殺し屋とお手伝い

「ん…」

「あ、やっと起きました?もうお昼ですよ」


目を覚まし、二度寝の誘惑に抗って怜は上半身を起こす。

顔を上げて部屋の中を見渡すと、普段の部屋より少し明るくなったように感じられた。


「あ、軽くですが掃除しておきました。といっても普段からちゃんとしてたみたいなんでほとんど汚れなんてなかったんですけどね」


何となく誇らしげながらも、どこか上の空といった感じのプルートの声。

その声の主を見ると、怜が寝ている部屋の隅で座椅子に座って小説を読んでいる。どうやら部屋の本棚から抜き出して読んでいるようだ。


「…なんですか?本読んでるときに顔をジロジロ見られるのってあまり心地いいものじゃないんですが」

「…いえ、ふとプルートさんの本名が気になっただけです」


言葉通り僅かながらも不快そうなプルートの言葉に、怜は目線を下ろして思案に暮れる。


怜が思い出すのは先ほどの夢。


血の海に横たわるプルート、そしてその傍らに寄り添う自分。


彼女の望み通りに今際の際にその名を呼び―――。


「…私の名前?…うーん、知ってどうするつもりですか?」


当然の疑問。呼び方はプルートでいいし、外で更に偽名を使うなら昨日孝之相手に『佳奈』と名乗ってしまっているのだから他の名前を使うと不自然。プルートの本名を知っている必要がある状況なんて万に一つもないが…。


「――――いえ、結構です。知ったところでですもんね。ただの好奇心なのでお気になさらず」


そう言うと、怜はベッドから起き出して大きく伸びを。昨日と同じ動作で腰の凝りをほぐし、すぐにデスクに座ってパソコンを立ち上げる。


「起きてすぐ仕事ですか?」


手元の本から一瞬だけ目線を怜の方に向けてそう問うプルート。

怜は淀みない動作でいくつかのソフトを起動するが、何か不都合があったようでその動きが止まる。


「まあ、僕が仕事を頑張れば頑張るほど契約期間も短くなるんですし。そんなことより…」

「そんなことより?」

「動画の溜め撮りが切れちゃいまして。あ、どうせならプルートさんも撮影に参加しますか?」

「どんな重要な話かと思ったら…。ていうか正気ですか?分かってるとは思いますけど私素人ですよ?」


予想外の怜の提案に、プルートは思わず本を閉じて訊き返す。


「僕が普段どんなことをしているか知ってほしいっていうのと、ゲームの方の視聴者さんはほとんどが男性なので女性が入ると反響が凄いんじゃないかと。プルートさんみたいに感情豊かな方なら特にね」

「うわあ、打算的ですねぇ…。私が何も分からずにあたふたしてるところを視聴者さんと一緒に笑うってことですよね?」


生まれてこのかたゲームなんてほとんどやったことがないプルート。何も分からずに無様を晒すのは目に見えている。


そんなプルートに、怜は似つかわしくないニヤニヤとした笑みを浮かべながら答える。


「大丈夫です。やってもらおうと思ってるのはね、普段からゲーム慣れしてる人でもクリアを断念することもあるようなゲームですから」

「それのどこが大丈夫なのか教えていただけますか!?」


プルートの言葉に、怜のニヤニヤとした含み笑いがクスクスといった押し殺したような笑いに変化する。

プルートは馬鹿にしたようなその表情に頬を膨らませる。


「…何が可笑しいんですか」

「いえ、昨日は『相手が何考えてるか分からない変な男じゃなかったら色々とツッコみまくってるところです』って仰ってたのに今はそうやってツッコんでくれることは…って思いまして」


昨日の、昼ご飯の席でのことだ。あの時はまだ何を考えているのか分からない得体の知れない雇い主。

それがたった一日でこうも印象が変わるものか――――。


「っ…いいでしょう。やってやりますよ!一瞬でクリアして動画をボツらせてやります!」

「ありがとうございます。あ、ちなみに本職との兼ね合いとしては大丈夫ですか?録画するのはゲーム画面だけなので顔とかが映ったりはありませんが」


昨晩見切りをつけて心の奥底にしまい込むと決め込んだ怜への恋心が再燃しそうになるのを感じ、プルートは話題を変える意味も兼ねて半ばヤケクソ気味に動画出演の提案を呑む。


怜が心配しているのは、当然その存在が世間に知られてはマズい殺し屋なのに動画になんか出て大丈夫か、ということ。

時たま自分の殺しの様子を撮影してライブ配信する…なんて酔狂もいるが、当然プルートはそんな人種ではない。


「それなら心配いりません。どうせ身バレしちゃいけないのは殺し屋もYouTuberも一緒でしょう?正体を隠さなきゃいけない対象に視聴者が増えるだけですから」


仮に動画を観てその声の主が誰か分かったところで、うっかり情報を晒してしまわない限りプルートや怜本人に繋がることはない。


「確かに。では、始めましょうか」


怜もそれを理解したようで、予備のマイクつきヘッドホンをプルートに差し出しながら瞳の奥に溜まった闇とはまた別種の真っ黒な闇をその表情に浮かべてにっこりと微笑んだ。

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