殺し屋と過去 2
そんな生活が一年ほど続いたある日。
私はとある夢を見た。
それは、死んだはずの両親と一緒に笑い合っている夢。両親が死んだ日から彼らの出てくる夢なんて一度も見たことがなかったのに。
夢の中の私は、幸せに満ちた笑顔を浮かべながらも不思議と涙を零していた。
そんな私に、お母さんが問いかける。
「どうして泣いているの?」
涙を流し続ける私は、声を少し震わせながら答える。
「わかんない…。でも、幸せだなぁって思って」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑ってこう言った。
「「せっかく生き延びたんだ。こうやって笑える人を一人でも増やせるような仕事についてね」」
…生き延びた?
夢の中の私が両親が死んだということを思い出す前に二人は光の中に消え、私の意識は覚醒し始めていた――――。
次の日から、昨日まで返事もせず時々自殺を図っていたくらいだったのにいきなり明るい笑顔を浮かべるようになった子供に全職員は自分の目を疑っていた。
その子供――私は、夢の中とはいえ一年ぶりに会えた両親の言葉を深く心に刻み、最期の最期まで――いや、死んでも尚娘である私のことを気にかけてくれていた両親の期待に応えようと日々を努めて明るく過ごすようにした。
きっと、この一年間何をしても死ねなかったのは何らかの方法でお父さんとお母さんが守ってくれていたのだろう、確証こそないものの死に別れた今でも感じる大好きだったお父さんとお母さんの温かい愛を感じながら鮮やかに色づいた日々を過ごすのだった。
…だが、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
ある日、施設で生活していた一人の女の子が変わり果てた姿で発見されたのだ。
門限も時刻になっても戻ってこない職員が心配して捜しに行ったところ、ある路地裏で血を流して横たわる彼女を見つけたらしい。
その娘は既に息はなく、そのまま警察を呼んで殺人事件として捜査されることになったのだが…
実はその子、生きる希望を取り戻した私が一番仲良くしていた子だったのだ。私が何にも無気力で死んだように生活している間も私のことを気にかけてよく話しかけてくれていた――ような気がする。当時の私は周りの声などほとんど聞いていなかったのでどんなことを言ってきていたのかは覚えていないのだが。
例の夢を見た後、私はすぐに「ずっと無視しててごめん」とその子に謝って友達になり、すっかり仲良くなってよく一緒に遊んでいた。
だからこそ。
その子が殺されたなんて話を職員のおばさんから聞いた時、考えるより先に身体が動いていた。
――ああ、――ちゃんを殺した犯人を殺さなきゃ。
私の思考の全てはその一文に支配され、その殺人を遂行するための最低限以外の理性は全て一瞬にして消し飛んだ。
もちろん、これは正当防衛でもなんでもないただの私怨による殺人だ。もし警察に捕まったらその罪を贖う覚悟はできていた。未遂のまま終わる結果にさえならなければ。
だから、もう施設に戻るつもりはない。――ちゃんを殺した犯人を殺し、私は殺人犯として逃げ続けよう。どちらにせよ両親を殺した憎き相手とはいえ人を殺した私の手は既に汚れてしまっているんだ。
それに、私が愛し、私を愛してくれた人間は殺される運命なのかもしれない。これ以上大好きな人が死ぬのはもうごめんだ。この復讐を果たしたらこれからは独りで生きていこう――。
今思えば正常な判断ではなかったというのは嫌でも理解できるが、まだ精神が未成熟だった上に心が憎悪でいっぱいだった私に正常な判断をしろという方が無理な話だ。
警察より先に――ちゃんを殺した犯人を特定できたのは僥倖だった。運なのか、才能なのか。それは分からないがまだノーマークの男を殺す分には不必要に警察に疑われることもない。
それに、まだ15やそこらの少女が自らの意思で人を殺そうとするなどと誰が想像するものか。
大丈夫、証拠さえ残さなければ捕まりはしない――。
時刻はすっかり日の落ちた真夜中。何故外を出歩いているのかは知らないが、私は標的の男が人気のない路地裏に通りがかったのを見計らい、背後から忍び寄ってその背中に男を探す途中でホームセンターから盗んだサバイバルナイフを突き立てた。
私のナイフは綺麗にあばらの間を通り抜け、男の心臓へと突き刺さった。刺されるまで…いや、刺されても尚忍び寄る死神の姿に気づけなかった男は一瞬僅かにうめき声を上げてその場に倒れ伏し、数秒後には完全に息絶えた。
これで――ちゃんの復讐は完遂。だが、それに対する感慨を抱いている場合ではない。
力なく倒れる遺体からナイフを引き抜き、布に巻いて懐に仕舞う。そして、男のポケットをまさぐって財布を取り出し、金銭目的の犯行に見せかけるために現金を全て抜く。
もちろん指紋を残さないようにずっと手袋をつけている。
男の遺体はその場に放置し、次は自分が死んだと思わせる工作へ。
元々住んでいた家の近くを流れる川の河川敷に向かうと、着ていたパーカーを脱いでお腹の辺りにナイフを突き刺す。
そして今度は自分の腕にナイフを当て、少しだけ傷をつける。鋭い痛みが走るが、思っていたほどではない。我慢できる。だって、お父さんやお母さん、――ちゃんはもっと痛かっただろうから。
その傷口の血をパーカーの裂け目にたっぷりとつけて物陰に隠すように置いておく。
こうすれば、少なくとも私はお腹を刺されて死に、その遺体が川を流れていったように見えるだろう。それに、そう見えなかったとしても警察の目はこの辺りに集まる。
大規模な捜査が始まる前にここから離れてしまえばそれで万事解決だ。
私は早足に自分が殺された現場から立ち去り、そのまま生まれ育った故郷を離れるのだった―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます