第2話 再会した彼女は相変わらずだった件

「いいこと思いついちゃった。二人乗りで四季しきんち行こ?」


 なんとなく、桜子さくらこの事だから、そう言うんじゃないかと思った。


「いいけど、しょっぴかれないようにな」

「大丈夫、大丈夫。学生時代、さんざんやったでしょ」

「だから心配なんだけどな。最近、規制厳しくなってるし」


 なんて言いつつ、桜子のチャリの荷台に乗って、後ろから抱きしめる。


「この感触。だいぶ久しぶりかも」

「ちょっと太ったか?」


 照れ隠しで、憎まれ口を叩いてみる。


「私はちゃんと運動してますよーだ。照れ隠しなのがバレバレ」

「ま、元カレとしては色々思い出すんだよ」


 そう。俺と桜子は、高校から大学まで、彼氏彼女の仲だった。

 就職の時に色々あって、関係は解消したものの、別に嫌いになったわけじゃない。

 実際、こうして後ろから抱きしめる感触は懐かしくて、心地良い。


「学生時代、あちこち周ったよねー」


 荷台からだから、桜子がどんな顔をしているのかはわからない。

 でも、声色は嬉しそうだった。


洛中らくちゅうの神社仏閣はかなり制覇したんじゃないか?」


 洛中は、京都市内の中心部を指す名称だ。

 京都市民の一部が使う俗称でもある。

 ちなみに、洛中の外は京都じゃないなんて人も年配の人には多い。


「んー、そうかも。でも、市内全域だとまだまだだよ」

「かもな。まあ、その辺は今後おいおいってことで」


 まだ俺たちはアラサーだ。

 それに、桜子も京都を出るつもりはないだろう。

 時間はたっぷりある。


「今後っていうことは、一緒に周ってくれるってこと?」

「ま、元カレのよしみって奴で」

「その元カレっていうの、気になるんだけど」


 声色が不機嫌そうなものに変わった。


「つっても、俺が東京行くときに、関係は解消しただろ」

「別にお互い嫌いになったわけじゃなかったはずだけど?」

「つまり、ヨリを戻したい、と?」

「元々、四季が、当分、東京に居るから関係解消しようって言ったはずだけど」

「そうだったっけ。なら、ヨリ戻すか」

「うん。そうしよう?」


 嬉しそうな桜子の声。

 自転車に乗りながらの会話であっさりとヨリを戻すことが決まってしまった。

 俺たち、こういうところがどっか浮世離れしてるんだよなあ。


 そして、自転車に乗ること約15分。俺の新居に到着した。


「へー、ここが四季の新居かー。でも、なんで実家に戻らなかったの?」

ひなが結婚した話はしただろ。妹夫婦と同居は、気が引けたんだよ」


 雛は俺の一歳年下の妹だ。一昨年に結婚して、今も実家暮らしだ。


「あー、それは気が引けるかも。私の家は、祐介ゆうすけも姉ちゃんも家出てったけど」


 俺のマンションの部屋に向かって歩きながら、近況を話しあう俺たち。


「祐介君と多摩美たまみさん、元気してるか?」


 祐介君は桜子の三歳下の弟で、多摩美さんは二歳上のお姉さん。

 桜子と違って、普通の価値観を持った、普通のタイプだ。


「祐介は、ようやく重要な仕事任されるようになったって」

「へー。頼りないところあった気がするけど。変われば変わるんだな」

「お姉ちゃんは、最近、ようやく彼氏が出来たんだって」

「多摩美さんも、もう29だよな。このまま結婚するのかね」

「どうだろ。お姉ちゃんは、当分このまま、とか言いそう」

「言えてる。言えてる」


 お互いの家の家族構成まで把握してるからこそ出来る会話という奴だ。


「はい、というわけで、到着」

「おおー!じゃ、お邪魔しまーす」

「はい、どうぞどうぞ」


 元気よく、遠慮なしに俺の新居に入ってくる桜子。


「今日、引っ越しなのに、もうだいぶ片付いてるねー」

