第3話 虚偽証言

「リディアよ! 嘘をついてもだめだ。こちらには証人がいるのだ!」


 ジェレミー殿下が勝ち誇ったようにリディアを睨み、三人の少女を招き入れた。

 その三人はおそらくリディア嬢と同年代だと思う。

 ジェレミー殿下は証人を仕込んでたようだ……用意周到という訳か。

 その中からひとりの少女が歩み出た。


「わたくしはフェリス子爵の娘、カサンドラと申します。皇帝陛下」

 

 カサンドラ嬢は皇帝陛下にカーテシーで挨拶すると、皇帝陛下は頷いた。

 そしてカサンドラ嬢はボドワン宰相に向き直った。


「宰相様、わたくしは学園の講堂前にある大階段で、リディア様がエレミー様を突き落とすところを目撃しましたの。後ろの二人も一緒にいたので間違いありませんわ」


 あれっ? イジメの話じゃないのかよ?!

 なかったことになるのか?

 まさか、段取りを間違えたとかじゃないよな?


「わたくしの悪戯の話ではないのですか? まあいいわ。なぜそのような嘘を言うのでしょう? 当然ですが、わたくしはやっておりませんわ」

「見苦しいぞ、リディア! この期におよんで白を切るのか!」


 う~ん、まずいな……。

 完全にジェレミー殿下とエレミー嬢が被害者で、リディア嬢が加害者という構図が出来上がっている。


 ところでエレミー嬢は本当に怪我をしてるのか?

 とりあえず彼女を鑑定しておこう。

 謁見の間には宮廷魔導士が三人いるようだが、俺よりも遥かにレベルが低いので、俺が魔法やスキルを使っても気づかないはずだ。


『鑑定、エレミー!』


 俺は心の中で鑑定スキルを発動した。


 えっ、本当に怪我をしている……。

 階段から落ちたのは本当なのか?

 まさか、リディア嬢が嘘をついているのか?


「ど、どうかしましたか? リディア様……」


 リディア嬢が目を大きく開いて俺を見ていた……。

 そんなバカな、スキルを使ったのがバレたのか?

 だが、リディア嬢は何事もなかったようにボドワン宰相に向き直った。


「宰相閣下、ご提案がございます」

「申してみよ」

「証人のご学友三人から、事故のあった日時と場所を訊いて下さらないでしょうか?」

「今更何を言うのだ?」

「もちろん、三人別々にでございます」

「なるほど、リディア嬢の意図は理解した」


 要するに証言に食い違いがあるのか調べてくれということだ。

 それくらいの口裏合わせはしているんじゃないか?

 時間稼ぎにしかならないと思うが……。


「宰相殿! それは時間の無駄だ!」

「殿下、それを決めるのもわたしの役目ですぞ。なにか不都合でも?」

「い、いや。大丈夫だ」


 口裏合わせしてないのかよ!

 リディア嬢の逆転もありそうな予感がしてきた。

 そしてボドワン宰相と書記官が三人の証人から事情聴取を始めた。もちろん、別々にである。


 その隙にリディア嬢から訊くことがある。


「リディア様、なんでぼくがここに呼ばれたのか知っていますか?」

「正直言って分かりませんが、嫌な予感がします」


 彼らにはまだ別のカードがあるかもしれないということか……。


「そうですか……このイベント……いや、裁判の落としどころは何処なのでしょうか?」

「誰もが傷つかない結論はないと思いますわ」

「もしかして、死罪の可能性もありますか?」

「そうならなければいいですね」

「はい、まだ死にたくありません」


 もう帰りたくなった。

 早く魔法を使ってみたいし、冒険者にもなってみたい。

 けれど、俺はベルガー伯爵の息子だから、自由に何でもできるわけじゃないんだよな……。

 せっかくの異世界なのに――

 まあ、それは後から考えるか。


「リディア様は婚約が破棄されると困りますか?」

「はい、政略結婚ですから、婚約が破棄されるとブリュネ公爵家が困ります。けれど、それは皇家も同じことです」


 そもそも政略結婚の意味があまりなかったように聞こえる。


「調べる時間があればよかったのですが……。でも、初めからわたくしとの婚約に意味などなかったのかもしれませんね」

「どういう事ですか?」

「ジェレミー殿下の我儘ですよ。殿下にわたしくし達が振り回されているだけなのかもしれません」


 そうか、ジェレミー殿下の我儘で婚約して、同じく我儘で婚約を破棄される……。

 リディア嬢はそう考えているのか……。

 それが本当ならばリディア嬢があまりにも気の毒だ。

 だが待てよ……本当にそうか?

 婚約を破棄するだけなら、こんなに回りくどい修羅場にする必要があるのだろうか?


「ぼくとしては腑に落ちませんね。少なくともこの場は婚約破棄に相応しくありません」


 なにか裏がある……そうとしか思えない。

 リディア嬢は頬に人差し指を待てて考え込んだ。

 なに、この可愛らしさ……。


「ルークさん、いずれにしても、わたくしは疲れました。どこか遠くへ行ってしまいたい……」


 逃避したいということか……ここはわざと勘違いして……。


「いいですねぇ。ぼくは冒険者になって世界中を旅してみたいです」

「楽しそうですわね。わたくしはどこかに素敵な土地を見つけて、みんなが幸せに暮らせる国を築きたいですわ」


 夢見がちな乙女の願いかもしれないが……悪くない。


「その願い、承りました!」

「えっ、 ルーク様?」


 おっ、事情聴取が終わったみたいだ。

 三人の証言を訊いたボドワン宰相は、渋い顔を隠さなかった。

 それに、書記官が頭を横に振っている。

 おそらく、辻褄が合わなかったんだろうな。


「宰相様、如何でしたか?」


 リディア嬢はボドワン宰相の言葉を待ち切れなかった。


「ジェレミー殿下、エレミー嬢、三人の証言が一致しませんでしたので、この件は無効にさせて頂きますぞ」

「ぐぬぬぬぬ……」

「そんな筈はありませんわ!!!」


 大きな声を上げて、エレミー嬢が車椅子から立ち上がった。


「「「えっ!?」」」

「「「なんで立ち上がれるの!」」」

「「「怪我したのは嘘だったのか!?」」」


 参列者からは驚きの声と嘲笑が聞こえる。


「はて? エレミー嬢、立ち上がっても大丈夫なのかな?」


 ボドワン宰相が冷めた声でエレミー嬢を咎めた。


 まあ、俺がエレミー嬢の怪我を回復魔法で治しておいた。

 彼女はきっと感謝してくれるだろう。


 いずれにせよ、エレミー嬢も証人の三人も皇帝陛下の前で虚偽の証言をしたのだから、重罪になることは確定だな。

 お気の毒に……。

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