第2話 奥手の男女の悲しい誤解
これも第一章に続き、バレンタインデーの悲劇である。
この章の主人公の男子は第一章の「吉田涼」に輪をかけて男子特有の同性集団と競い合うことによって「男らしくあろう」としている思春期男子の『長谷川卓也』
主人公の女子は第一章の「吉村香織」と正反対のまだ幼い少女そのものであった『清水洋子』である。
2人の出会いは、中2の連休明けぐらいであった。同じクラスであったが、卓也が洋子の存在に気づいたのは新学期が始まって1か月経った後であった。
卓也は、野球部に所属し、2年からレギュラーであり、また、体格も良く、勉強の成績も学年全体で上位に名を連ねるほど良かったが、やはり、男子特有の思春期反応を過剰に露出しているタイプで、女子を意識しながらも同性集団への存在感を見せつけるため、所謂「硬派」になり切り、女子と口を聞かない何処ろか、「喧嘩」が強いことを一番のステータスとしていた、ある意味、非常に不器用な男子であった。
一方、洋子の方は父親の転勤により、可哀想に県内各地を転々と転校を繰り返し、この中学校にも中2で転校して来た。
そのためか、新学期に入っても友達もできず、また、性格も優しく大人しかったので自らクラスメートに声掛けすることもできず、毎日、辛い学校生活を送っていた。
そんな頃、連休明けに席替えが行われ、卓也と洋子は前後の席となった。
卓也はクラスのボス的存在であり、女子とは喋らないが男子とは良く冗談を言いやっていた。
卓也は何かの視線を感じた。
隣の男子を卓也が揶揄っていると声なき笑い声を感じたのだ。
後ろを振り返ると、卓也の心の時計が止まったように視界に一つの映像だけが映し出された。
洋子の笑顔であった。
目が大きく黒い瞳は輝き、色は白く、西洋の美少女のような洋子の顔に卓也は一目惚れしてしまった。
それからは、卓也は仕切りに洋子の笑顔を見るために周りの男子を揶揄ったり、冗談を言い合うことを敢えて努めるように行った。
給食の時間は前後の4席で机を引っ付けて食べるのだが、卓也は洋子が好きすぎて顔も見ることができず、早々と給食を済ませ席を立つのであった。
洋子はこの学校に来て、何故か卓也の側の席に居ると安心感を持つことができた。彼が自分を守っているように感じたのだ。そして、洋子も卓也のことが大好きで、放課後は卓也の野球部の練習を見て帰宅する様になって行った。
卓也は2学期のクラス委員長になった。卓也はそんな委員長など面倒くさかったが、唯一、気に入っていたのは、席替えの選定の権限があることであった。
卓也は席替えが行われる度に、自分の側に洋子の席を指定していた。洋子を卓也の前にしたり、後ろにしたり、右横、左横とあからさまに委員長の権限を乱用していった。
しかし、この卓也の越権行為に意を唱える者は誰一人居なかった。
卓也は毎日が楽しかった。洋子の笑顔を今日も見れると思うと心が躍るように感じられた。
洋子も同じであった。
洋子はこれまで転校を繰り返し、なかなか友達ができず、ましてや男子を好きになるなど二の次の事だあったが、洋子は卓也に笑顔を引き出され、次第に女友達も増えて行き、本当に楽しい学校生活を送っていた。
2人は中学3年の時、願い叶わず、別々のクラスとなった。
卓也は洋子と離れたこともあってか、益々、同性集団のボスを意識し、事あるごとに同級生と無闇やたらに喧嘩ばかりし、クラスでは一目を置かれる存在であったが、正に裸の王様状態で卓也と心から接するクラスメートは誰一人と居なかった。
洋子も卓也とクラスが別々になった事がショックであったが、まさか、卓也が自分のことを好きだとは知らず、仕方がないと諦め、幸いにも女友達が増えたことから平穏な学校生活を送っていた。
卓也が洋子に一目惚れしてから2年が経った。2人とも卒業を迎えていた。
しかし、2人とも同じ高校に進学する事が決まっており、卓也も洋子もとても喜んでいた。
