第2話 乙女ゲーム?

「お集まりの皆様方、お忙しいところご足労感謝する」


 ボドワン宰相が恭しく頭を垂れる。

 謁見の間には帝都に居住する法衣貴族の公爵から伯爵までが揃っているようだ。

 上級貴族が本当に『お忙しい』のかは疑わしいと思う。

 ちなみに、リディア嬢の父親のブリュネ公爵と俺のオヤジのベルガー伯爵も列席している。


「本日はジェレミー皇子殿下より皇帝陛下の前で公にしたい事案があると申し出があったため、急遽皆様にお集まりいただいた」


 事案ね~、俺のような12歳の少年が政治的な事案に関わるとは思えないんだけどな……。


「ジェレミー殿下、こたびの申し立てにつきまして説明していただけますかな。挨拶は不要ですぞ」

「あい分かった、ボドワン卿」


 ジェレミー殿下は皇帝に軽く頭を下げてから自分の婚約相手であるリディア公爵令嬢を睨みつけた。


「ぼくはリディア・フォン・ブリュネとの婚約を破棄する!」

「「「なんだって!」」」

「「「嘘でしょ!」」」


 えっ! 俺って公爵令嬢の婚約破棄に巻き込まれてんの?

 参列者たちが大声で騒いでいるが、俺にとってはどうでもいいことだ。

 〈魔王討伐オンライン〉はガチのバトルRPGだ。こんなイベントがあるはずない。

 この世界は〈魔王討伐オンライン〉だとばかり思っていたんだが、乙女ゲームの方だったのか?


「そして、エレミー・フォン・シャリエを新たな婚約者とする!」

「「「婚約破棄したばかりなのに!」」」

「「「皇子のご乱心か?!」」」


 皇子はまた爆弾を投下しやがった。

 リディア嬢の公開処刑かよっ!

 だが、もしもここが乙女ゲームの世界だったら、エレミー嬢がヒロインでリディア嬢が悪役令嬢ということになるのか?

 そんなバカな……。


「皆の者! 静まりなさい! 皇帝陛下の御前であるぞ!」


 宰相の一声でざわめきが一瞬で沈静化した。

 こんな状況でも宰相はこの場をうまくコントロールしている。


「ジェレミー殿下、それは由々しき事態ですな。理由を訊いてもよろしいかな?」

「もちろんだ宰相殿。リディアは日頃からエレミーの容姿と学業の優秀さを妬み、嫌がらせを常日頃から行なっていた!」


 可哀想に……リディア嬢は俺の横でプルプルと震えている。

 リディア嬢と話す機会はあまりなかったが、容姿も性格も申し分なさそうだがな。学業の方は知らないが、嫌がらせをするようなタイプには見えないのだが……。


「具体的には、教科書を水浸しにしたり、ノートを破いたり、持ち物を捨てたり……」


 聞くに堪えない典型的な子供の嫌がらせが、ジェレミー殿下の口から列挙された。

 年齢が中学生くらいだから、嫌がらせと言ってもそんなものか?

