真ん中もっこり第四話

「ゆうき、大丈夫?」

「......大丈夫じゃない」

「うう......。どうしよう......」


 どうしようも何も、超能力者相手に勝算などあるはずがない。


 あの後、さすがに今日は活動にならないということで部活は解散となった。

 とはいっても日はかなり落ちていて、最寄りの地下鉄駅から出ると完全に真っ暗になっていた。


「あ、そうだ! 何かなくなってるものとかない!?」

「え?」

「だから、さっきの実験の時にジュースとか財布以外に......」


 急いで確認する。


「だ、大丈夫みたいだ......」

「よかった! 案外優しい人なのかもね! 超能力者の人!」

「はは......」

「あ、ごめ......」

「あいや、全然」


 二人の間に微妙な空気が流れた。


 ......ぐう気まずい。


「そ、そういえば、お前は数学何点だったんだよ!」


 言って、しまったと思った。


 結衣はそこまで頭がいいほうではない。だから当然テストについては触れてほしくないはずだが、


「ふふん。えー? 聞きたいー?」


 なぜか得意げだった。


「......やっぱりいい」

「なんでー。言わせてよー!」


 相当よかったらしい。


「......何点」

「六十六点!」

「結衣にしてはなかなかいいな」


 何の皮肉もない、純粋な驚きだけがあった。数学に関しては、結衣と俺はいつも赤点ぎりぎりの低空飛行なのだが、今回は相当頑張ったみたいだ。


「いっつも赤点ぎりぎりだけど、今回は平均だからね!」

「今度勉強教えてくれ」


 冗談で言うと結衣はふふと小さく声をこぼした。

 と、ふいに曲がり角の先から何かがキラリと光った気がした。


「いいよー! 結衣ちゃん頑張っちゃうからね! ――て、どうかした?」

「ああいや、全然、何も」

「そう?」


 結衣の問いかけに大丈夫と返しつつ、なにか光った気がした曲がり角に差し掛かる。

 ......光るものは、特になさそうだ。野良猫の目が光っただけかもしれない。

 不思議に思いつつ、もしかしたら幽霊? とか考えていると、そろそろ結衣の家が見えてきた。


「じゃあゆうき、また明日ね」

「おう、また」


 家の中に入っていく結衣の背中が見えなくなると、ぞくぞくッと背筋が震えた。

 はっ、幽霊? ばかばかしい。科学的じゃないね。

 全く、全然、これっぽっちも怖くなかったが、その日は家までの約四百メートルを走って帰りたい気分になった。


 ***


「容疑者リストをまとめた」


 部室に入ると京香がいつも通りのクールな表情でお出迎えしてくれた。


「それってつまり、超能力者の候補ってことか?」

「そういうことになる」

「そうか。で、そのリスト化した面々の根拠は?」


 力を使ったところを見たことがあるとかいうのなら、写真くらい見せてほしい。


「田中のことが嫌いだと公言しているやつをピックアップしただけ」

「いやがらせか?」

「いや、おそらく間違いなくこの中に犯人がいる」


 おそらくなのか間違いないのかはっきりしてほしいところだ。


「普通に、テストの点を下げたりものを盗ったりしている時点で、田中に対して悪意を持っているのは明白」


 なるほど。


「......意外と多いのへこむな」


 ざっと五、六人はいた。

 しかもこれに加えて、公言していなくても俺のことを嫌っているやつがいても変じゃない。

 なんなら、このリストアップされた面々の友人は全員俺のことが嫌いかもしれないというわけだ。


 ......おかしい。俺は普段何か目立つようなことはしていないはずだ。

 いったいなぜ?


