第2話 憎悪

 3時限目終わりのチャイムが校内に鳴り響く

 生徒はバラバラと動き出し、昼食を食べる者、昼食そっちのけで勉強する者、運動してから昼食を食べる者と様々だ。


 黒部は鞄からお弁当を取り出せば,包みを広げて昼食を確認する。


「あいつ、またキャラ弁かよ…」


 普段自分で作る事がない為、桃香が体調面を考慮して黒部にお弁当を作っているのだ。

 味はとても美味しいのだが、一つ不満なのは99%キャラ弁という事。


「今日はドラ〇もんか。青って食欲削がれるんじゃ無かったっけ…」


 ぶつくさと文句を言いながらも箸を弁当に運び、今日のお弁当の味を確かめる


「んまっ…。相変わらず料理上手いな。色さえ普通ならもっと美味しく食べれるけどな 」


 と言いつつも微笑を浮かべながら箸を進める。遠くから見れば変なヤツと思われそうだが、それも圧幸には許される。


 何故ならカッコイイから。


「圧幸先輩、なんて眩しい微笑みなのかしら…!」


「きっと自分が作ったお弁当が美味しくて満足しているんだわ!」


(半分あってて半分大不正解。つかそんなニヤニヤしてたか俺…)


 キュッと表情を引き締めれば、再び弁当を食べ進める。

 お昼休みでも圧幸の囲いは絶えなくて、圧幸は正直ウンザリしていた。


 その時


「キャーーー!!」


 と、1人の女の悲鳴が聞こえる。

 何事かと窓から顔を覗かせれば、そこから見えない位置にその悲鳴を聞きつけた野次馬がぞろぞろと集まっていた。


 ざわめく教室内。何事かと黒部も席を立ち、悲鳴が聞こえた場所へ小走りで向かう。

「一体なんだ、喧嘩でもしてんのか…?」

 喧嘩ならば取り敢えず仲裁しようと考えていた黒部は、大量に集まった野次馬の間を掻い潜りながら、喧嘩であろう現場を高い身長を活かして少し遠くから見降ろす


 黒部の考えは、余りに甘過ぎるものだった


 そこに広がっていた光景は、夥おびただしい程の血の海。

 その光景を目にすれば、咄嗟にその出来事を察した。


 これは自殺だ……と。


 そして、見るも無惨になった死体は桃色の髪の毛をしており、破れた服から豊満な胸が露出しているがグチャグチャに裂けて原型を留めていなかった。


「……桃………香…?」


 顔面の骨は折れ、鼻も曲がり顎も砕けている。そして薄ら開いた目は薄い青色の瞳。


 疑う余地も無かった。それは、朝元気に背中に抱きついて来た桃香だった。

 何度見ても何度見ても、本能的に現実を否定したかった。

 けれど目の前の現実は、黒部にとって残酷過ぎた。


「桃香………ももかぁぁぁぁぁ!!!」


 普段なら考えられない程の叫び声を上げて、その遺体へ野次馬を押し退け近づく。


「嘘だろ……なんで……何でだ…!?何でこうなるんだよ…!!」


 目の前の遺体は何も答えない。


「返事…しろよ……」


 遺体の前で膝を付く。

 そこへ先生達と警察が到着し、現場を抑える。

 野次馬達も大分帰った後でも、黒部は未だそこに膝を付いたまま呆然としていた。


「君が黒部 圧幸君か?他の人から事情を聞いた所、この子と親しいと聞いてね。ちょっと話を聞かせてくれないか?」


 警部であろう人に話しかけられれば、力無く首を浅く頷かせればパトカーへと案内され、そこで様々な質問を受けた。

 その質問に答えてはいるものの、驚く程目が死んでいた。

 まるで生命ではなく無機質な何かの様に。


 突然、誰かが窓をノックする。視線だけをそちらへ向けるとそこには一人の警官が窓を開けてくれと指で合図していた。


 合図通り窓を開けると、その警察官はなにやら白い封筒を黒部に差し出した。


「桃香さんが飛び降りたと思われる屋上に、靴とこんな物が置いてありました。宛先が黒部さんとなっていたので、届けにまいりました。」


「……俺宛…?」


 その白い封筒を開けて、中の手紙を開く。

