第5話 うつ病だけど正直な父に似た私

 この章では、姉妹でありながら、全く違う資質を与えられた妹『田中美玲』の物語である。


 『田中美玲』22歳、無職小説家希望、高校2年からうつ病を患い不登校となり、家に引きこもり小説ばかり読みふけており、体調の良い時に、投稿アプリに自分の小説を投稿している。


 美玲の生活は両親に依存しており、月に二万円小遣いを貰うほか、メルカリをして、スマホに必要な課金代を稼いでいた。


 美玲は中学生3年の時、あることに気づいた。


 美玲には2歳年上の姉、美奈がいた。


 姉の美奈は、美玲と違い母親似で、すらりと背が高く、顔が小さく、脚が長く、顔立ちは、目が大きく、瞼は二重で、瞳が黒く、鼻も小鼻で鼻筋が通り、口も口角が上を向き、笑顔がとても映える顔立ちをしていた。


 美玲は父親似で、背丈は普通で、姉ほど美人ではないが、瞼は奥二重で口は小さく、可愛らしい顔をしていた。


 美玲が姉との違いを最も意識したのは、勉強の出来の違いであった。


 姉は中学でも学年トップ10をキープし、県下の進学校に入学し、部活は新体操部に所属して県代表メーバーにも選出されていた。


 美玲は、部活にも入らず、真面目に宿題もし、授業もちゃんと聞いていたが、どうしても試験での成績が悪く、下から数えた方が早いほどの順位であった。


 美玲は、同じ姉妹なのに、なんでこんなに差があるのか、本当に不思議に感じていた。


 美玲は高校受験も進学校は受験することが出来ず、普通の私立の高校に推薦で辛うじて入学した。


 美玲は高校でも真面目に勉強に勤しんだが、成績は悪かった。


 姉の美奈は、新体操の評価で東京の一流私立大学から早々と推薦を得ていたが、それを断り、センター試験を受け、難関の国立大学に合格した。


 どんどん、姉との格差を感じた美玲は、その悩みを誰にも打ち明けられずにいた。


 姉の美奈も美玲には優しく、いつも、「美玲はやれば必ずできるからね。」と励ましてくれた。


 両親は、敢えて、姉妹の雲泥の差には言及しないように努めていた風だった。


 よく玄関口で、姉美奈を褒め称える近所のおばさんの声が響き渡っている時、母親が、「しぃ~、美玲、耳が良いから、聞こえちゃうよ。」と言う小声がしていたのだ。

 美玲は決してウサギのように聴覚が異常に発達していたわけでもなく、一番聞きたくない言葉を脳が心が過敏に反応するため、手で耳を塞いでも、目の前で聞いているかのように全てが聴こえてくるのであった。


 高2の夏休みの最後の日、昼過ぎから、美玲の心臓の鼓動が高まり、布団の中にくるまって居ないと、心臓が張り裂けそうになっていった。

 夕食の時、降りてこない美玲を心配した母親が美玲の部屋を覗いたが、母親が呼びかけても、美玲からの返事はなかった。


 その時、美玲は布団の中でブルブルと震えていた。


 美玲は新学期から不登校になってしまった。

 母親に連れられ、心療内科に行った。

 うつ病と診断された。

 その時、医者が母親にこう質問した。


 「どなたかご家族で精神疾患のお有りの方、いますか?」と


 母親は「主人がうつ病を患っています。」と答えた。


 医者は美玲を見て、「お母さんだけ、少し残ってください。」と言い、美玲を退室させた。


 もう既に遅かった。


 美玲は父親似と子供の時から、良きにつけ悪しきにつけ、そう言われていたから、うつ病も父親の遺伝なんだと思った。


 それから、美玲は父親を憎みだした。

 そして、母親に似た姉美奈を妬みだした。


 母親は、姉と同じように一流国立大学を出ており、一方、父親は二浪した挙句、三流の私立大学出であった。


 美玲は、自分が成績が悪いのも全て父親に似たからだと思った。


 そんな暗い青春時代を終え、美玲はその憎き父親と一緒に暮らしていた。


 姉の美奈は東京の大手生命保険会社に就職していた。


 そんな言わば、精神疾患を抱えたニート状態の美玲にある出来事が起こった。


 美玲、22歳の11月、父親がウィルスに感染し、入院したのだ。

 幸い軽症で10日間入院し、昨日退院したが、リビングから母親の声が、まるで父親を責めているような声が、美玲の部屋に聞こえてきたのだ。


 どうも、父親は入院中、感染者の公表の仕方で会社と揉めたみたいで、年明けには解雇されるということみたいだった。


 年が明けた。


 父親は本当に解雇されてしまい、持病のうつ病が酷くなり、生きた屍のようになっていた。


 美玲も母親からこう言われていた。


 「もう、お父さん、働けないから、美玲も何とかアルバイトしないとね。」と


 美玲も、依然、うつ病を患い、カウンセリングと投薬治療を行っていた。


 美玲は思った。

  

 「私もうつ病なのに、働けるはずないじゃん!

