第11話 良い事いう人々② 星に願いを

1945年3月、私は人生で最大の教訓を学んだ。それは水深90メートルの海底であった。私は潜水艦乗組員88名中の一人であった。我々が日本の最後尾の軍艦を攻撃する準備に移った時、不意に日本の駆逐艦が方向転換し、我々の方へ進んできた。


我々は探知されないように水深47メートルまで潜り、水中爆雷に対する備えをした。艦の音を消すために換気扇、冷房装置、あらゆる電源を切ってしまった。


三分後には地獄さながらの状態になった。六個の水中爆雷が艦の周囲で爆発し、我々は水深90メートルの海底に激突した。みな恐怖に震えあがった。十五時間にわたって、日本の駆逐艦は水中爆雷を投下し続けた。


無数の爆雷が15メートルと離れていない場所でさく裂した。私は恐ろしさで息がつまる思いだった。絶体絶命とはこれなんだ! 


換気扇や冷房装置はすべて切ってあったので、艦内の温度は38℃を超えていた。だが、私は恐怖で背筋が寒くなり、セーターと毛皮のジャケットを着た。それでもゾクゾクと震える始末だった。


歯の根がカチカチと鳴った。ネットリとした冷や汗がにじみ出た。攻撃は十五時間に及んだ。それから突然にやんだ。日本軍の駆逐艦が水中爆雷を打ち尽くして、引き上げたのだ。こんな攻撃にさらされた十五時間は、千五百万年にも匹敵するように思われた。


私の過去の生活が、もう一度目の前に繰り返された。私は、自分の犯した悪行のすべて、思い悩んだ愚にもつかないことがら一つ一つを思い返した。


海軍に入隊前は銀行員だった。

長い勤務時間や、安い給料、昇進の見込みがないことをクヨクヨと思い悩んでいた。自分の家を持つことができず、新車を買う事もできず、妻に美しい服を買ってやれないことも悩みの種だった。

いつもガミガミと小言を言う年寄りの部長をどんなに憎んだだろう! 夜、不機嫌になって帰宅し、ささいな事で妻と口論したことも思い出した。自動車事故でできた額の醜い傷跡についても気に病んでいた。


数年前には、これらのことはいかにも大きな悩みの種だったのだ! けれども、爆雷に吹っ飛ばされないかと冷や汗をかいていると、そんなことは実に馬鹿げたことに思えてきた。


私はそのときに自分自身にこう誓った。もし再び太陽や星を拝むことができれば、もう決して、決して悩んだりはしないと。私は潜水艦内の恐怖に満ちた十五時間のあいだに、人間の生き方に関して、大学における四年間で書物から学び得たものより多くの事を悟ったのだ。

                                     by ロバート・ムーア


私たちが人生の大きな災禍に雄々しく立ち向かう例は珍しくない。決して回復しない障害児を抱えた親はその事を嘆くよりも、我が子のために全力を注ぐことだけに頭を使うそうです。

私達はささいな出来事、いわば「気分がしっくりしないこと」を気に悩んでいるのです。もう一度星や太陽を拝めたらもう決して悩まない、この人生観を獲得できたら怖いものはないでしょう。

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