゃないか。菊はこれからずっと家にいるべきだよ」

「でもパパ、あの学校は普段は平和なんだよ。不良もいないし。一人変な奴がいて、そいつが私を殴ったってだけなんだよ」

「じゃあ、菊を殴ったのは誰だ?」

「それは…」


確かに私を1週間前に殴った犯人は、わからない。放課後の教室に一人でいる私を殴ってきたそいつは、覆面を被り、コートを着ていたので学年も性別もわからないのだ。


「犯人は捕まっていないんだろ」ほれ見ろ、と言いたげな表情でパパは私を睨む。いうことを聞かない私に苛立った表情だった。「なら、学校に行かせることはできないな」


血の気が引いた。これからずっと、こんなパパと一緒に家にいろというのか。

冗談じゃない、と思う。

完全に異常者の論理だ。


「じゃあ、転校して学校生活リセットするとか。」

私の必死の提案にも、パパは動じない。まるで自分の考えこそが正常であるかのように、

「はぁあ!?どんな高校に行っても今回みたいに菊が殴られる可能性を0にはできないんだろ。」

「そりゃあ、そうだけど…」

「大事な菊ちゃんをそんな所には行かせられないよ。これからは菊ちゃんはずっと家にいればいいんだよ」


パパがこういう態度になったら、もう、どうしようもない。

知っている。一度決めたことを他人に変えられるなんてありえいと思っていることも。逆らったら私の顔面を殴ってくる事も。

私は、発作的にパパの顔面を殴りたいと思った。しかし、痩せた女子中学生の私に対してパパは筋トレで40代には見えない筋肉、暴力では到底勝てない。


いやまて、私には武器がある。

パパが護身用にと渡してくれた、スタンガン。

パパが警察か救急車を呼んでくれたらしめたもの。そのまま、警察なり病院なりにパパの虐待をチクればいい。


そこまで妄想して、私はフッと力を抜いた。


本当はわかっている。

そんなことしても無駄だと。

日本最大の商社の経営一族であるパパの権力は、日本最高レベルだ。

たいていの犯罪は握りつぶせる。DVなんて、余裕だろう。

だから私は全ての不満を飲み込んで、


「わかったよ。パパ」と作り笑いを浮かべながら、頷いた。


「はい、菊。これがあなたのクラスメートが持ってきた宿題と授業ノートのコピーよ」従順な私の態度に満足げなパパの背後から、虎の威を借る狐の態度でママまで上から目線で説教してくる。「パパのいうことをちゃんと聞きなさいね」


お前はパパの言いなりになった人形だろ偉そうにするな、と心の中で毒つきながら「ありがとう。ママ」と言った。




その場ではパパとママに社交辞令を返せても、後から苛立ちは募ってくる。

私は両親が去った後、5分ほど、子供部屋のぬいぐるみを殴り続けた。

どうして私が監禁されなきゃいけないんだ、と思う。

理由は明らかだった。何者かが、私を殴ったからだ。

その結果、パパのキモい過保護に火がついた。

そいつに報復しなければ、気が済まない。


もし菊のこの思いをパパが知ったら、「報復!?菊はこれからずっと、家から出ずに、パパが大事に育てるんだぞ?仕返しなんてできないし、そもそもやるべきじゃない」と言うのだろう。

でも、私には1つだけ、自由な連絡手段が残されている。それはこの宿題だ。


数学の宿題の最後のページをあける。

そこには1つの飴がセロハンテープで張り付けられている。

それだけではない。端のスペースに文字が書かれている。


『4人のクラスメート

に訊きに行ったよ

ちゃんとした分析は

後だけど、たぶんこの2人は無実』



クラス委員長の桜さんが、ここに手紙を書いてくれている。もうすでに、私を殴った人物の捜査をこの「宿題手紙」で依頼しておいた。その捜査結果が今日ここに書かれているというわけだ。


私は「予定が変わって、明日学校にいけなくなった。いつ学校にいけるようになるか分からなくない。だから、この方式での意思疎通を継続してほしい。そして捜査も引き続きしらみつぶしにお願い」と書いた。私には、もう、これしかないのだから。


〈2日目〉

桜さんは何を思って私に協力しているのだろう?


パパに勉強させられながらそんなことを、ふと思った。


どうして桜さんはこんなに親切なのか?

私はパパの過保護のせいでずっと学校に行けておらず、桜さんの顔の記憶すら怪しい。ピッと伸ばした背筋、切りそろえられた前髪の下の凛とした目つきをぼんやりとだけ覚えている。