 前世でもその手の話を聞いたことがある。


「そのような事、わたくしはしておりませんわ!」

「リディア嬢、しばし沈黙を」


 リディアは涙目で訴えたが、発言は認められなかった。

 宰相はジェレミー殿下にすべてを吐き出させようとしているのかもしれない。


「そこまでは子供の悪戯で済む些事に過ぎなかった。だが、リディアの悪事はそれだけに留まらなかった」


 ジェレミー皇子は周囲を見回して間を置いた。

 更に爆弾を投下しようとしているらしい。


「こともあろうか、リディアはエレミーを階段から突き落としたのだ!」


 再び参列者が騒ぎ出し、エレミー嬢は咽び泣く。

 それで彼女は車椅子に座っているのか。

 俺は冷めた目で見ているせいか、エレミー嬢が悲劇のヒロインを演じているようにしか見えないのだが……。


 リディア嬢は手を握りしめて堪えている。


「そ、そんなこと……わたくしは……」


 周囲のざわめきに打ち消されて、リディア嬢の言葉は誰にも届かない。

 俺としては慰めていいものなのか? 言葉に詰まる。


「静粛に!」


 再び宰相がその場を制する。

 そしてジェレミー殿下に注目が集まる。


「リディア! まさかお前がそんな事をするとは思いもしなかったぞ! 恥をしれ!」

「ジェレミー殿下! わたくしはそのような事はやっておりませんわ! 断じてやっておりません!」

「黙れ! お前のやったことは犯罪行為だ! 自覚しているのか!」

「わたくしは無実です。なぜわたくしを信じて頂けないのですか!?」


 ジェレミー殿下は罵り、リディアはそれを否定する。これでは堂々巡りで議論にならない。

 それに不思議なことに、宰相閣下が成り行きを見ているだけで、議論をコントロールしようとしていないのだ。

 列席している貴族たちは制するが、議論は自由にやらせるといことか?


 相変わらず俺の立ち位置は分からないが、リディア嬢を助けるべきなんだろうか?

 そもそも俺はどちらが正しいのか分からない……。

 だが、彼女の横顔を見ていると何故か助けたくなってしまうから不思議だ。


「リディア様、冷静になってください。感情に訴えても問題は解決しませんよ」


 俺はリディア嬢に囁いたが、彼女の興奮は収まらない。

 無理もないだろう、公爵令嬢とはいえまだ14歳の少女だ。

 帝国の重鎮に囲まれて罪を問いただされているのだ。

 だが、俺はあえて言う。


「いつまでもそうしてわめき続けていなさい。白馬に乗った勇者が現れて貴女を救いに来てくれるまで」


 リディア嬢がキッと俺を睨みつける……。

 怒りに震えていた彼女だったが、徐々に冷静さを取り戻してきたようだった。


「ルークさん、お気遣いありがとうございますわ」


 リディア嬢の雰囲気がガラリと変わった。

 立ち直り早っ!

 俺は余計なことを言ったのかもしれない。


「わたくしは、もう大丈夫でございます」


 リディア嬢は微かに笑い、深呼吸をした。

 俺は自分自身が疑問に感じたことをリディア嬢に投げてみた。


「リディア様が嫌がらせをする隙はあったのでしょうか?」

「確かにそうですね。ジェレミー殿下の周りには取り巻きが多かったですし、エレミーさんはその中の一人です。そこを突いてみましょう」


 リディア嬢は完全に誇り高き公爵令嬢へと戻っていた。

 そしてジェレミー殿下に顔を向けて言い放つ。


「おかしなことを仰いますのね、ジェレミー殿下」


 彼女の身体から何かが溢れ出すのを感じる。


「どこがおかしいと言うのだ。ぼくを愚弄する気か?」

「いえ、そのつもりは御座いませんわ。ただ、学園ではエレミーさんのかたわらにはいつも殿下がいらっしゃいましたし、ご学友を側仕そばづかえのようにはべらしておりました」


 リディア嬢の反論がはじまった。

 結構辛辣しんらつな物言いだな。


「いつわたくしにそのような悪戯ができたというのでしょう?」

「なんだと! エレミーが言ったことが嘘だと言うのか!」


 ジェレミー皇子が顔を赤くして怒鳴った。

 討論のときは怒ったほうがたいてい負ける。

 まあ、ここは公平な場ではないから当てはまらないかもしれないが……。


「付け加えますと、わたくしは魔法が使えませんし、誰にも見られないでエレミーさんの持ち物を取り上げることなど、不可能でございます」


 魔法が使えないと言うのは嘘だな。

 さっきから魔力が漏れている。

 んっ? 魔力があるのと魔法が使えるのは別だっけ?


「リディア様、酷いですわ! あんな事をしておきながら……ジェレミー殿下を言いくるめようなんて!」


 エレミー嬢は言いたいことを言うと、激しく泣き出した。

 理屈ではなくて泣き落としか……正直言ってやりにくい。


「エレミーさん、寝言は寝てから言ってくださいな」

「うわーん!」


 ちょっと、ちょっと……、泣けばいいと思ってんのか?

 それにしてもリディア嬢は悪役令嬢としての風格がでてきたが、こっちが素なのか?


「リディア! エレミーを泣かすな!」


 うるさい皇子様だな。エレミー嬢に発言させればいいだろうに……。

 それにしてもこの事案……どこへ行こうとしているんだ?

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