撃ち抜かれた殺し屋

ユエ・マル・ガメ

Prologue

とあるネットカフェの一室。


電気を消し、暗闇の中でコーヒーの入った紙コップを片手にパソコンのスクリーンに向かう一人の黒フード。


その手のマウスが何度かクリック音を響かせた後にスクリーンがとあるサイトを映し出し、黒フードの人物が紙コップを置いてカタカタとキーボードを叩く。


”依頼は達成しました。今後ともご贔屓に”


エンターキーを押して送信し、座り心地の良い椅子に座ってそのまま数分待つ。

チャット相手から


“ありがとうございます!助かりました!”


と返信が来たのを確認してタブを閉じ、パソコンをシャットダウンする。


「ふう…他に依頼ないからしばらく休むかな…」


黒フードの中から漏れ出たのはまだ僅かに幼さの残る若い女性の声。


彼女は首元のジッパーを下ろして黒いトレーナーを脱ぎ、座っている椅子の背もたれにかける。


部屋の電気をつけ、大きく伸びをする。腕を伸ばして腰を捻ると腰の関節がバキバキッ!と小気味良い音を奏でた。


「あっ」


もう夜も遅い。特に明日の予定があるわけでもないがこのまま寝ようかと思ったところで彼女はあることに気づき、先ほど脱いだトレーナーの袖を掴んで顔の近くに持ってくる。


「あーあ…これお気に入りだったのにな…」


そういえば今回の標的ターゲットが中々に勘が良くて少し手こずってしまったからその時に傷をつけられてしまったのかな…?なんて考えつつ、袖が少し裂けてしまっているお気に入りのトレーナーを狭い部屋の隅のゴミ袋にねじ込む。


気にならないほどの小さな傷とはいえ、こういったものからDNAが検出されたりの爪などからこのトレーナーの成分が検出されるなんてことになったら洒落にならない。

をしている以上、少しでも自分に繋がる情報を漏らしてしまうのは致命傷だ。

少なくとも親に内緒でエロサイトを見ている男子中学生の数倍は気をつけなければならない。


とはいえ可愛いお気に入りのトレーナーだったためにちょっと未練があるようで、ジーパンのポケットからスマホを取り出してどこの店で買ったものだったかをスマホ決済アプリで確認する。


――ちょうどしばらく仕事もないことだし、明日はファッションセンターに買い物に行ってもいいかもしれない――


…と、


「あ、新しい依頼だ」


スマホ決済アプリの履歴を確認しているとメールが一件。


これは彼女が作ったサイトの機能の一つで、新しい依頼が入ると通知が来る代わりにスマホに空メールで届く仕組みになっている。


依頼の内容次第ではショッピングを延期することに決め、再びパソコンを立ち上げて先程のサイトを開く。


スマホでは依頼の募集サイトは絶対に開かない。

ここならまず問題はないのだが、その癖で他のところで管理者としてそのサイトにアクセスしてそれがもし警察の罠だったりしたら目も当てられない。

最近の警察の技術は進んでいる。恐らくだがウェブサイトにアクセスしたスマホを特定してトラッキングするぐらいは簡単にやるだろう。


まあ、どういう仕組みで警察にトラッキングされるかも分からないしこのネットカフェのパソコンだって100%安心というわけでもないが…


細長い綺麗な指がマウスを動かし、『便利屋プルート』とポップな文字でタイトルが書かれたサイトの『プ』の丸を3回クリック。

すると、画面の色が反転して一気に陰鬱な雰囲気に。


正直、こんな手の込んだ隠し方をする必要もないが念の為っていうのと仕事のためと思って身につけたプログラミングが楽しかったからやってみただけだ。


便利屋というのは建前で、彼女は実際には別の仕事を請け負っている。便利屋としても依頼が時々来るのだが、毎回「その日は別の仕事が入っておりまして…」なんて言って断っているので最近では便利屋としての依頼が届くことなど滅多に無い。


早速届いた依頼を確認すると――


「――え?」



”方法、時間、場所等は問いません。3日後に駅前のカフェに行きますので、その前後で僕を殺して下さい。できれば死体なんかは目立たない方が好ましいです“



お察しの通り、この奇妙な依頼に目を丸くする彼女はネットで仕事の依頼を請け負う


そして、これはその奇妙な依頼が発端となって起こる様々な事件や人間ドラマを描いた小説である。

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