再会した幼馴染がいきなり結婚を申し込んで来た件

久野真一

第1話 再会した彼は相変わらずだった件

「やっぱり、綺麗……!」


 持ってきた電灯に照らされたしだれ桜を見上げて、私は感嘆のため息をもらす。

 ここは、京都の円山公園まるやまこうえんでしだれ桜が有名だ。

 シーズンになると、夜は混んでしまうので、咲き始めを見に来るのが恒例。 

 さて、この桜を肴にゆっくりお酒でも飲もうかな、と思っていたところ。


「よ、桜子さくらこ先生」


 聞き慣れた声で肩を叩かれて、一瞬、ビクッとなる。

 振り向いて見れば、そこには見慣れた顔。


四季しき。先生はいいって言ってるでしょ?」


 円山四季まるやましき。私の幼馴染で、今日、実家近くのマンションに移り住んだばかり。

 明日は、私を含めた友人たちで、四季の帰郷祝いをすることになっていた。

 彼もこの時期の桜は好きだから、ここの居ても不思議じゃない。

 でも、それにしてもいいタイミングだ。


「こないだ出た新作も結構売れてたじゃないか」

「別に、まぐれ当たりだよ」


 元々、私は大学を卒業してから、ライターとして生計を立てていた。

 グルメ、ネットのネタ記事、ゲームのシナリオと色々だ。

 そう言った日々の中で、数年前から一般文芸に挑戦し始めている。

 そして、何故かわからないのだけど、周りからの評価が妙に高い。

 何冊か私の書いた本が書籍化されたのだけど、最新作がウケたらしい。

 何やらヒットしてしまって、メディアミックス企画も進んでいるくらいだ。

 だから、最近は会う人会う人に、「先生」と言われるのだけど、勘弁して欲しい。

 特に、四季に言われると逆に寂しくなるまである。


「謙遜も過ぎると嫌味になるぞ、桜子」

「その言葉はそのままそっちに返すね、四季」


 平均的な身長に鍛え上げられた肉体、柔和な笑顔をした青年を睨みつける。

 四季は既に一線級のITエンジニアとして大活躍。

 技術書や技術雑誌に記事を書いているし、テレビで取り上げられたこともある。

 彼みたいなのを才能のある人というんだろう。


「俺は好きなことやってただけなんだけどな」

「努力しても、何もつかめない人からしたら、贅沢言ってるよ」

 

 でも、せっかくの再会というのに、全然ドラマチックじゃないなあ。

 ちょっと話の方向を変えてみよう。


「そういえば、四季と会うのは一年ぶりだよね」

「Slackでいっつもやり取りしてたから、そんな気がしないけどな」


 私と四季たちは、Slackというチャットツールで交流している。

 ファイルも貼れるし、リアクションも使える。話題ごとにチャンネルも作れる。

 おしゃべりするのにはラインより便利というのが私達の認識だ。


「せっかく、明日は、ドラマチックな再会になると思ったのに……」

「ドラマチックにするなら、何年も連絡がとれないくらいにならないとな」


 相変わらず淡々とそんな事を言ってくる。


「うーん……何年も四季と連絡取ってないのが、ちょっと想像出来ない」

「俺もそうだな」


 お互い、うんうんとうなずき合う。ただ……。


「やっぱり、こうして会うと、対面の方がいいかも」

「文字だけだと、桜子の可愛い顔が見られないからな」


 四季もさらっと褒め言葉を言うようになったものだ。

 そう思いつつも、嬉しくなってしまう私も私だけど。


「ありがと」


 だから、それだけを言って、桜に視線を戻す。

 ちらと隣を向くと、彼も桜に見入っているようだった。


「やっぱり綺麗だな。ここの桜は」

「ね。初めて、ここに来たのは中3の頃だったかな」


 元々、四季折々の景色を眺めるのが好きな子どもだった私だ。

 人混みが大嫌いなので、隠れスポットを探し回るのが大好きだった。

 桜の季節に、初めてここに来たのもそんな理由だった。


「思い出すな。チャリで一緒に円山公園まで行ったっけ」


 その頃を思い出しているのだろうか。

 もう10年以上も前の話だ。


「私が四季を後ろに乗せて、二人乗りで行ったのよね」


 京都市きょうとしは、特に自転車二人乗りのような交通違反には厳しい。

 そんな事を物ともせずに、私は四季を誘ってよく二人乗りしていたのだけど。


「学生の頃ならセーフだろ。ちなみに、今はやってないよな?」

「二人乗りする相手が居ないのよね」

「居たらやってたのかよ」

「今度からは、四季を乗せてあげる」

「おまわりさんに注意されないくらいにしてくれよ」


 呆れた声。でも、仕方がない。そのくらい親しいのは四季くらいのものだ。


「ところでさ……桜子はいい人居ないのか?」


 少しためらいがちな声。


「全然。もちろん、優しい人はいっぱいいるけどね」


 お父さんとお母さんには、よくせっつかれている。

 曰く、「桜子ももういい歳なんだから、いい人見つけて……」と。

 無下にするのも良くないので、デートのお誘いに乗ったこともある。

 その中には、優しくて、誠実で、生活も堅実な人が何人もいた。

 でも、何かが刺さらない。だから、全員、一度会ってそれっきり。

 

「桜子が理想高すぎるんじゃないか?」

「そうなのかも。会う人会う人、皆生き急いでいて。のんびり生きればいいのに」

「俺たちの歳で桜子みたいに老成してる奴はそうは居ねえよ」


 幼い頃から私は、京都の四季折々の景色を眺めるのが好きだった。

 そういった日常を過ごすだけで幸せだし、満足だったし、今もそうだ。

 でも、世の中の人は意外とそうでないというのは最近知った事。

 

「老成っていうなら、四季も似たようなものでしょ」

「俺はもっと生き急いでるタイプだと思うけどな」

「自分の事は自分ではわからないものね」


 四季も昔からのんびり屋さんだった。元々、私達は口数が多くない方だった。

 だから、一緒に景色を眺めていてても、ぼーっとしている事が多かった。

 四季も私と同じように、普通に生きて、それだけで幸せという人種なのだ。


「ところで……せっかく、帰ってきたんだから、挨拶が欲しいんだけど?」


 言いつつも、四季なら期待した言葉をくれるだろう、なんて思ってるけど。


「ああ、そうだったな。ただいま、桜子」


 望んでいた挨拶の言葉とともに、手を上げる彼。


「うん。お帰り、四季」


 パアン、とハイタッチの音が夜の京都に響く。

 ようやく、彼が帰ってきたんだ。そんな気がした。


 あ、そうだ。せっかくだし。


「ねえ。四季の帰郷祝いだけど……」

「ん?明日の夜、他の連中と一緒にやる予定だったろ」

「そうだけど。今夜、二人きりで飲もう?」


 リュックサックに入れてきた日本酒の瓶を取り出す。

 元々は、ここでシートを敷いて飲むつもりだった。

 でも、せっかくだし、彼の家で飲みつつ色々話でもしたい。


「おまえな……と言いたいけど、ま、いいか。俺、歩きだけど」

「私は自転車だね」

「歩きで行くか。こっから30分くらいだけど、たまにはいいだろ」


 時刻を見ると、まだ21時。

 確かに、ゆっくり歩いてもいいかもしれない。

 でも……。


「いいこと思いついちゃった。二人乗りで四季んち行こ?」

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