「たいてい『近所かなんか知らないけど結衣ちゃんと仲良くしてるのうっざ、きも、調子乗んな』が嫌われる理由」

「俺、悪くなくない?」

「かといって結衣も悪くない」


 だからと言って俺が嫌われなくちゃならんのだろうか。


「まあ、そんなことは置いておく」


 京香はそういうとくるりと踵を返した。


「はいはい、これだね、京香」

「ありがと」


 京介が京香に渡したのはボイスレコーダーだった。

 加えて京介の肩には長細いバッグがかかっている。


「じゃあ、行く」


 そういうと、京香は京介の腕に抱き着き俺の立つ入口のほうへ向かってきた。


「今からまたインタビューに行くんだよ。今度はカメラで録画もするから」


 俺の横を通り抜けるときに京介教えてくれた。

 ......なんか急に本格的になったな。


「オレは今から隣の教室に三脚立ててカメラ準備するから、祐樹は京香についていってリストに名前がある人達を呼んできて」

「......俺が行って大丈夫か?」


 俺がついていっても、普通に警戒されるだけだだろう。


「いや、先に警戒させておくほうがインタビューに応じてくれる可能性は高いよ。逆に逃げちゃったりとかしたら、そっちのほうが怪しいしね」

「でも、相手は超能力者だろ?」

「それでも、逃げるために目の前から消えちゃったりしたらもう犯人確定でしょ?」


 それもそうか。


「じゃあ、行ってくる」

「うん。――あ、あと、結衣ちゃんはもう先にアポ取りに行ってるから、向こうで合流してね」


 京介の言葉にうなずいて、俺は急いで京香の後を追った。


 ***


 先に行っていた結衣と合流し、そこで結衣が集めたメンツを俺がピックアップ、まずは部室で待ってもらうことにした。

 なぜか知らないが女子の割合が多かったのでなかなか対応に困ったね。

 しかも全員が全員、俺のことがいけ好かんと公言しているやつらだ。

 針の筵とはまさにこのことだと痛感した。


「よーし、これで全員だよ」

「うん。じゃあまず、用事があるって言ってた松木戸さんから。――来て」

「ういー......」


 ちょっと? 俺の横通るときにさりげなく肘ぶつけるのやめてね?

 最近の女子高生ってのは行動派が多いのか、もしくは手が出るくらい俺のことを嫌っているのか。

 ......どっちにしろ最悪だ。


 俺は京介の計らいもあり、松木戸に続いてインタビュー会場である隣のクラスへと足を運んだ。

 流石に俺のことが嫌いだと公言している人物が詰めている部室に居たら、なにされるか分からないしな。


 となりの教室ではすでに準備して待っていた京介が「やあ、どうぞ座って」と爽やかにほほ笑む。

 先行していた京香は松木戸の正面におかれた椅子に腰かけ、俺はその京香の後ろでカメラの位置を調整する京介の横に立った。


「じゃあ、始めるから」

「ういー......」




 インタビューは順調に進んでいった、途中、控室である部室から結衣がブチ切れて叫ぶ声がしたが、それ以外は特に何も起こらなかった。

 後で聞いてみたが、やはりというかなんというか、部室のほうで俺の悪口合戦が開かれていたらしい。

 ......共通の敵がいると人は団結するというが、その敵になる日が来るとは思わなんだ。


「田中のことが嫌いかって言われたら、まあ、嫌いだけど......。なんでって、それ、本人の前で言わなきゃダメなやつ?――はあ、わかった。......まあ、普通に、私らだって結衣と仲良くなりたいのに、田中って超邪魔だし」


「ヒナは、まあ、ちょっと、うっとうしいって思います、です......。クラスであんなにべたべたしちゃって......。あー、思い出すだけで、めっちゃ腹立ちますね。――あ! 田中君、ごめんなさい。本人の前でって、あんまりよくないです、よね......。えへへ......。チっ......!」


「えっとぉ。ウチはあいつが嫌いっていうかぁ、まぁ、ぶっちゃけクソ邪魔だよね......。先週とか、せっかくいろいろ日程調整してさ、この日なら結衣ちゃんと遊べるって思ってぇ、誘おうとしたらぁ『今週末はスマブラやり放題だな』......。――割って入ってくんなよ三下ぁ! って感じぃ」


 てか最初のやつ、松木戸とか言ったか。ためらう割に『超』とかつけるのかよ。

 あと最後のやつ、悪いがその本性丸出しの叫びはばっちりカメラに収まっているから、後から後悔しても遅い。

 でもそれを知って言っているとするなら、いったい俺はどこまで嫌われているのだろうか。

 想像するのも嫌になった。


「ふう、これで終わり。お疲れ様、今日はありがとう」

「いやいやー、なんか愚痴とかも言えて、すっきりしちゃったくらいだよー」

「そう。それならよかった」


 最後のインタビュイーを京香が送り終えるとそろそろ日が落ち始めていた。

 時刻は午後五時前。意外と長いことやっていたらしい。

 今回話を聞いたのはダイジェスト以外にあと三人。つまり六人だ。


「これで今日は終わり、お疲れさま」

「お疲れー!」


 京香は結衣を伴って教室に戻ってきた。


「お疲れ。――で京香、なにか成果はあったか?」


 俺の目線から見ると、正直全員怪しい。

 なんたって俺へのヘイトが尋常ではないのだ。

 現在クラスからいじめられていないのが不思議なくらい。

 まあ逆にどれだけ結衣がクラスから大切にされているのかがよく分かった。

 京香は京介のもとに行って寄りかかりつつ口を開いた。


「犯人の目星はついた」

「......すごいなお前」


 もうこれ撮った意味ないんじゃないか?


