殺し屋と3人の来訪者

「ちなみに、根拠は」

「…なんとなく。第六感ってやつです」

「なるほど。僕はどうすれば?」


怜の言葉に、思わず頬が綻ぶプルート。


プルートは警護なんて依頼は今までやったことがないが、ここまでやりやすい警護対象は他にないだろう。

何せ、『第六感』などという普通に考えれば不確かで信憑性など微塵もないプルートの言葉に何故か全幅の信頼を置き、しかも慌てるでもなく冷静にプルートの指示を仰いでいる。昨日までは自分を殺す画策をしていた殺し屋だと言うのに。


だが、だからといって慢心できるわけではない。怜が言ったように、プルートならともかく彼に銃口を向けられてしまえばどうしようもない。


「階段を登る音が三人分します。恐らく怜さんにドアを開けさせて襲いかかる算段かと。インターホンを鳴らしてくると思うので、その後ドアを開けてすぐにこちらの部屋に逃げてきて下さい。私が処理します」

「了解です」


プルートの言葉に静かに頷き、静かに深呼吸して襲撃者の来訪に備える怜。

プルートは部屋の仕切りの陰に気配を消して潜み、怜が敵をおびき出すのを待つ。


「来ます。3…2…1…」


ピンポーン


「はいー」


プルートが予想していたタイミングぴったりに部屋のインターホンが鳴った。

怜はあくまで何も知らずに来客に応対するような声色で返事をし、ゆっくりとドアノブを回して…


ドガァァン!!


怜がドアを僅かに押し開けた直後、それが外側から勢いよく引っ張られる。

さっきの音はその勢いにドアの蝶番が耐えられず外れてしまった音だ。


「死ねっ…!」


そして、開け放たれるどころかドアが外れてその用を成さなくなったドアからナイフが差し込まれた。普通なら外側からいきなりドアを引っ張られて壊され、何が起こったのかも理解できずに呆ける標的の腹部に直撃する位置。


しかし。


「チッ…気づいてやがったか。逃げたぞ!追え!」


確実に標的を殺すつもりで突いたそのナイフは空を切り、その標的の怜は今ちょうど奥の部屋に逃げ込んだところ。

ドアを壊したリーダー格の大男が大声で指示すると、ナイフを持った男とその横で待機していたもう一人が土足で怜の家の中に踏み込む。


まずは素手の男が標的の逃げ込んだ部屋に吶喊し――


「ふべっ!?」


―――その顎を白い綺麗な手のひらに打ち抜かれて気絶する。


「なっ!?」


無力な標的を仕留めるだけの簡単な依頼のはずが一瞬にして無力化された仲間の姿に困惑し、標的を追いかけるその足を止めるナイフの男。ナイフを逆手に持ち替え、部屋の仕切りの向こうを警戒する。


「…あれ、随分と用心深いんですね」


黒いフードを被り、子供のような無邪気な笑みを浮かべて部屋の仕切りから顔を出すプルート。


「女…?」


――頼まれたのは「このアパートに一人暮らししている男を殺す」ということだけ。「一人暮らし」。同居人、しかも女がいるなんて―――


「隙晒しすぎでは?」

「うっ!?」


予想外の事案の連続に思案に暮れていた男の鼓膜に僅かに殺気を孕んだ可愛らしい声が届き、彼の意識が思考から現実に回帰した時にはもう遅い。

瞬時に距離を詰めた殺し屋の爪先が美しい軌道を描いて男の鳩尾に深く突き刺さっていた。


「て、め…」

「あれ?…ああ、そういえば裸足なんだった」


意識が飛びそうなほどの衝撃をを身体をくの字に折り曲げてなんとか堪え、手に持った鋭いナイフを構える男。

それに対し、予定通りに一撃で意識を刈り取ることができなかったことに不満げなプルートは怜に返してもらったナイフを彼と同じ様に逆手に構えて臨戦態勢に。


「てめぇ…ぶっ殺す!」


大きく息を吸って腹部の痛みを意識外に、その低い姿勢のままプルートに襲いかかる男。

その手に持ったナイフをプルートの可愛らしい顔面に突き立てんと―――


「くっ…離せ!」

「…あなた、本業じゃないでしょ」


男の背後からその耳に届いたのは、冷たくそう言い放つプルートの声。男の凶刃が到達する刹那、その腕を掴んで背中にねじり上げたのだ。

自分が相手にナイフを突き立てようとしているということは、相手もナイフを持っていれば自分もそのナイフに切り裂かれる可能性があるということ。それに対して恐怖を抱いていない時点で男が冷静さを失っているのは分かるが、その意識は否が応でもプルートの手元のナイフに注がれているのでそれを利用しての制圧術。


男はそれを振り払おうともがくが、姿勢のせいもあって上手く力が入らない。明らかに自分より華奢な見た目の女によって床にねじ伏せられ、一瞬にしてその意識を刈り取られた。


その様子からプルートは確信する。


――この男も、さっきの男も本職の殺し屋ではない。少なくとも、殺しを生業にしている者なら腕を掴まれたらもの。捕らえられるというのはそれ即ち死を意味するというのは常識だ。自分であっても当然そうするし、第一、脱臼した関節を嵌めなおすくらいのことができなくて殺し屋だなんてちゃんちゃらおかしい。


それに、彼らの戦闘技術も拙いなんてレベルのものじゃなかった。何の捻りもない直線的な攻撃。人にナイフを突き立てることに忌避感がないのはクスリでもやっているからか?


とにかく、雑魚2人なんかより警戒すべきはドアを破壊し、未だ玄関にいる大男。恐らく先ほどの2人は彼に雇われただけのチンピラで、殺しを本業にしているのは彼だけなのだろう。

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