殺し屋と胸中

道中での怜の返答で更に胸中が複雑になったプルート。


彼女の声が怜に落ち込んでいたように聞こえたのは、勘違いでもなんでもない。



―――お前みたいな人殺しは好きじゃないって、ただの雇い主と殺し屋の関係だって、そう言ってくれたらこの気持ちに諦めがつくのに。私みたいな血に塗れた女が誰かに愛してもらうなんて烏滸がましいと、見切りをつけることができたのに。


―――好きだって、異性として好意を持っているって、そう言ってくれたらこの気持ちを打ち明けられたのに。愛おしいって、また抱きしめてほしいって、そう言えるのに。彼に甘えられるのに。



そう。彼女もまた、怜の気持ちを推し量れずにいた。

プルートのことを可愛いとか美人だとか言ってはくれるが、果たしてそれは彼の本心なのか。彼が言う通りにその言葉も全てツギハギで作られた偽物の感情なのではないか。女性のファッションを褒めるのは当然、こんなことを言われたら喜ぶだろう、そんな意図で言っているのではないのか。


人を殺す経験は幾度とあれど、異性を愛す経験は皆無。


恐怖、怒り、焦りなんかは手に取るように読めるが、好意の有無は全然分からない。


シゴトのために標的の劣情を利用することはあるが、そこに自分の感情を介入させたことはない。


その上、怜はプルート以上のポーカーフェイスだ。彼の感情がはっきりと読めるのは彼の心が自制しきれない怒りや自噴に支配されたときだけ。


怜の本心を探ろうと思案する度に色々な可能性が脳裏に浮かぶのだ。


プルートと話すときも、歩いているときも、殺されかけているときだって彼の本当の感情はほとんど読めない。

かといって彼の笑顔から嘘くささが感じられるわけではない。無理して、誤魔化して笑っているようには見えないのだ。ただ、自分の感情を表情に乗せることが苦手なだけの不器用な男にも見える。


プルートが本当に見たい、彼の心からの笑顔は未だに一度も見れていないのだ。


それに、プルートが一番見たくないも未だに一度も。



愛してもらえるように、もっと可愛いと思ってもらえるように何かを…というのも憚られる。


元々、殺し屋と雇い主というだけの関係。

シゴトに感情を持ち込む殺し屋なんて論外もいいところ。


それに、昨日の夜に一度は見切りをつける原因となったあの理由。


プルートが愛し、一緒にいたいと思った相手は漏れなく殺されているのだ。


心に重くのしかかってはいるが、実のところたった2回。両親と――ちゃんだけだ。


だが、もう二度とその苦痛を味わいたくないプルート。大切な人を殺される経験なんて滅多にするものではない。それが、2回。


もしかしたらただのたまたまかも、今回は大丈夫かも、なんて楽観視ができるわけがない。

人生で初めて、心から愛おしいと思える彼があの見慣れた血の海に沈む…そう考えるだけで身震いがする。


「あの、プルートさん」


再度の沈黙、怜が声をかけてきたのは先ほどの自分のようにその居心地の悪い沈黙に耐えられなくなったが故か。


「―――外では」


偽名で呼んでください、というプルートの言葉は続けざまに発せられた怜の言葉によって遮られる。


「プルートさん、言いたいことがあるならはっきり言ってくれませんか?あなたみたいな美人を侍らせておきながらそんなムスッとした顔をさせているのは流石に周りの目が痛いです」

「え…」


プルートが困惑したのは、自分のポーカーフェイスが崩れていたからではない。


揶揄うように笑いながら苦言を呈する怜の考えていることが、不自然なほどにはっきりと読み取れたから。


即ち、『それは今じゃない』と。


彼の声色が、目が、纏う雰囲気が、そう伝えていた…


―――というふうに、プルートには感じられた。


そして、プルートはハッと気づく。


プルートがどう思っていようと、怜がどう思っていようと、今は怜が雇い主でプルートが雇われの殺し屋。

仮に怜がプルートのことを愛してくれていたとしても、今プルートが色恋に現を抜かしたせいで殺されてしまっては元も子もない。

死の淵の、血溜まりの中の怜に「愛してる」と伝えられたところで何の意味もない。


彼の計画が成功して明るい未来が訪れれば、契約期間が終わってからでも心の内を伝えることはできる。


「…あー、ごめんなさい、そーいやあの200万何に使おうかなって考えてたんですよ」

「払いすぎましたかね…?ちょっと返してもらっても」

「駄目です」


怜に、プルートは悪戯っぽい笑みを向けることで応じる。


もう大丈夫、シゴトはしっかりと遂行しますよ、と。


そんな気持ちを込めて――――――。

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