「誰だ?」

「断言はできないから、最終的には現行犯を抑えたい」

「でもそれって、相当難しいんじゃないかな?」


 京介が京香の頭をなでながらそう言った。京香は気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「もう捕まえてごうもんとかしちゃおうよ!」


 結衣ちゃん過っ激ぃ......。


「それは最終手段」

「いちおうその択もあるのな」

「まあ、一応、ね」


 でも、正直最初からそうしてしまいたくなる結衣の気持ちもわかる。

 正直俺は、拷問とはいかないでも、ちょっと尋問くらいはしたい。

ほんとだよ? 殴ったりしない。ちょっと痛い目に合わせるだけ。


「今日、もう一度撮ったものを見直してくる」

「それがいいよ。ここで決め打ちして外しちゃったとき困るしね」

「そう、京介は、やっぱりわかってる......」


 京介は照れ隠しなのか、優しく京香の背中をポンポン叩いた。


「あ、田中、そういえば今日は何かなくなったものは?」

「ああそういえば、今日は特になくなったものはないな」


 もしかしたらシャーペンの芯一本とか取られているかもしれないが、そんなもん毎日結衣にやられているので気にすることもない。

 一応確認してみる。


「あ」

「何かなくなってた?」

「文庫本がない......」


 ここまで続くともう慣れたものだ。

 このインタビューが始まる前は本当に何もなくなっていなかったのだが、今回は行きかえりの電車で読むための本がやられていた。

 べつに図書館で借りたものではないのでそう焦るほどではないが、七百円近い本の損失は、高校生にとっては小さくない。


「ほんとに、超能力者なんだね......」

「そうだな......」


 今日俺のバッグは常に自分の足元に置いてあった。

 当然、京介も京香含めてほかのやつに触れさせるということはない。

 いま一度超能力をまざまざと感じさせられる。


「これで、何個目?」

「えっと、七つ目だな」

「そう......」


 京香は考え込むように顎に手をあてがう。

 しばらくそのまま四人が沈黙を保っていると、ふいに京香が顔を上げた。


「ごめん、帰っていいよ」


 そういうと、京香はまたすぐに思索の海に潜ってしまった。

 腕に抱き着かれてしまっている京介には悪いが、ここはお言葉に甘えるとしよう。


「じゃあ、また」

「あ、待ってよー」


 俺が教室の入り口ドアに手をかけると、後ろから結衣に軽く押された。


「しれっとおいてかないでよ......」

「悪い」


 そう返すと結衣は不満げに頬を膨らませた。


 ***


 帰り道。


「そういえばゆうき、そろそろ誕生日だよね?」

「まあ、そうだけど」


 現在五月十一日。

 俺の誕生日、五月二十五日までちょうど残り二週間のところまで来ていた。

 その日で俺は晴れて華のセブンティーンというわけだ。


「結衣はまだまだだな」

「十一月だしねー。誕生日の前にまず夏休みがあるもん!」


 結衣はキラリンと目を輝かせて、むんと握りこぶしを作った。

 夏休み。それはまさしく学生にとってのパラダイス。

 もはやゴールデンウィークなど目ではない。

 盆と正月なんのその。

 ええい控えよ、四十連休のお通りだ。

 まあ、その前に期末試験たらいう不躾ものが控えているがな。

 ......全く忌々しい。


「――それで、その......。まあ、一応今年も、祝ってあげなくもない、よ?」

「夏休みを?」

「ゆうきの誕生日を! 今の冗談じゃなかったら怒るよ!」


 もう怒ってると言うのをすんでのところで抑え込む。


「そりゃ、どうも。毎年ご苦労さん」

「いえいえこちらこそ......」

「いえいえ......」


 二人して何してんだかわからないが、お互いマイクラでシフトキーを押した状態のような姿勢で頭を下げあう。


「あ、コンビニ入ろ」

「ん」

「結局さっきジュース飲めなかったしねー」


 独り言を言いながら進む結衣に続いて俺も店内に入る。

 そのまま一直線に飲み物の棚へ。

 なに、いろはすに新味が出ている。俺がそそくさその新フレーバーいろはすを手に取ると、


「あたしもそれにする」

「......パクんなよ」

「小学生みたい」


 仕方ないだろう。男の子はいつまでも心は子供なのである。


 なぜか当たり前のように二人分のいろはすをレジに持っていき、当然のごとく俺が二人分払い、店の外に出ると結衣が「ありがと」とアホそうにほほを緩めた。

 ......別に、まだ京香に追加でもらった分で賄えるからいいけど。


「......さすがに、誕プレは横取り、されないよね?」


 と、ふいに結衣がつぶやいた。


「さすがにそのころには京香が犯人捕まえてくれるだろ」

「京香ちゃん頼りだね」


 ぐう情けない。


「でも、そうなってくれるといいね」

「そうだな」


 この日もまた、幽霊でも出そうな気がして、走って帰った。

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