 そこには数行の文章が書かれていた。


「学生達に話を聞いた所、どうやら自殺の原因はイジメでほぼ間違いないです」


「イジメ…か。」


 まぁ想像は付いていた、と少し顔を伏せる警部。


 警察官が会話をしている中、突然グシャッ!と手紙を力の限り握り締め、先程とは打って変わり瞳に殺意と憎悪を宿した黒部がそこに居た。その迫力に刑事も警察官も思わず生唾を飲む。


「く、黒部君。手紙には何て書いてあったんだ?」


「…俺のせいです。俺のせいで桃香は死んだんです」


「それはどういう……」


 そこから先は口を開かない黒部。


「そこは私から話しましょう。自殺の理由はイジメと先程も言いました。しかし、問題は何故イジメを受けたのかです」


「… 嫉妬だろう。」


 警察官は静かに頷き、言葉を続ける。


「黒部君は、学校でも女性から一番人気だった。桃香さんと黒部君は幼馴染みで、いつも一緒に帰ったり、学校の中で話したりしていたから…だと思われます」


「黒部君と仲良くする桃香君に妬みを抱き、そこからイジメへと発展した…か。よくあるパターンだな…。よし、イジメを行った者、もしくはそれに加勢した者は直ちに事情聴取を行おう」


「それが、人数が多過ぎるんです。しかも…全員女性です」


 全員女だと…?また女…。


 黒部の心の中にフツフツと溶岩の様に湧き出る真っ黒な何かは、今にも噴火しそうに煮えくり返っていた。


「人数はどれぐらいだ。推定で構わん」

「少なくとも…100人は」


 これには警部も黒部も驚くしかなかった。

 それ程大人数からイジメを受けていたとすれば、計り知れないダメージとストレスだったであろう事は容易に想像出来る。


「数が多くても、出来るだけ話を聞いてくれ。取り敢えず近くの署からも救援を求めよう。…イジメは許される事ではない。一人の命が失われているのだからな。頼むぞ」


 警察官は大きく頷き敬礼すれば、現場へと戻って行った。


「…黒部君」


 警部が次の言葉を話そうとした時、黒部が一足早く言葉を発した。


「警部さん。女は好きですか」


 唐突な質問に少し迷うも

「俺には嫁がいるからなぁ。嫌いなんて言ったら嘘になっちまう」


 左の薬指にはめられた指輪を眺め、苦笑を浮かべながらそう答えた。


「僕は大嫌いです。もうこの世の女性全てが憎くて憎くてどうしようもない。分かってるんです。全員がそうではないって。でも俺は、もう女性を人として見ることは出来ないです。あの生き物は……人の皮を被った怪物だ」


 そう言葉を述べる表情は、酷く歪んでいる。


 警部はその言葉に対して何を返そうか迷うものの、返す言葉などなかった。

 今慰めてもなんの意味も無いし、きっとこの男には届かないと察していたからだ。


 事情聴取が終わり家に帰ったのは、すっかり日が暮れた頃だった。

 いつもは家までの道が短く感じていたのに、今日はとてつもなく遠く感じた。


 その時に改めて桃香の事を思い出す。自分にとってどれだけ大事な存在であったか。


 自分の存在意義は彼女の為だと思ってしまう程に、黒部は桃香が好きだった。


 が、今更何を想っても彼女は帰って来ない。





 真っ暗な部屋の隅で無気力な状態で壁に凭れかかる黒部は、自分の無力さと女性への憎悪。そして気付いてやれなかった悔しさに心を支配されていく。


「…俺は女が大嫌いだ」


 体力と精神的に疲れが出ていた黒部は、その言葉を意識が朦朧とする中で無意識に放った。

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女の子が支配する世界に逆襲(しかえし)を 〜女尊男卑の世界に女嫌いが来た結果〜 @Y_2

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