卓也に関しては、高校の合格発表の日、高校の合格者一覧表を見るに当たり、自分の名前より、先ずは『清水洋子』の名前を探したぐらいであった。
なお、この時まで2人は一言も会話をした事がなかった。
それは、S57.2.14まで続くことになる。
高校に進学した卓也の心境は壮大な夢を描いていた。
洋子と結婚したいと!そう思うようになっていた。
そのためには、勉強を頑張って、良い大学に入り、そして、洋子に告白するのだと決意をしていた。
新学期早々、応援団のくじ引きが行われた。
この学校では、各運動部の大会の応援のために応援団を募る方式が採られていたが、応援団は野暮臭く進んで入団する者など居なかったことからくじ引きでクラスから1名選考することになっていた。
卓也は絶対になりたくなかった。学業に専念したかった。特に不器用な性格の卓也は同時に二つのことを行うのがとても苦手であったのだ。
卓也は当たりくじを引いてしまった。
卓也は決心した。人の応援をするくらいなら、学業に専念するため諦めた野球部に入ることを決意し、既に通い始めていた進学ゼミナールの塾も辞めてしまった。
当時の高校野球部は練習時間が非常に長く帰宅するのは午後10時を超えていた。土日もなく休みと言えば正月元旦のみであった。
その頃、洋子は卓也と階層が違うクラスに所属しており美術部に入っていた。
洋子は益々綺麗になり、学年1の美人と評判であった。
しかし、洋子はそんな噂など知りもせず、中学時代と変わらす卓也が好きであった。
洋子はやはり帰宅する際は必ず野球部の練習を見て帰り、野球部の試合が有れば必ず応援に行っていた。
卓也は1年生からレギュラーとなり、野球はそれなりに好きであったので日々練習に明け暮れていたが、何せ勉強する時間がなかった。帰宅するのは午後10時を過ぎ、負けず嫌いな卓也は帰宅しても素振りをしていたので、飯を食って風呂に入り、机に付くの午前0時となり、宿題もする事ができず寝てしまうのであった。
成績も急落し、学年450中430番といった散々な成績であり、性格も荒れだし、教員の言うことも聞かず、いつも廊下に立たされる毎日であった。
そんな高校生活を送っていた、正月明けのフリーバッティングで事故が起きた。
ピッチャーが投げたボールが卓也の左眼を直撃したのだ。
卓也は意識があったが左眼に霞がかかった状態であったので眼科に行くと打撲により眼球を損傷しており、弱視と診断され、視力回復は不可能と言われた。
卓也は野球部を辞めることを決意した。野球部の監督はピッチャーなら動体視力は問わないので野球を続けて欲しいと引き留めたが、そもそも卓也は好きで野球部に入ったわけではなかったので、これで勉強できる、坊主頭ともおさらばだ!洋子と結婚するためには一年遅れた学業を頑張らないとと思い、監督の引き留めを固辞し、3月末で野球部を辞めることにした。
その頃、洋子は2.14の事で頭が一杯であった。
「卓也君にチョコレートあげたいけど、断られたらどうしょ」と思い悩んでいたのである。
洋子は一代決心をした。卓也に愛を告白しようと!
S 57.2.14PM 16:30
1人の女子が野球部の部室のドアをノックした。卓也に友達が用事があるとの伝言であった。
部室にいた仲間はバレンタインだ!と卓也を冷やかした。
卓也は高校に入っても例の男子特有の思春期現象が強まっていたので、その当時、高校生がこぞって見ていたお洒落な雑誌「POPEYE」など見たこともなく、女子にどんな対応して良いのか、バレンタインはどうやって応じて良いのか全く知らなかった。
皆んなが行け行けと冷やかすので仕方なく部室を出ると、その伝言の女子がこう言った。
「清水さんがあそこの廊下で待っています。」と
卓也は耳を疑った。まさか、あの『清水洋子』が俺のこと好きだったとは!
