殺し屋と刑事
「ただいま〜」
それなりに急ぎつつも普通に道を歩いて怜の家に帰宅したプルート。
彼らが失敗したと悟った雇い主が新手を雇うには早すぎるし、怜のことだからナイフぐらいしか持っていない彼らが暴れたところでどうにでもするだろうと判断してのこと。大きな荷物を持って移動している以上、先ほどのような目立つ行動はできるだけ避けたかったからというのもあるが。
呑気な声で帰宅を告げた直後、室内の異様な雰囲気に警戒心を高める。
怜と先ほどの3人の刺客の他にもう一人、怜と睨み合っている男が。自分が外出している間の新たな不審者の来訪に、もっと急いで帰ってくるべきだったと内心で少し後悔する。
「だぁれ?怜のお客さん?」
当然、即座に敵と判断する。油断している怜の彼女のフリをして靴を脱ぎ、彼が振り返る前に玄関横のバスルームに大きなカバンを投げ込んでそのままポケットの中のナイフを握りながらゆっくりと近づく。
先ほどの3人と同じく怜が一人暮らしだと思っていたらしい男。プルートの方を振り向いてきょとんとしている彼の首筋にナイフを―――
「この人は俺の兄さんの孝之。警視庁で刑事やってるんだよ」
「っ…」
プルートの意識外にあった怜がいつの間にかプルートに肉薄してポケットの中でナイフを握ったその手首を掴んでいる。
スチール缶で転ばされたときもそうだが、怜は気配を消して動きを察知されないようにするのが巧すぎる。警戒しているプルートに気付かれずに肉薄し、あまつさえその手を握るなど並の人間にできることではない。
瞠目するプルートの目を何かを訴えかけるように見つめる怜。プルートはそんな怜の焦燥と先ほどの二人の様子から全てを察する。
怜が三人を拘束したところで壊れたドアを見て不審に思った孝之が踏み込んできたのだろう、と。
「えー!この人が怜のお兄さんですか!?いつも怜さんにはお世話になってて…って、この人達は誰?なんでぐるぐる巻きなの…?」
自分がそうするように指示したにも関わらず、まるで初見のようなリアクションを取るプルート。これくらいの演技ができないようじゃ殺し屋なんてやってられない。
「兄さん、この子は佳奈ちゃん。俺の彼女だよ」
そう言って怜はプルートの髪を撫でながら抱き寄せる。佳奈というのはプルートがカフェで使っていた偽名。恥ずかしさを隠すような笑みを浮かべながら内心で「なんでそんなこと覚えてるの!?」とツッコむプルート。
「もうっ、恥ずかしいよ〜」
プルートもカップルのフリに乗り、怜の胸に顔を埋める。というか最初に彼女のフリをして孝之に攻撃を仕掛けようとしたのはプルートだ。
「っ…!?」
直後、ねっとりとした
「兄さん、もうそろそろいいかな?ほら、そんな怖い顔してるから佳奈が怖がってるだろ?」
どうやら先ほどの殺気はバカップルに目の前でイチャつかれたことによって発作的に噴出したモテない男の僻みだったようだ。凄腕の殺し屋レベルの殺気だったから思わずポケットの中の拳銃を抜くところだった。
「…ふう…。で、俺はお前らバカップルのためにこの強盗共を連行すればいいのか?」
もう敵意を一切隠すことなく体中から殺気を放っている孝之が声を震わせてそう問う。
普通からかなり面白い状況なのだが、簀巻きの三人は自分を殺すために送り込まれた刺客でそれを為した殺し屋の女を侍らせている状況。流石の怜もその額に一筋の冷や汗が流れる。
「えー、この人達強盗なのー?」
怜の胸の中から顔だけを上げてびっくりしたようにそう言うプルートは、怜から離れると床に転がっているリーダー格の男の元へ。
「危ないから近づかないで…」
本気で無関係の女だと思って注意する孝之をよそに、プルートはその場で数秒しゃがみ込む。
「お兄さん、刑事さんなんですよね…?」
「…ええ、まあ」
プルートが怜から離れたからか、自分が話しかけられたからか分からないがわずかに上機嫌になる孝之。
内心では気持ち悪いと思いつつもプルートは立ち上がって軽く握った拳を口元に当てながら泣きそうな声で言う。
「この人達捕まえてくれませんか…?怖いです…」
「もちろんです。今すぐにでも牢屋に入れてやりますよ」
僅かにニヤける口元から、先ほどまでの敵意丸出しの声とは正反対の優しげな声が。
その時、怜とプルートの考えることは完全に一致した。
即ち、
―――コイツちょろすぎ
と。
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