「物持ってこなかったしな。でも、テーブルと椅子はちゃんとあるだろ?」

「おお。確かに、4人座れる……!」

「明日、桜子たちが来るだろうからな」

「四季はそういうところ、律儀なんだから」


 嬉しそうに言いつつ、テーブルの向かいに座る桜子。

 俺はといえば、お猪口ちょことつまみを持ってくる。


「おお!さすが四季!用意がいい!」

「ま、本当なら明日の分だけど。二人飲みもいいよな」

「うんうん。じゃあ、早速……」


 と、持ってきて、日本酒の瓶から、トクトクとお猪口に注ぐ桜子。

 銘柄は、純米大吟醸じゅんまいだいぎんじょうの「玉乃光たまのひかり」。


「お前、日本酒もこだわるよなあ」

「言うほどじゃないよ。玉乃光は割と定番でしょ?」


 確かに、京都の地酒としては定番といえば定番なのだが。

 なんか、色々付加価値があるっぽく、検索したら1万円はする代物だ。


「ま、いいか。俺ももらうぞ」

「うんうん。どうぞ、ご自由に」


 俺も、桜子の持ってきた日本酒をお猪口に注ぐ。


「それじゃ、四季の帰郷に、乾杯!」

「乾杯!」


 お猪口を軽く鳴らして、ぐいっと一息で飲む。


「あー、やっぱ日本酒はいいよねー」

「最近は、ハイボールにハマってるけど、たしかにな」


 お猪口のような道具と合わせると独特の風情がある。


「あ、窓から桜が見える。すっごい贅沢」

「みたいだな。部屋選びの時は考えなかったんだけど」

「部屋から桜を見ながら、美味しいお酒。最高の一時だよ」

「そこまで満足してくれたなら良かったよ」


 誰の歓迎か忘れてる気がするけど、まあいいか。


「ところで、さ。桜子」

「うん?」


 もう三杯目を飲んで、桜子の顔が赤らんで来ている。


「ヨリを戻したのはいいんだけど、先って考えてるか?」

「先?」


 不思議そうに聞き返される。ああ、わかってないパターンか。


「俺たちももう二十後半だろ。結婚する……」


 のを念頭に置いた付き合いを、と言いかけた。

 実際、俺たちの歳で改めて恋人になるなら、不思議ではない話だ。

 だから、桜子も真剣に考えてくれる、と、そう思っていたのだけど。


「け、け、け、結婚!?」


 返ってきたのは予想外に動揺した声に、動揺した表情。


「そんなに驚くことか?」

「だ、だって。私は、別れても、ずっと好きだったし。だから、恋人に戻りたいって、ただ、それだけの気持ちで……」


 しどろもどろになって、目線をきょろきょろさせて、大慌ての桜子だ。

 酒のせい以上に顔も赤くなっているし、なんだか額に汗まで。

 相当動揺しているらしい。


「わ、わかった。タイミングが悪かった。今度にしよう、うん」


 桜子にしてみれば、ヨリを戻そうという提案も勇気が要ったのかもしれない。

 その上に、結婚を念頭に置いたお付き合い、は早すぎたんだろう。


「待って!いきなり過ぎるから、びっくりしただけで、嫌じゃないよ」

「嫌とは思ってないよ。でも、考える時間が欲しい感じだろ?」

「ううん。待って。答え、出せるから。うん。出せるよ」


 そう言ったかと思うと、目を閉じて凄い勢いで考え出した。


「考えてみれば……四季くらい……気が合う……」

「それに……前から、同棲、してみたかったし……」


 何やらブツブツと言い始めた桜子。

 しかし、結婚を念頭においた付き合いってだけで慌てすぎな気がする。

 ま、答え出るまで待つか。


 しばらく、ウンウン唸ったかと思うと、


「わかった。その、私も、四季と結婚したい。だから、よろしくお願いします」


 そんな、予想外の言葉を投げかけて来たのだった。

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