卓也はある意味茫然自失となり、伝言者の後ろをとぼとぼと付いて行った。
そこには、確かにあの『清水洋子』が立っていた。
ちょうど、卓也には洋子の方角から西陽が当たり、眩しく、顔が良く見えなかったが、恋枯れていた洋子に間違いなかった。
その顔を見てからチョコレートを貰うまで、卓也の記憶はなかった。夢の中にいるようであった。何を言われて、どのように受け取ったか、何も覚えてなかった。
卓也は洋子からチョレートの入った箱を貰い部室に戻ると仲間が仕切りに冷やかした。
卓也は早く家に帰り、中身を見たいばっかりであった。
一方、洋子はショック状態で顔面蒼白になっていた。
卓也は貰うだけ貰って何も言わずに去って行ったのだ。
洋子も男子に告白などしたのは初めてであり、自分が何を伝えたのか記憶があやふやであったが、卓也が何も言葉を発しなかったことは残念ながら鮮明に記憶に残っていた。
洋子は卓也に振られたと思い込んだ。そして、バレンタインの告白を行った自分を後悔したのだ。
卓也は喜び勇んで家に帰ると、自室に籠り、ゆっくりと箱の中を開けるとハート型のチョコレートが入っていた。
卓也は嬉しかった。自分の計画より早く洋子が手元に来てくれた。
卓也はホワイトデーのお返しを楽しく考えだしたが、ふと、明日からどう洋子に接すればよいのか?普通、男子の方から逢いにいくよな?朝一行った方がいいのか?これで恋人同士なんだよな?とか考え始めた。
男子特有の思春期現象が強く生じ、更にこの1年野球ばかりして来た少年には恋人の付き合い方が分からなかったのである。
次の日、卓也が教室に入ると既に卓也が洋子からバレンタインチョコを貰ったことが話題となっていた。冷やかす者が居れば、こうおかしな事を言う者もいた。
「あの学年1美人の清水洋子だろ~、清水は同じクラスのバスケの佐藤が好きなはずだよ。よく、バスケの練習見に来てるもん。佐藤も清水が自分の事好きだと言っていたよ。」とバスケ部のクラスメートが首を傾げながら卓也を見るのであった。
そして、「卓也、お前、揶揄われてるかもしれないぞ」と言うのであった。
卓也はそんなことはないと思っていた。洋子と話したことはなかったが、中2から一緒で、洋子がそんなことするような性格でないことは卓也が1番よく知っていた。
卓也はそんな冷やかし気にしなかった。
卓也は中休みに1階におり、洋子の教室を除いたが、洋子は佐藤いう例のバスケ部の男子と話していてた。
卓也は他の教室に入り込むことができず、その場は洋子に声をかけることなく立ち去った。
その時、卓也は洋子の方からまた接触してくるだろうと安易に思っていたのであった。
それから2日間、卓也の元に洋子の姿を見ることはなかった。
それどころか、バスケ部のクラスメートがやんやと騒いでいた。
「やっぱり、佐藤と清水付き合い出したんだってよ。佐藤が言うから間違いないよ。昨日は一緒に下校したって言ってるぜ。」と
卓也は何かの間違いだろうと思ったが、その午後、見てはならないものを見てしまった。
昼からバトミントのクラスマッチが行われた。
卓也は大活躍している時であった。
ふと、何かの視線を感じると体育館の2階の手摺りに洋子と佐藤が一緒に此方を仲良く肩を寄り添いながら見ていたのであった。
卓也はショックというより、怒りを覚えた。
やはり、俺は女なんかと付き合うタイプではないのだ、二度と女と接するものか!と
実は洋子は、バレンタインで卓也に振られたと思い込み、次の日、洋子が自分の事を好きだと勘違いしていた佐藤から彼氏がいないなら付き合ってくれと言い寄られていた。
洋子は卓也に振られたショックから焼け気味になっており、こう思っていた。
「女子から告白するとやっぱり駄目なんだ。男子から告白するのが普通なんだ。」と
そして、佐藤の求愛を受け入れてしまったのであった。
男女の付き合い方を知らない奥手同士の切ない恋、そして、女子から男子に告白するという「日本型バレンタインデー」が浸透したばかりの時代、
洋子も卓也も何も悪いことはしていない、仕方がなかっただけである。
時代が悪かっただけである。
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