殺し屋と後処理

「…ふう」

「お疲れ様です。流石ですね」


さしものプルートも弾丸をナイフで弾くなんて曲芸にはとてつもない集中力を必要とする。久しぶりの直接戦闘な上に未だに残る頭痛もあってその疲労はかなりのものだ。


そんなプルートに感心したように労いの言葉をかける怜はプルートが蹴り飛ばした拳銃を拾って興味深そうに眺めている。


「それ、分かってると思いますけど危ないですよ」

「大丈夫です、安全装置セーフティかけてますから」

「なんでそんなに扱いに手慣れて…って、愚問でしたね」


怜は今までに大量の本を読んできている。それらで自分の人格を擬似的に形成するくらいには読み込んでいるのだ、銃の扱いなど実際に触ったことがなくてもある程度の知識があっても不思議ではない。


「そんなことより、どうしてわざわざ撃たせたんですか?抜くときに殺せましたよね?」

「殺すだけなら簡単ですけど、血がいっぱい出ちゃうと後処理が大変でしょう?基本的には無力化してから後でこっそり処理する方針なんですよ」

「なるほど、理にかなってますね。はいこれ、あげます」


そう言って拳銃をプルートに差し出してくる怜。

プルートはナイフをテーブルの上のティッシュで優しく包んでズボンのポケットに仕舞ってからそれを慎重に受け取る。


「えっと…流石のあなたでも銃相手だと勝てないんですよね?私に渡して大丈夫なんですか?」


そんなことを言いながらも一応拳銃を受け取り、揶揄うような笑みを浮かべて先ほどと同じ濃密な殺気を放ちながら銃口を怜の額に当てるプルート。当然安全装置はON。


「わざわざ命がけで守った警護対象を面白半分で殺すような馬鹿じゃないでしょう?」

「そうですけど…ちょっとぐらいビビってくれないと殺し屋としてちょっと悲しいですよ」

「それは申し訳ない。次はもっと怖がります」

「もういいです。銃口突きつけてるのに平気な顔してる人に怖がられる方法が思いつきません」


悪戯が失敗した子供のように口を尖らせるプルートのその言葉にクスクスと笑う怜。


「殺されないと高をくくっているとはいえ殺し屋に銃口を突きつけられながら笑うって、どんな神経してるんだか…」

「何か言いました?」

「いえ、なんでも」


プルートが口の中で小さく呟いた言葉は怜に聞こえていなかったらしい。安全装置がかかっていることを改めて確認したプルートは拳銃を下ろしてトレーナーの前ポケットに仕舞う。


「この人達、どうしますか?」


怜が思い出したように床に転がる3人を見ながらプルートに問いかける。


「うーん…こっちの殺し屋さんに関しては私があなたの死体を隠す予定だったとこに持っていきたいので手伝ってもらっていいですか?あっちの2人に関してはただの金で雇われたチンピラだと思うので適当に縛りつけておいて目を覚ましたら少しお話して開放って感じでいいと思います」


『お話』の部分で少しだけ殺気を放つプルート。それを感じた怜はプルートがどんな『お話』をするのかなんとなく予想しながら頷く。


「あ、もう一ついいですか?」

「はい?」

「さっき、僕の見間違いじゃなければナイフで銃弾弾いてましたよね?どうやったんですか?」

「え?あれぐらいなら怜さんだってできると思いますけど…。あ、大きなバッグありますか?あと、紐とガムテープも」

「できるわけないでしょう」


怜は本気でそう思っていそうなプルートの言い方に軽くツッコみながらクローゼットに向かい、プルートに言われた通り大きなバッグを探す。


しかし…


「すみません、普段旅行なんて行かないもので…。ガムテープとビニール紐ならありましたけど」

「分かりました。では鞄は私の方で用意しますので怜さんはこの人達の拘束をお願いします。チンピラ2人は椅子にでも縛りつけて、こっちの人は適当にぐるぐる巻きでお願いします」

「了解しました」


家中を探したが、基本的に家から出ないし行動範囲もほぼ近所のみの怜の家に旅行かばんなんてあるはずもない。


プルートは、気絶している間に怜が脱がせて玄関に置いておいた彼女の靴をつっかけるようにして履き、ドアの外れた玄関を出てから蝶番が壊れてはいるが家の中が外から見えないようにドアを立て掛けておく。そして、そのまま


怜のアパートの屋根で助走をつけて大きくジャンプし、別の家の屋根へ。時に壁を蹴り、時に常人離れした跳躍力と運動神経で建物から建物へと飛び移ってプルートは道なき道を進む。

フリーランニングやパルクールと呼ばれる技術を利用し、最速のルートで目的地へ。


時刻は午後1時前。それなりに多くの人が道を歩いているが、何か意識することがなければ上空など見ない。建物から建物に飛び移るプルートの影を認識して顔を上げたときには既にプルートは視界には映らない。



「ふぅ…やっぱ楽しいな」


目的地に着いたプルートは、僅かに乱れた息を整えるとすっきりとした笑みを浮かべる。


人や建物の上を飛び越え、風を切って飛び回るのは何度やっても楽しい。

移動方法の他にも、シゴトなどで溜まったストレスを発散するためにも有用だ。


彼女がたどり着いたのはとある橋の高架下。過去にホームレスが生活していたような痕跡が残っている。

コンビニのサンドイッチのラップや中身が飛び出したカップラーメン、醜悪な臭いを漂わせる空き缶などが散乱する誰も近づきたくもないようなところ。


そこに、彼女の仕事道具が保管してある。このゴミも全てプルートが人除けのために敢えて置いたものだ。

付近に誰もいないことをよく確認してからプルートはやや大きめの青いビニールシートの端をめくる。


そこにあるのは大小様々なナイフ、拳銃、ライフル、弾薬、手榴弾、薬瓶…。どれもプルートがシゴトのためにこの数年で集めたものだ。


彼女ビニールシートの下に隠していた様々な道具の中から死体の運搬用の大きなバッグと、血液を分解してルミノール反応で検知されないようにする薬品を取り出してビニールシートをかけ直し、何食わぬ顔でその場を立ち去った。

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