旦那たちの愛を見届けろ/13
椅子もの背もたれからぴょんと起き上がった妻を、夫は不思議そうに見つめた。
「どうかしたっすか?」
「話ちょっと変わっちゃうんですけど、子供たちの誕生日もう一度やりませんか?」
「誕生日っすか?」
「六百八十七年に一度しかやらないってなると、まだだいぶ先じゃないですか?」
「そうっすね」
「新しいパパにもお祝いして欲しいって子、いると思うんですね?」
「百叡を一番に思い出したっすか?」
二人の中で、いつもニコニコしていて、お紅茶と丁寧な言い方をする息子が浮かび上がった。
「まあ、そばにくる子で、そういう子供は百叡ですけど……」
「蓮さんから生まれて、光さんが大好きってことっすね」
「他にもそういう子いると思うんです。産んでくれたパパとは違うパパが好きっていう……」
「颯茄さんは優しいっすね」
「そんなことないです。神様が教えてくださったんです。ひらめきましたから」
「傲慢にならない秘訣っすね。神様の元で生きてるって考え方は」
張飛は袈裟の裾を少しだけ引っ張った。颯茄は人差し指を顔の横で突き立てる。
「そうですね。謙虚でいられます。忙しいと時々忘れそうになるんですが、ちょっとした隙間の時間に、できるだけ心の中で感謝をするんです」
人は道に迷うこともある。しかし、神様はいつだって見守っていてくださって、顔を上げて祈りを捧げるだけで、心を安らかにしてくれるのである。
「俺っちの密教もそうっす」
「神社に行ったりするんですか?」
食事以外は滅多に顔を合わせない張飛のことを、妻は興味を持って聞いた。
「時々っす。神様はどこにいても、きちんと見守ってくださってるから、訪れなくてもいいんす。気持ちの問題っす」
意外な共通点があったと思い、颯茄は嬉しくなって、照れたように髪を何度も触った。張飛の天色の瞳に流星群が映る。しばらく黙ったまま、妻はその様子を盗み見していた。
ふたりきりの空間。颯茄はふと気づいた。
「そういえば、他の人は誰かと隠れてたんですけど、何か意味があるんですか?」
理由はきちんとあったが、張飛は平気な顔をして言った。
「それだけ仲がいいってことじゃないっすか?」
「なるほど。それなら何よりです」
あっという間に納得して、颯茄は正面を向いて静かに目を閉じた。
「家族って、最初から絆があるわけじゃないんですよね?」
「そうっすね」
張飛の手が伸びてきて、颯茄のそれに優しく乗せられた。その温もりを感じながら、彼女は安堵の吐息をもらす。
「色々なことがあって、みんなで乗り越えてゆくから、仲がよくなるんですよね?」
「颯茄さんは複数婚向きなんすよ」
パッとまぶたを開いて、颯茄は首を横に降って否定した。
「いや、みんなが向いてるんですよ。子供たちも含めて」
「可愛いっすからね、ちびっ子は」
小学校教諭は心の底からそう思った。颯茄はこの短い間に配偶者が増えてゆくという現象を、妻としてではなく母親として振り返る。
「最初は戸惑ったりしてたみたいですけど、最近はだいぶ慣れてきたみたいだから、よかったです」
「子供は柔軟性があるから、大人よりも変化についていけるっすよ」
「ふふっ。よかった、みんな幸せで」
人の幸せが自分の幸せ。それが何よりも自分を感動させるもの。颯茄の瞳に幸せの涙が浮かび、声が震えそうになった。
星がにじんでよく見えなくなり、涙が頬を伝った。いくら薄暗いところでも、拭ったら心配をかけるだろうと思って、そのままにしていると、張飛の指先が涙をそっとすくった。
やはりバレてしまった。でも、自分の心は伝わっている。そうわかっている。心を交換したのだから、他人とはわけが違うのだ。
涙はすぐに落ち着いたが、家族でも観賞会をするこの場所で、しばらく幸せを颯茄は噛み締めていた。
いつまでも動く気配のない妻の横顔に、夫は声をかける。
「俺っちが最後っすか?」
「あ、違います!」
颯茄はハッとして、椅子から跳ね起きた。
「じゃあ、探しに行かないと待ってるっすよ」
「そうですね」
言い残して、妻は瞬間移動で消え去った。
「俺っちもロビーに戻るっすか」
張飛の姿が消えると、人センサーがついている映写機は勝手に再生をやめ、部屋の中は真っ暗になった。
*
――――あと二人。だが、鬼の颯茄は壁にぶち当たっていた。
とっぷりと日が暮れ、妖精がランプを手にしたように、淡くライトアップされた中庭を右手に従え、妻は足早に水色の絨毯の上を進んでゆく。
「どこにもいない。外にもいない。家の中にもいない。どこに行ったんだろう? 光さんと独健さん」
つのる焦燥感。見つからない夫二人。一回目の光命の隠れ場所――ピアノの部屋の前までやってきた。ブラウンの長い髪を落ち着きなく、右左に揺らす。
「同じところには隠れないよね? 光さん頭がいいし……」
妻の深緑のベルベットブーツは消えては現れてをして、人気のない廊下を探し続ける。通り過ぎる部屋の中の時計は、十七時六分十七秒を指していた。
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