殺し屋と恋心

「とまあ、話すのはこれくらいですかね」


一連の怜の説明を聞いたプルートは納得したように頷く。窓の外を見るともう日が傾いて空が橙色に染まっていた。


なんとも胸糞の悪い話だ。

実の弟を殺すために何百万と金を使って次々と殺し屋を雇う姉。

そして、彼女を止めるどころか手助けするついでに自分も手柄を立てようとする兄。

実の兄と姉に狙われていると分かった上で姉の破滅のために人生を懸ける弟。


なんて歪んだ家族だろうか。


実の兄弟というわけではないが、プルートが施設暮らし時代に一緒に生活していた子供たちは、そんな諍いとは無縁の仲の良さだった。時々喧嘩することはあってもすぐに仲直りし、長くても数日後には仲のいい兄弟のような関係に戻っていた。

その前の実の両親と暮らしていたときは喧嘩なんて皆無だった。


だから、プルートには互いの人生をかけて憎み合う家族の存在が信じられなかった。


「仲直り…ってないんですか?」


ふと、そんな言葉が口をつく。

プルートの職業は殺し屋。誰かを殺してその家族の絆を引き裂いてしまうことこそあっても、その関係の修復なんて考えたこともなかった。


「三年間…いや、二年半くらいかな」


思い出すように顎に手を添えた怜が呟く。


「僕は家族の関係を修復しようと、楽しかった家族に戻ろうと色々なことを試したんですよ。思いつく全てを試して、自分にできること全てを試した上でそれが成せなかったからこうなっているんです」


痛ましい怜の表情に、プルートは先ほどの軽率な発言を後悔した。

プルートの職業柄、他人の感情の機微に敏感だからなんて理由じゃない。怜の端正な顔には誰が見ても明らかなほどに、憎しみや殺意なんかと比べ物にならないほど大きな自責の念が見えたから。


そして、気づく。怜の心を支配しているのは実は自分を嵌めた姉への憎悪でも理解してくれなかった家族への怒りでもなく、冤罪を晴らせず家族をバラバラにしてしまった自分への情けなさや無力感から来る自噴。それにはおそらく怜本人も気づいていないが。


「…そうですね…。すみませんでした。ところで、これからどうします?こちらを狙ってくるのをただ待つってのもどんどん不利になっていくだけでしょう?」


即座に謝罪し、話題を変える。これ以上過去の話をして苦しむ怜の姿を見たくなかったから。そして、怜の性格から察するに彼もプルートの意図を理解してくれるだろうと判断してのこと。


何かプランがあると思い、プルートは怜にこの後のことを提案する。

しかし怜は、何やら口を開きかけた直後にフラッと揺らいだかと思うとその場に崩れ落ちた。


「っ…大丈夫ですか!?」


頭を打たないように咄嗟に支え、肩を揺すって怜の安否を確認するプルート。


自分が出かけている間に何かあった?毒でも盛られた?それとも自分が知らないだけで何か持病でも…?


色々な可能性がプルートの頭の中を駆け巡る。


困惑するプルートに怜は薄目を開けて絞り出すように答える。


「…大丈夫、少し寝不足なだけです。ここ数日仕事で寝てないもので…」

「今すぐ寝なさいッ!!」


怜の言葉に、誰かに危害を加えられた可能性を考えて心配したことを後悔するプルート。

両手で怜を抱え、昼まで自分が寝かされていたベッドに運ぶ。


「怜さん、軽すぎです。もっとちゃんと栄養取りなさい」

「ふふっ…なんだかお母さんみたいですね…。いや、彼女かな?」

「なっ…ね、寝ぼけたこと言ってる暇あるなら今すぐ寝なさい!」


怜に「彼女」と言われ、再度頬を染めるプルート。無意識ながらも、ここ数年恋愛感情なんて抱いたことのないプルートに僅かに残った乙女心を的確にくすぐる言葉を連発する怜。


「プルートさんみたいな人が彼女だったら幸せなんでしょうねぇ…」

「……寝言に移行するの早すぎません?」

「寝言じゃありませんよ。本心です。…では、おやすみなさい」

「…」



――――。―――ああああああああああああ!!!!!調子狂うなぁ!!それもう告白と同義ですからね?もしかして会う女の子全員に同じようなこと言ってるんじゃないですか?そもそもどれだけ女に飢えていたとしてもさっき目の前で三人もボコった殺し屋を口説く?いや、そもそも口説いているっていう自覚すらないのか…。こりゃあダメだわ。今思えばカフェでも店の女の子にめっちゃ見られてたもんな。イケメンだしイケボだし無自覚で口説いてくるってどこの主人公よ。ほんとにムカつく。初めて会ってから一日しか経ってないとは思えないほど魅力的に見える。ていうかその無防備な唇に今すぐキスしてやろうか。してもいいよね?いいよね?おい返事しろよ。


プルートの心の中、もうぐちゃぐちゃである。思考がかき乱されて普段なら絶対にあり得ない方向に思考回路が歪んでいるが、思ってることをそのまま言うわけにもいかず。かといって整理をつけることもすぐにはできない。


辛うじて目の前で早くもすやすやと眠っている怜の唇を奪うことだけは我慢し、その寝顔をしっかりと堪能した後で怜から少し離れて深呼吸。


もう、ここまで来るともちろん自分の気持ちは自覚している。昨日自分を殺そうとコーヒーに毒を盛り、今日だってその額に銃口を突きつけた殺し屋なのに無防備な寝顔を晒すほど信用されているのだ。

そんな奇妙な価値観の怜に少し興味が湧いたところで無意識的に口説かれ、辛い過去を聞いて思わず同情してしまった。


自分の不注意が原因とはいえ心臓と脳は彼を恋愛対象として認識している。


この感情の源泉の大部分が生理的な勘違いによるものだと分かっている。

それに、本当にそういった感情を抱くにしてもまだ互いのことを知らなさすぎるのも分かっている。


だが、昨日までは殺し屋と標的で、今日は殺し屋と雇い主だった。


あり得ない方向性で、あり得ないほど一気に縮まった距離。なら、明日は―――



だが、プルートはそこまで考えたところで一気に熱が冷めた。


「…」


無自覚のうちに緩んでいた口元をキュッと結びなおし、その澄んだ瞳に怜と同質の闇をたたえる。

思い出したからだ。





家族に、親友。自分が愛した人間との別れがどんなものだったのかを。

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