今度のやり取りの時、感謝を伝えよう。しかし書けるスペースは狭い。

なんて書こうかな。


逡巡していると、「何考えているんだ、菊ちゃぁぁん」と怒号とともに、こぶしが飛んできた。

私はよけることもできず、右の頬に命中した。

衝撃とともに、体が左に傾き、椅子から滑り落ちた。

「パパはなぁ、菊のことを思って、勉強しろって言ってるんだぞぉ」

そう言いながら、パパは繰り返し私の頭を殴った。




気が付くと、ベッドの上だった。パパが気絶した私をベッドまで運んだらしい。

私の体をパパが触ったと考えるだけで吐き気がしてくる。

床に放置してくれたほうがマシだった。

怒りが沸々と、心の中にたまっていく。

苛立ちに鼻息を荒くしながら、宿題ノートの最終ページをあける。

そこには、



『今日、話きいた人は頑固で

苦労したよー

のどかちゃんが言ってたのは

変な性格した

ヤバい女子の不良グループが怪しいって

また今度会いたいって言ったら、3日後に会うんだけど、

どうしようか?』


一刻もはやくそいつらに会ってよ、と書きそうになって手を止める。

心配だからではない。ちゃんと下調べしたほうが結果的に犯人を特定しやすくなるからだ。

冷静に『私は、会ってほしいし、その前に下調べしようよ』と提案した。

あらかじめどのくらい怪しいか調べておくに越したことはない。


〈3日目〉

この日は宿題の隠し手紙が届くのが夜になった。パパのご機嫌をとって疲れた体を引きずって、勉強机に向かい、はやる気持ちを抑えながら、宿題の最後のページを開いた。


『完了したよ

乱暴者だと女子グループの陰口叩く人もいたけど

ハイスペックで

いい人っていうのがほとんど。でもね。

るり子番長って呼ばれている人知ってる?

おっとりとは程遠い人。

とにかくそいつが、先輩のこと大好きなんだって

人間的にヤバい女の子で、先輩が好きという動機もあることになるよ』


今日の手紙によって、ついに、主犯らしき人物が判明した。

るりこ。

目立たないタイプの女子だ。こんな奴のせいで私は怪我をして、その結果パパの毒親が発動して、監禁状態になっているのか。

なんにせよ、明後日だ。そこではっきりするだろう。

はっきりするまでは、考えるだけ無駄だ。上の空になって、またパパに殴られてたら困る。


〈4日目〉

明日、私の復讐対象者がハッキリする。

そのことに胸が高鳴って、私は自室のなかでひたすらソワソワしていた。


威圧的な態度をとってくるパパを適当にあしらっていたら、夜になった。


テンションは高いのに、何も手につかない。

そういえば宿題をしていなかった、と気づいて、ノートを開けてみると、驚くべきことに今日の分のメッセージが書かれていた。飴もついていた。

連絡すべきことは明日の調査結果だけなので、今日は何もメッセージがないと思っていたので意外だった。




『一緒にいけたらいいんだけどね

慎重に近づくしかない

無理だと思ったら逃げるからね。それにしても、菊ちゃんは

九条先輩に告白されたせいで

色々大変でしたね

労力に見合った恋でしたか?』


労力にみあったか?か。

そんなこと考えたこともなかった。

そもそも別に好きじゃなかったから。

単に九条先輩の男としてのステータスがよかったから、つきあっただけだ。


自分の価値観について、反省していたら11時になっていた。

寝る時間だ。というより寝ないとパパが怒る時刻だ。

私はいつもは食べる飴をゴミ箱に捨てた。

それからパパから貰ったスタンガンを持って、布団をかぶり、寝たふりをした。



そのまま2時間が経過して深夜1時になった頃。



部屋の窓がゆっくりと開いた。

人が一人、忍び足で私の部屋に入ってきた。私の予想通りに。

不審者は、私の枕元に立った。静かに私を見下ろす。

そのタイミングを私は11時から待っていた。

隠し持ったスタンガンをその人物に押し当てて、スイッチを押す。簡単だった。


まさか私がそんな準備をしているとは思っていなかったのだろう。侵入者はあっけなく電撃をくらい、倒れた。私は紐でしっかりと縛り上げ、部屋の電気をつけた。


強くて知的な目つきの美少女。

桜さんだった。

「どうしてわかったの?」と言いたげな目つきで私の顔を凝視している。


私は「縦読みぐらい、見ればわかるでしょ」と笑った。

少し観察すれば、私に送られてきた手紙の文の1文字目を縦に読めば隠しメッセージになることぐらいわかる。


おっ


縦に読むと「4日後菊の部屋窓から入る夫に一矢報いろ」となる。手紙を盗み見ていたママに夫への嫌がらせとして私の部屋の窓を開けておくように促す。それと同時に睡眠薬が含まれた飴玉を私に食わせる。

上手いやり方だが、バレては意味がない。


桜さんを喋らせてみると「私が一番菊ちゃんを愛してるのに九条とかいう男を選んだから!!今度こそ菊ちゃんを殴り殺すの」と言っている。

やはり学校で私を殴ったのも桜さんだったらしい。


それにしても抵抗できずに悔しそうな目で私を見る桜さんを見ていると、楽しくなってきた。このまま私の部屋に監禁して飼ってやろうと思う。


今ならパパが私を閉じ込めたがる気持ちが理解できる。

愛おしさと憎しみの両方を感じる存在を自分の支配下に置くのは気持ちいい。

やっぱり私とパパは親子だったんだなと納得した。


私たちずうっと一緒だよ。私は桜さんにそう囁いた。

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宿題の中に隠された手紙と飴玉(夕喰に昏い百合を添えて13品目) 広河長綺 @hirokawanagaki

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