殺し屋と奇妙な依頼
「まあ、100パーセント罠だよね」
警察なのか、彼女――殺し屋プルートが過去に殺した人間の関係者か。
どちらにせよ、少なくとも自ら殺されたがっている酔狂な人間が『死体は目立たない方が好ましい』なんて言うのはおかしい。
遺産の分配なんかのややこしい問題を除けば普通は自分が死んだ後のことなんてどうでもいいだろうから。
「私を標的にするにしてはお粗末が過ぎるけど…」
ぱっと一目見ただけで依頼主がこの本人ではないと見抜けるほどだ。
警察だろうがプルートの敵だろうがここまであからさまなのは敢えて?それも含めての罠…?といった風に色々な可能性を考えるが…
”分かりました。では、標的の顔写真や背格好等の情報と報酬を”
どちらにせよこうやってわざわざ依頼しに来ている以上は無視すべきではない。
プルートは依頼主に違和感を抱かせないように努めて普通に依頼を受けるときのように返信する。
”年齢は21歳で身長180cmくらいの痩せ型。顔は添付した写真です。報酬は電子マネーでの支払いでも大丈夫ですか?”
”ええ、大丈夫です。いくらまでなら出せますか?”
プルートは返信した後でメッセージに添付された画像を拡大して確認する。確かに年齢は二十歳前後の若い男性で、普通にイケメンだ。
これくらいイケメンだったら性格なんかによっぽどの問題がなければかなりモテそうだ…なんて他愛のないことを考える。
――てことはこの依頼主は浮気された元カノとか…?いや、でもそれならこの男になりすまして殺害を依頼する理由が分からない…。
”100万までなら”
「ひゃっ!?」
思わず声が出てしまった口を抑え、左右の部屋の客に聞かれていないか確認する。
一切物音がしないのでどうやら客がいないかもう寝ているかのどちらかだろう。
プルートは自分の顎に手を当てて考える。
人殺しなんてリスキーな仕事を請け負うのに100万なんて安い報酬だと思う人もいるかもしれないが、別に政府の要人を殺せだとか某国の大統領を暗殺しろとか言われているわけではないのだ。
時々は暴力団の幹部や大企業の社長を標的にした依頼なんかもあるが、大抵は一般人をサクッと殺して証拠隠滅するだけの簡単なシゴトだ。
準備に数日かけるにしても実行するのは長くても数分。事後処理を含めても一時間かかるかどうかといったところ。
素人相手なら使っても精々毒薬やナイフ程度。コストのかかる拳銃やライフルの弾丸を用意する必要もないので実質ほぼコストはゼロ。シゴトの難度とか関係なく失敗すれば報酬どころか今までの人生全てがパア。
別に贅沢するつもりもないし定職についていないのに報酬で稼いだ金で豪遊して目立って警察やらに目をつけられるのも面倒くさい。
だから、プルートは大抵のシゴトは10万〜20万程度で請け負っている。普通にネットカフェを利用できて餓死しない程度のお金が稼げればそれで十分だからだ。
「…ちょっとカマかけてみるかな」
そう呟くとプルートは素早くキーボードを叩いてメッセージを入力。
”どうせ死ぬんならお金残してても仕方ないですよね?有り金全部でいくら出せますか?”
すると、相手もチャット画面に張り付いていたようですぐに返信が。
”端数は落としましたが、預金残高なども全部合わせて100万です。これ以上は保険金くらいでしか出せません”
「ふむ…」
まあ、普通はそう答えるだろう。殺し屋である自分を嵌めようとしているのだ、これで焦って値上げするようなら吊り上げられるだけ搾り取ってやろうと思ったのだが…。
”100万じゃ足りませんか?足りないのなら他の方に依頼しますが…”
「うむむ…」
向こうもプルートを焦らせようとし始めた。
どうしよう。この依頼を受けるべきか否か…。
もしこれが警察の罠だったら殺人未遂の現行犯で逮捕されてしょっぴかれ、余罪を追及されて余裕で死刑。
もし私個人に恨みを持つ人だったら何をされるか分からない…。死ぬより辛い目に遭わされるのは間違いないだろう。
目の前にぶら下げられた100万円という餌に引っかかって死に一直線に向かう自分の姿を幻想する。
「…でもなぁ」
プルートが色々考えた後に打ち込んだ返事は―――
”分かりました。100万円で請け負います。報酬は前払いですが構いませんね?”
だった。
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