殺し屋と簀巻きと兄

「ふう…こんなもんでいいでしょう」


プルートがいろいろ道具を回収してくると言って立ち去った後、怜は彼女に言われた通りチンピラ2人をビニール紐で椅子に縛り付け、残った紐で大男をぐるぐる巻きにしていた。


実はやられたフリをしていてプルートがいなくなった途端にまた襲いかかってくる算段なのかも…と一瞬疑ったりもしたが、全員プルートが綺麗に気絶させてくれたお陰でしばらく目覚める様子はなさそうだ。


十数分かけてなんとか三人の拘束を完了し、ほっと一息つく怜。かなりきつく縛ったので抜け出されたりする心配はなさそう。


このままぼーっとプルートの帰りを待つのも時間の無駄なので作業机に戻って今日投稿する予定のFPSゲームの動画の編集を行う怜。


実況している自分の声に合わせて字幕をつけ、エコーをつけ、余計なところを切り取って見やすいように。この作業も慣れたもので、ほぼノンストップで編集できるどころか並行して小説の今後の展開を考えられるくらい。


ただひたすらにキーボードを叩いたりマウスをクリックすること数十分。作用が一段落したところで怜はふと違和感に気づいて顔を上げた。


ヘッドホンを外すと、何やらもがくような音が聞こえる。


殺し屋の大男が目を覚ましたのだと気づき、一度パソコンの画面をロックし、簀巻き状態の大男を放置してあるリビングへと向かう。


やはり目を覚ましていたようで、拘束されて満足に動けない身体を捩りながら口に貼られたガムテープの向こうから「んー!んー!」と唸り声を漏らしている。


怜はしゃがんで男の耳元でそっと囁いた。


「今からガムテープを外しますけど、叫んだりしないでくださいね。躊躇なく殺しますからそのつもりで」


プルートの見様見真似で軽く殺気を放ってみた怜の威圧は確かに効果があったようで、男は先ほどプルートに浴びせられた息を詰まらせるほどの殺気を思い出して滝のような汗をかきながら必死に頷いた。


怜は男の口に貼られたガムテープの端を摘んでぺりぺりと剥がす。皮膚が引っ張られる感覚に男が不快そうに顔を顰めた。


「…で、俺たちをどうするつもりだ?」

「うーん…どうなんでしょうねぇ…。彼女が帰ってこないことにはなんとも。もしかしたらすぐに開放されるかもしれませんしサクッと殺して埋めるのかもしれませんし…」


感情的な一面もあるように見えて標的や商売敵の命やら人を傷つけることに関してはとことんストイックなプルートだ。もし彼が寝返って仲間に…なんて言い出してもきっと聞く耳を持たないだろう。

もちろん怜が懇願しても同じこと。『怜が計画を達成するまで怜を守る』という依頼を失敗する確率が少しでも上がるようなことは避けようとするはずだ。

自らのシゴトの邪魔をしてきた商売敵をすんなりと見逃すような甘さでは殺し屋なんてやってられない。あくまで感情はシゴトの遂行のために、その障害になるようなものなのなら無い方がマシなのだ。


「に…逃がしてくれ!俺は金で雇われただけだしもう二度とあんたらには手を出さない!だから…頼む…。あの女が帰ってくる前に…」

「誰が、帰ってくる前に?」


突如として頭上から降ってきた声に怜が顔を上げると、そこにいたのはもちろんプルート―――



「―――兄さん」




――ではなかった。





「お前に兄さんだなんて呼ばれる筋合いはねえな」

「じゃあ赤の他人なんだから勝手に家に入ったら不法侵入なんだけど?」

「お前みたいなゴミだろうが血縁上は俺の弟だろうが。しかもドアがぶっ壊れてる弟の家に入ったぐらいで刑事の俺が罰せられてたまるか」


――そう。怜の目の前で欠伸を噛み殺しながら傲岸不遜な態度を取っているこの男は篠崎孝之しのざきたかゆき。警視庁で働く若手の刑事にして、怜の実の兄だ。


「んで?こいつらはなんだ?今の今まで酔い潰れて寝てた友達…には見えねえぞ?分かってるとは思うが逮捕監禁は立派な――」

「刑法220条によって規定されている犯罪。刑法上は3ヶ月以上7年以下の懲役、でしょ?悪いけど刑事やってる兄さんより俺のほうが法律には詳しいからね」


そうなる原因となった事件が一瞬頭を過ぎり、怜は思考が怒りに支配される前にそれを記憶の奥底に押し込める。


「分かってんなら話は早いな。ほら、さっさと警察行くぞ」


そう言って孝之は怜のがっちりと腕を掴んで連行しようとする。

しかし――


「待てよ。コイツらがいきなり襲いかかってきたんだよ。強盗だかなんだか知らないけどな。俺は立派な正当防衛だ。その証拠に…ほら」


そう言って、怜は椅子に縛り付けていたチンピラの上着のポケットからナイフを取り出す。

プルートにナイフを返したときと状況は違うが、別に殺される心配がもうないなら返したところで問題はないだろうと思っての判断だがそれが功を奏したようだ。


「警察に通報しようと思ったんだが生憎スマホの充電が切れててな。今ちょうど復旧したところだ」


そう言って、怜はぼう然とする孝之の手を丁寧に引き剥がして作業机に置いてあるスマホから充電コードを抜いて持ってくる。電源を入れると、画面には充電残り4%と表示されている。


「…公務しっ」

「腕を振りほどいたから公務執行妨害か?それで俺をしょっぴくなら勝手にしたらいいが、一度無実の罪で疑われた人間を舐めるなよ?この部屋にはいくつも隠しカメラが仕掛けてある。また同じようなことが起きないようにな。取り調べの時に報告してもいいし、その後で提出してもいいんだが」


職権乱用を警察やマスコミにチクって、孝之が今まで必死に積み上げてきたキャリアをぶち壊すことなど容易だ、と言外に伝える。

不愉快さを隠すこともなく顔をしかめ、怜は孝之に明らかな敵意を滲ませる。怜の言動に慄きつつ、孝之も怜に対して殺意に近い嫌悪を向ける。


「お前、まだ冤罪だとか言ってんのか?」


冤罪。もちろん孝之の妹で怜の姉の由美のことだろう。


「ああ、いつまでだって言うぞ。あいつがそれを認めるまではな」

「由美の気持ち考えたことあんのか」

「ああ、誰よりも考えてるよ。あいつが何を考えてたのか、どんな目的で俺を陥れたのか。それを考えなかった日は今までに一日もないね」


姉と、自分を信じてくれなかった家族への恨みと怒りが今の怜の原動力。その根幹たる姉の感情に思いを馳せなくてどうして何かを為せるというのか。


「お前なぁ…」


性犯罪者のくせに反省の念など微塵もない怜の発言に怒りを顕わにする孝之。

拳を固め、瞳の中で怒りと理性がせめぎ合っている。これ以上何か言ったら問答無用で何かしらの罪をでっち上げてしょっぴくとでも言わんばかりの兄の態度。まさに一触即発。

と、そこへ――


「ただいま〜」



この状況を作り出した張本人、殺し屋プルートの帰宅である。

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