標的と夢
明るい夜だった。
それなりに明るく輝く半月から放たれる月明かりは、綺麗に澄んだ空気をまっすぐに通り抜けて怜の顔を明るく照らしている。
怜は、何もないところにたった一人でぽつんと立っていた。
暗いせいもあるが、辺りを見回しても何も見えない。
それどころか、足元にあるはずの地面すら怜の目には映らなかった。
昏い空間にただ一人、立っているのかすらもあやふやになってくるほど。
何となく、ただ何かに導かれるようにして怜は歩き始めた。
何分ほど経っただろうか。
ただゆっくりと歩き続ける怜の思考はモヤがかかったようにぼんやりとしていた。
何も起こらず、何も考えられず。
ただ、『まっすぐ歩き続けろ』とプログラムされたロボットのように延々と歩き続けていた。
その時。
「ッ…!?」
怜の耳に届いたのは、つんざくような女性の叫び声。
考える間もなく、怜は悲鳴の聞こえた方向へ駆け出した。
かなり遠くから聞こえたように感じたのだが、悲鳴の主は案外近くにいたようで。
「プルート…さん…?」
誰だったか。何も思い出せない頭ではそれすらも思い出せないが、怜の意思とは無関係に彼の唇は目の前で大量の血を流して倒れている女性の名前を紡いでいた。
当然、返事はない。
怜はフラフラとプルートに近づき、その身体を揺すった。
何によって作られたかも分からない腹部の大きな傷を強く押さえながら。
「怜…さん…?」
やがて、プルートが目を覚ます。
輝きを失った彼女の虚ろな瞳は、怜の顔に向けられているようで何も映してはいなかった。
「ごめんなさい…守るって…依頼だったのに…。守るって…約束だったのに…」
「喋らないでください。今助けますから」
不思議と、怜の思考は先ほどまでとは違ってはっきりとしていた。
今度は自分が彼女を助ける番だと瞬時に理解し、思いつく中で最善の救命措置を取ろうとする。
しかし。
「もう…遅いですよ…。駄目です、もう…」
「黙っていてください!喋ると傷口が開いて―――」
「ねえ、怜さん」
必死に命を救おうとしているのにも関わらず、まるで始めから死ぬと分かっていたとでも言うかのような態度のプルート。
そんな彼女の姿に、不思議と彼女の傷口を押さえる怜の手からは力が抜けていった。
「…何ですか?」
「最期に、名前で呼んでほしいです。私の、本当の名前で」
「本当の―――名前…?」
確かに、『プルート』という名前は本名とは一切関係のないコードネーム。
そして、怜は彼女の名前を知っていた。
その名を、思い出す。
知ってはいるものの、呼ぶ機会などほとんど――――いや、ただの一度もなかったその名前を。
「あなたの、名前は―――――」
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