標的と三人の殺し屋

1回目は40歳くらいの男が相手だった。怜は今回と同じ様に夜道でいきなりナイフで襲われたのだ。

男が懐から取り出したナイフに一瞬早く気付いた怜が咄嗟にバックステップで距離を取り、逃げるタイミングを伺っていると男は身を翻して逃げ出した。

梃子摺って誰かに見られる可能性を危惧したのか別の作戦があったのかは分からないが、その男が再び怜の前に現れることはなかった。

そして、数日後にはその男が通り魔の現行犯で逮捕されたとニュースで報道されていた。


2回目は女だった。まあ、いわゆる色仕掛けというやつだ。

とある用事で怜が出かけていると道端で怪我をして蹲っている女性がいたので介抱してやると、連絡先を教えてほしいだの家に行ってみたいだのとやたら怜につきまとってくる。

前回の男の事もあって不審に思い、宅飲みに誘った怜が彼女を監視していたら案の定トイレに行くフリをするとその間に怜のグラスに謎の薬を入れていた。今度は彼女がトイレに行っている間に怜がお互いのグラスを入れ替えると、それを飲んだ数分後に彼女はテーブルに突っ伏して寝てしまった。どうやら睡眠薬だったようだ。

数時間後に目を覚ました彼女に怜が黙ってにっこりと微笑むと、彼女は信じられないといった表情で目を見開き、ガクガクと震えながら転がるように逃げていった。



「まあ、そんなわけで3人目があなたです。あのカフェに潜入してたってことはやっぱりコーヒーには何か入れてたんですね?」


怜がそう言うと、プルートは少し驚いたような観念したような表情で頷いた。


「睡眠薬なんかじゃない、致死量の毒薬ですよ。ていうか、気付いてたんですか?気付いてなかったんですか?」


確かに怜は厨房の店員とプルートの表情を窺っていた。もし誰かの行動に動揺が見られればこのコーヒーに毒が入っていることは確定だし、明らかな動揺を見せたその人が姉から依頼を受けた殺し屋ということになる。


まあ、とはいえ――


「全然気付いてませんでしたよ。誰が犯人かも、そもそもいつ狙われるかも分からなかったので4日前に兄から連絡が来て以来ずっと警戒してたんですけどね」

「傍から見たらただの変人じゃないですか」

「昨日のコーヒーの件だって別に他の客から見れば何も不自然な行動してないでしょう。あなたが横目でこっちを見たり注文を聞きそびれたりしてなければ普通に飲んでたと思いますしね」


そう、傍から見ればコーヒーを飲む直前でミルクや砂糖を入れ忘れたのに気付いたように見えたかもしれないし、ちょうどスマホに誰かから連絡が入ったと思うかもしれない。怜に意識を集中して観察でもしていない限りその行動に不審な要素は皆無。


「はあ…私がそんな凡ミスするとは…。ていうかあなた、殺されかけ慣れ過ぎてません?色々恨みを買いやすい仕事でもしているんですか?例えば…警察関係とか」


軽く冗談めかしてそう言うプルートに対し、怜は穏やかに笑いながら答える。


「僕が警察関係者だったらこうしてあなたがここにいる時点でおかしいでしょう。…そうですね、僕の仕事と過去についてはお昼ごはんでも食べながら話しません?もう12時回ってますしちょっとお腹空いてきました」


そう言って怜は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべてから立ち上がり、腕を伸ばして腰を左右にぐるんぐるんと捻る。プルートを運び込んでからずっとパソコンに向かっていたせいで凝った腰がゴキゴキッと小気味良い音を奏でた。


「ピザトーストとかでいいですか?食べたいものがあれば用意しますけど…って、どうして笑ってるんです?」

「いえ、さっきの仕草が完全に私と一緒だったので」


何が可笑しいのか、口元に手を当ててくつくつと笑うプルート。

およそ殺し屋とは思えないその可愛らしい仕草に、怜は呆れた顔を背けて「ピザトーストでいいですね」と言い残してキッチンへと向かう。


冷蔵庫から食材を取り出しながら、内心では全く別のことを考えていた。さっきは呆れ顔を見せたが、殺し屋らしからぬ人懐っこい笑顔を見たその心臓は大きく飛び跳ねていたのだ。


に、怜は自分の過去から似た症例を探す。

過度な運動が原因で心拍数が上がっているというわけでもなく、毒を盛られたわけでもない。



――思い出した。確か、の次の日からしばらく学校で姉の顔を見る度にさっきと同じように心臓が跳ね上がり、目眩で立てなくなっていた時期があった。いわゆるPTSDというやつだ。

今でこそその症状は治りかけているものの、姉のことを思い出すと頭痛がするのは事実だ。


――つまり、はあの殺し屋に恐怖や怒りを抱いている?いや、それなら無邪気な笑顔を見て心臓の拍出量だけが一気に増えるのはおかしい。では、何故――


「あの…何か手伝いましょうか…?」

「―――頭の怪我はもう大丈夫なんですか?」


思考の海に深く潜っていた怜の耳に、少女のような可愛らしい声が届く。その声の主を見るとふらふらとした足取りでキッチンに向かって歩いてきている。どうやらまだ痛みは消えていないようだ。

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