 親父がヘマするから、私までしわ寄せが…!」と


 次の日、美玲が昼過ぎに目を覚ますと、部屋の中に煙草の匂いが入って来ていた。


 美玲が徐に部屋を開け、下の台所に行くと、髪の毛が白髪混じりてボサボサで、無精髭が下品に生え、干からびた瞼を閉じ、煙草を咥えた唇から少し見えるヤニ色の前歯をしたミイラみたいな父親がいた。


 父親はどうせ美玲は口を聞いてくれないと悟っているかのように、美玲に気づくと、何も言わず、指で換気扇を指差し、手でゴメンのポーズをし、急いで換気扇を付けた。


 そして、父親はまた、目を瞑り、煙草を蒸し始めた。


 その日の夜、姉の美奈からLINEが入ってきた。


 「お父さん、大丈夫そう?」と


 美玲は返信した。


 「うーん、ミイラみたいになって、煙草ばかり吸ってる。」と


 姉の美奈がこう書いて来た。


 「美玲ね、知らないと思うけど、お父さんね、ウイルス感染した時、会社がお父さんの個人情報、名前以外、殆ど公表したのよ。

 それで、お父さん、怒ってね、家族が差別されたら困ると会社に強く抗議したみたい。

 それで、解雇じゃなくて、自分から辞めたみたいよ。

 だからね、お父さん、責めないでね。」と言う内容であった。


 美玲は思った。


 「やるじゃん、親父!」と


 次の日、昼過ぎ、やはり、煙草の匂いが美玲の部屋に入ってきた。


 美玲は台所に行き、父親の居る、キッチンの隅っこに丸椅子を持ち込み、父親の真正面に座り、柔かにこう聞いた。


 「お父さん、やるじゃん!会社と喧嘩したんだって!」と


 父親は苦笑いしながらこう言った。


 「負け戦だったけどね」と


 そして、何年ぶりかに話しかけてくれた娘にゆっくり、正直に物語った。


 「美玲はね、全てお父さんに似たからなぁ~、美奈はお母さん似だよ。

 仕方ないんだよね。こればかりはね。

 美玲のうつ病、お父さんの遺伝だよ。

 うつ病、きついだろ。お父さん、若い時から、多分、うつ病だったと思うよ。


 あの頃、うつ病なんて、言葉、なかったなぁ~、精神病とか言われてね。


 足が鈍りみたいに重たくなるだろ。

 心臓の鼓動がドラムみたいに響くだろ。

 天井が落ちるように見えないかい?

 部屋の外の空気が曇って見えるだろ。

 美玲、キツいと思うよ。


 ごめんねー、美玲、お父さんに似たからなぁ、ごめんねー」と


 父親が言った、うつ病の症状は全て、そうだと!、美玲は感じた。


 父親が余計なことを言ったという顔して、こう言った。


 「勘違いしたら駄目だよ。また、美玲が今のお父さんみたいに、うつ病になるなんて思ったら!

 それは全然違うからね。


 年を取ってからの、うつ病、若い時に比べれば、全然、大したことないから。

 若い時のは、本当、先が見えないから、苦しいよね。このまま、どれくらい、この重い心のまま、居るんだろうと思うと、本当、怖くなるからね。


 年をとってのうつ病はね、先、見えてるから!

 美奈も美玲も、こんなに立派に美しく育ったんだから、お父さんね、もう、無理したくなくなったんだよ。

 だからね、今まで、会社に頭下げていたけど、言いたいことは言わせて貰ってね、辞めたんだ!

 ちょっとエネルギー、使い過ぎてね、うつ病酷くなったけどね。

 若い時のに比べれば、楽なもんだよ。」と


 美玲は父親に言った。


 「お姉ちゃんは、美人で立派だけど、私は違うよ!」と


 父親が直ぐにこう言った。


 「お父さんが、美玲は美人で立派と思ってるんだから、それで良いじゃないか!違うか!」と


 そう言うと父親は換気扇を切り、美玲の頭を撫で、自分の部屋に戻っていった。


 美玲は泣いていた。


 人から褒められたのは、いつだったか記憶になかった。


 そして、あんなにボロボロになっても、


 美玲の今の不甲斐なさを知っていても、


 優しく守ってくれる人間は、


 この世に父親しか居ないと思った。


 そして、生まれて初めて、父親に似て、良かったと思った。

 

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