標的とお買い物の準備

「つかれた」

「お疲れ様です」


なんとか数時間かけてクリアに漕ぎつけ、最後の挨拶を終わらせて録画停止ボタンを押した途端のプルートのセリフである。

警戒心バリバリの殺し屋さんはどこへやら、叫びまくった疲れからもう完全に思考が停止している。


「お返しに何かしてほしいことはありますか?」

「…買い物、付き合ってください」

「疲れてるのに買い物ですか?」

「仕事で疲れたときはお買い物するって決めてるんです!ていうか前の仕事が終わってすぐあなたからあなたを殺す依頼が入ったせいで買いたい服買えなかったんですからね!ちゃんと責任取ってください!」

「理不尽すぎやしませんか?」


依頼主は怜名義とはいえ、実際に依頼しているのは由美と孝之。プルートも当然分かっているが、疲れのせいで頭が上手く回っていないので思ったことをそのまま垂れ流しているような状態だ。


ゲーミングチェアの背もたれにもたれかかってぐでっと座っている脳死状態のプルートを見て、怜はとあることに気づいてプルートに質問を投げかける。


「昨日は黒いトレーナー着てましたよね?いつお着替えを…?」


そう。いつの間にか彼女の服装が変わっているのだ。といっても、オシャレとはかけ離れたシンプルな寝間着だが。


「怜さんが寝てから、ドア修理してちゃんと戸締まりした上で普段拠点にしてるネカフェから色々持ってきたんですよ。といっても服や下着ぐらいのもんですけどね」


彼女が視線で指し示した部屋の隅を見ると、そこにはパンパンの旅行カバンが。

あまりに自然に置いてあるものだから全く気づかなかった…と思う怜。


プルートの言葉に昨日ドアを壊されたことを思い出して怜が玄関に出向くと、一切の傷もなく修理されたドアと…そして何故かそのドアに銃口が向けられた一丁の拳銃。

その引き金トリガーから伸びたピアノ線がドアノブに繋がれている。


「えーっと…これは?」


危険極まりない罠に、それを仕掛けたと思われる張本人にその真意を問う。


「ドアが開いたら発砲するようにしてあるんですよ。勝手に開けたら死ぬし、内側から開けるにしても仕掛けに気づかないはずがないですから…」


未だに気の抜けたプルートの声が淡々と答えた。そして、「よし!」と何やら決心して立ち上がる。


「服を買いに行きたいです!ということで今から着替えるのでそっちの部屋でちょっと待っててください!覗いたら刺します!」

「覗きませんし刺されませんよ…」


初めての邂逅を思い出す怜。完全に意識外からの攻撃を仕掛けた―――と思っているプルートの腕を掴んで―――


「ほい、おーけーです!行きましょう!」

「早いです…ね…」

「…?何かおかしいですか?」


怜が言葉を失ったのは、もちろんプルートの服にタグがつきっぱなしだからだとかセンスが壊滅的だからなんて理由ではない。


白と黒を基調としたモノトーンコーデ。短めだが決して下品なわけではないスカートの下の細くて綺麗な黒タイツは見た男性の劣情を煽らないわけがない。それに、肩ほどに切りそろえられた滑らかな黒髪ともマッチしてお上品な名家のお嬢様のような雰囲気を醸し出している。


というか、あの一瞬でここまで早着替えしたことに驚く。


「ああいえ、プルートさん綺麗だなって」


本心からの、褒め言葉。取り繕うでも、何を言ったら喜ぶだろうと考えるわけでもなくただ口をついて出てきた一言。


今までどんな綺麗な女性を見てもなんの感慨も得なかった怜だが、一瞬で着飾ったプルートの服装を見るだけで動悸が止まらない。

思わず、「何かを見て美しいと思うなんて何年ぶりだろう」なんて厨二臭いことを考える。


「もう…褒めても何も出ませんよ?」


非難するような言い方をしつつも、僅かに頬を染めてはにかむプルート。


「いえ、その表情が見れただけで満足ですから」


これも紛うことなき本心。可愛らしいプルートの仕草に思わず頬が綻ぶが、女性を見てニヤニヤしているのも失礼だと思ってなんとか柔らかい微笑みをキープする。


「だから、それが無自覚なのが恐ろしいんですって…」


そんなプルートの呟きに首を傾げつつ、怜も適当に出かける準備をして二人一緒に玄関を出る。


車なんて便利な乗り物は怜は持っていないので、怜とプルートは二人並んで歩きで駅前のデパートに向かう。


…と、話題がない故の沈黙に耐えかねたプルートがおもむろに一言。


「怜さんは―――私のこと、どう思いますか?」


プルート自身、怜への恋愛感情は既に自覚している。なら怜はどうなのだろう、という当然の疑問からくる遠回しな質問だ。

唐突に声をかけられた怜が横目でプルートを見ると、彼女は完全な真顔。恥ずかしそうにするわけでもなければ頬を紅潮させているわけでもない。感情のコントロールに長けたプルートの本気のポーカーフェイスだ。


さんを、ですか…?」


当然、プルートの思考を逆算してを問うている可能性に思い至る怜。プルートは青春やらを経験していないが故に知らないが、自分の恋愛感情を隠しつつ相手の真意を問うテンプレのような質問だからだ。同じような質問は中学、高校で何度も聞いたことがあるし漫画やラノベでもよくある質問。


「そうですねぇ…。まだあまり佳奈さんのこと知りませんけど、これからもっと知りたいと思うくらいには好感を持ってますよ」


本心では「あなたの可愛らしい姿を見る度に動悸が止まりません。今すぐ抱きしめたいくらいです」なのだが、相手が自分に対してどんな感情を抱いているか分からない以上はそんなことは言えない。外出前に彼女が回収してポケットに突っ込んでいた拳銃で今すぐ頭を撃ち抜かれてもおかしくない。


かといって、「頼もしいです」「頼りにしてます」なんて答えたら彼女が一人の女性として怜に問うていたときに傷つけてしまうことになる。


プルートの気持ちが読めない以上、どっちに転んでもリスキーな質問。それを、怜はどっちつかずの中途半端な回答で誤魔化す。


「そ、そうですか…」


だが、何故か少し落ち込んだような声で返すプルート。


怜は思う。




―――女心って難しい。


と。

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