ロリとロリコン

星星るる(仮)

ロリとロリコン

 ある秋の日。校庭からは楽しそうな児童の声が聞こえてくる。

 五年二組にはいつきと美結みゆの二人だけ。

 美結はいつきが読んでいる本を覗き込もうとしている。

「きいちゃん、何読んでるの?」

 美結は、カバーのかかったライトノベルをじいっと見つめた。

「みゆちゃんにはまだちょっと早いかなー」

 いつきはそう返しながら顔を上げた。

 美結は何だかいつもよりソワソワしている気がする。

「難しいの?」

「うん、めっちゃ難しいよ。めっちゃめっちゃ難しい」

 いつきは嘘を吐いた。読んでいるのは小学生がヒロインのラノベ。五年生になってからはまってしまい、こういう本ばかり読んでいる。

 こんなの美結に見せるわけにはいかない。

「私が五年生になったら読める?」

「うーん、まだ早いかな。だって、みゆちゃんが五年生になったら私も六年生になっちゃうでしょ?」

「それは関係ないよね」

 全く誤魔化せていなかった。美結の真顔が怖い。

「……外に遊びに行かなくていいの?」

「きいちゃんだって、いっつも本読んでるんでしょ」

「まあ、そうだけど」

 会話が途切れる。いつきはラノベみたいな地の文を頭の中で展開させた。

(私はロリコンなのである。しかし、決して美結をそういう目で見ているわけではない。決して。美結のことが好きじゃないのかと聞かれたら、好きと答えるしかないが……。)

 そういうお年頃なのである。いわゆる中二病。

(いつもは私が読んでいる本の話なんかしないのに。どうしたのだろう)

 脳内に意識を集中させているので、周りの景色がぼやぼやしてきた。

(美結と知り合ったのは今年の春。あれは運命だったと思う)

 ラノベの主人公になったつもりなのか、目の前の「ロリ」に思いをはせる。しかし、脳内もそろそろおかしくなってきたようで、

(私はロリコンだ。私もロリだが、ロリコンだ……)

 と繰り返し始めた。最早、「ロリコン」という新しく覚えた言葉を使いたいだけになっている。

 しばらくそれを続けていたが、

「読書の秋、だよね」

と美結が口を開いた。その口調はいつもより大人びているように思えた。

「やっはり、きいちゃんが好きな本知りたいな」

「な、なんで?」

 いつきは慌ててラノベを閉じた。スク水の挿絵のページまで来たからだ。

 急に恥ずかしくなった。こういう本を学校に持って来ていること。こういう本を読んでいること。何だか急に。

「実はさ、知ってるんだよね。この前きいちゃんでたやつ」

「え、ど、どういうこと?」

 いつきは動揺しすぎて筆箱の中から鉛筆を全部出してしまった。そして長さ順に並べ替えてしまった。

「読んだよ。小学生の女の子が五人出てくるやつ」

 人生の終わりだと思った。「小学生の女の子が五人出てくるやつ」は、いろいろありすぎてどれのことなのか分からないが。

 美結はニコニコ笑っている。その顔が、いつきには怒っているように思えた。

(ああ嫌われた。美結に嫌われたらおしまいた。変態だと思われた。ああどうしよう)

 地の文が止まらない。次々に文が浮かんでは消えていく。

「……やっぱり、いつきちゃんはかっこいいな」

 思い切ったように、まるで告白みたいに、小さく呟いた。

「えっ?」

 いつきが止まった。消しゴムを触る手も、脳内も。

「本を読んでるところとか、いつもすごいかっこいいんだよ。外遊んだ方ががいいって分かってるんだけど、見に来ちゃうんだよ。階段上らないといけないけど、会いたくて来ちゃうんだ。迷惑かもしれないけど……」

「迷惑じゃない! いつも嬉しいよ! 私、みゆちゃんのこと好きだから……」

(あ、ああ、好きって、言っちゃった)

 美結が叫ぶように言う。

「好きなの!  だからきいちゃんが読んでた本読んで、読み終わったから、もっと好きになったの! 今日はそれが言いたかったの!」

 二人とも何が何だか分からなかった。

 この気持ちが何なのか。

 恋なのか。恋じゃないのか。

 本には、ラノベには、書いてなかったから。

「……ありがと」

 いつきはそう言って俯いた。美結も同じだった。

 チャイムが鳴る。

「あっ、明日も来るね! またね!」

 美結が出て行って、教室は静かになった。階段の音だけが響く。

(恋が実ってしまったのか? いや決してそういう目で見ているわけではない!)

 地の文がまた早口になる。何だか顔が熱い。

「みゆちゃん、どれ読んじゃったんだろ……」

 気がかりなことが多すぎる。

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ロリとロリコン 星星るる(仮) @hoshiruru

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