弟と姉 1
始まりは俺が13歳、中学1年生の頃だった。
俺の家は両親と兄、姉、俺の5人家族。
それまでは特に大きな喧嘩もなく普通に仲のいい家族として暮らしていた。
だが、ある日。その事件は起こった。
その前日、俺はやり残していた宿題があるのを思い出して深夜までやっていたので睡眠不足気味だった。
朝俺が起きて重い瞼をこすりながらリビングに向かうと、食卓が異様な雰囲気に包まれていたのだ。
「…何かあったの?」
寝ぼけながらも即座にその不穏な雰囲気を察した俺は誰にともなくそう尋ねた。
すると、それを聞いた母と姉は俺の顔を見ることもなく連れ立ってリビングを出ていく。一瞬見えた姉の目には大粒の涙が浮かんでいた。
そして、2人が去った直後。
「こんの馬鹿野郎がぁ!!!」
「ぐあっ!?」
普段は穏やかなその顔を憤怒に染めた父にいきなり頬を殴られたのだ。
その勢いで吹っ飛ばされ、壁に頭をぶつける俺。その衝撃で壁際の棚からいくつか物が落ちて壊れる音がした。
「な、なにを――」
「うるせぇ!俺はお前がそんなクズだとは思ってなかったよ!!」
訳がわからない。ただひたすらに何もかもが理解できない。痛みで頭が回らない。
何故、俺は殴られたのか。
何故、温和な性格の父さんがこんなにも怒っているのか。
何故、姉が泣いていたのか―――
「…俺、姉さんに何かした?」
思い当たる節などないが、先ほどの姉の様子を思い出して自分が気付かない間に何か気に障ることでもしてしまったのかと尋ねる。
「何か、だぁ?とぼけやがって…。由美がな、泣いてたんだよ。何かあったのかって訊いたら『昨日の晩に怜に胸と股をいじくり回された』ってよ」
「待って、俺はそんなことしてない!それに俺は―――」
『昨日は夜中まで宿題やっててその後すぐ寝た』という釈明は父の怒号によってかき消されていた。
「黙れ!!犯罪者は全員同じこと言うんだよ!『俺はやってない。やったって言うならその証拠を見せてみろ』ってな!」
取り付く島もないその父の言葉に、俺は頭の中が真っ白になりながら昔何かで読んだとある一文を思い出していた。
『日本の刑事事件の有罪率は99.9%。それに加え、痴漢というのは無罪の証明が非常に難しい。一度痴漢で起訴されてしまうと、いくら無罪を主張しようと無罪判決を勝ち取ることはほぼ不可能―――』
「―――やってない、証拠…」
「…?ああ、そうだな。お前がやってないっていう確固たる証拠があって、それを由美が認めたなら冤罪だな」
どうやら、父の中で俺の有罪は既に確定しているようだ。いや、父だけじゃない。横でそれを聞いている兄も汚物を見る目で俺を見ている。
兄は将来警察官志望で、無駄に正義感だけは強い男だ。その彼からすれば、大好きな妹に痴漢するような弟はゴミだ、とでも思っているのだろう。
ならば、母さんはどうか。
どんなときでも公明正大に俺たちを見てくれている母さんなら―――
そう思ったとき、ガレージから車が発進する音が聞こえた。
「…由美な、これからは母さんの実家から学校に通うってよ。お前みたいな変態とは一緒に暮らせないから。で、由美があまりにも可哀想だから母さんもついてくらしい。今日学校から帰ってきたら荷物をまとめて出ていくそうだ。もう二度と、お前と一緒に暮らしたくはないってよ」
俺は思わずその場に崩れ落ちた。
母さんまで、どうして急にそんな…どうして俺の釈明は一切聞き入れられない?どうして姉さんの勘違いだとか嘘だとかって可能性には誰も思い当たらない?どうして?どうして―――
「はあ…とりあえず学校行って来い。んで、帰ってくるまでにお前がやってないって証明する方法を考えろ。それができなきゃ…お前のせいで一家離散だ」
そう言って玄関を開けて仕事に向かう父。朝食を食べる兄が立てる僅かな物音だけが、2人しかいないリビングに響いていた―――。
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