第3話 黒影——黒との歩み寄り

夢を見ていた。


それは子供の頃から見ていた16の彫像の夢。

夕暮れか朝焼けか、どちらかは分からないがそんなオレンジの空で見えない床にシュシアはいた。


彫像はそれぞれ違う形で違う色。

そして子供の頃から最も親しみを覚えているのは黒と蛍光色の緑の彫像だ。数ある彫像の中でも攻撃的な印象を受ける大きな爪が特徴的な何かの彫像。


いつもと同じく、その爪に触れようとして手を伸ばす。



目を開いた。



伸ばしていた手は黒の外套を纏う腕に伸びていて、ゼロがそれを流し目で見つめていた。


「あれ……? 私……なんで……」


そこまで言いかけて、先程までの事を思い出す。

森でドラゴンに襲われた事、ゼロにドラゴンから助けられた事、そして助けてくれたゼロと話している最中に倒れてしまった事。


倒れたのは焼け焦げた雑木林の中だったが、草原の方へ移されたようで、少し遠くにシュシアの住む村が見える。


どうやら、願っていた通り噂の死神様は悪い人ではなかったようだ。特に危害を加えようともせず、静かにシュシアを見下ろしていた。


「先程はありがとうございます……。 その……助けてもらったみたいで……改めてお礼を」


起き上がって述べたシュシアにゼロは村へと目を移して応えた。


「必要ない。 務めを果たしただけだ」


「あの……それでも助けていただいた御恩に報いなくては——」


「命に並ぶ価値の恩など叶えられないだろう。 それに、僕は竜を駆除しただけだ。 礼を言われる筋合いはない」


「それでも貴方は私を助けてくれて、ここまで運んでくださいました」


無垢であるシュシアの言葉にゼロは一言「そうか」と呟き、シュシアの顔を一瞥する。


悠久に広がる大空のように青い瞳を観る。不気味な程に綺麗な紅の瞳で。


「……じきに夕暮れになる。 さっさと村に戻るといい」


見れば空の太陽は傾いており、そう時間も経たない内に日は沈みゆくだろう。


「また会えますか? 明日とかでも……」


口を開いて再開を願うシュシアにゼロは背を向ける。


「二度と会わないだろう。 そもそも会わない方がいい」


ただ、淡々と事実を述べる。


「どうしたら……また逢えますか?」


「……何故そこまで?」


「命の恩人に少しでも恩返ししたいですから」


「……何を望んでいる」


ゼロの問いにシュシアは満面の笑みで答える。


「貴方に同行させてください」


シュシアは神父の娘である。

故に敬虔けいけんな信徒で、その教えを是として行動している。その一節にはこう記されていた。


『恩の報酬を望むなかれ。しかし報酬を望まぬ善人はまた他の者を助けるのでそれを支えよ』


真の聖職者とは人の心を照らす人々である。故に善か悪か、欲が有るのか無いのかを特に重要視する。


シュシアから見たゼロは報酬を望まず、欲もない模範的な人物として映っている。下心が有ればすぐに見抜けるのだが、ゼロにはそれが無いのだ。


だからこそ、共に居たいと考える。支えたいと考える。


「好きにするがいい。僕は勝手に進ませてもらう」


とうとうゼロは折れた。

後のことは知らないと言うかのようにシュシアに背を向けて、村とは反対方向へ歩き出した。


死神という不吉な名を持つ黒き狩人と明るい神父の娘。真逆の二人の巡り合わせだ。


そんな時だ。近くの木影から全身が白い毛で覆われた丸く小さな羊のようなものがチラリとシュシアを覗く。

大きさは人の足から膝までの大きさで、円らで大きな黒い瞳でシュシアを見ながらゆっくり警戒するように出てきた。


それは真っ白でふかふかなボールである。顔の一部分以外全てモコモコだった。


「新入リダ! 新入リダ~」


そう片言ながらに言葉を発しながら丸い羊がピョンピョン跳ねた。


この羊にシュシアは見覚えがあった。


ミニマムマトンと言う羊の一種で通称もこ羊、群をなして生活する臆病な哺乳類。発声器官が優れており、個体によっては会話ができる準知的生命体である。


成長しても成人の腰位にまでしかならない子供のアイドルで、シュシアもミニマムマトンのぬいぐるみを持っていた。


そんな羊が急に強気になってシュシアに言う。


「僕様ハオマエノ先輩ダカラ敬意ヲ払イ、命令ハチャント聞クコト!」


ミニマムマトンは跳ねるのを止めて次はビシッとした目でシュシアを見つめる。

恐らく上下関係をしっかりと決めたかったのだろうが、そこには威厳の欠片もない。


対してシュシアは目を輝かせながらミニマムマトンを両手で掴んで持ち上げた。


「しゃべるもこ羊かわい~!」


子供のアイドルということはシュシアも大好きである。というよりは嫌いな人を探す方が難しい程に大人気の生物なのだ。


しかしシュシアは力加減など考えず、おもいっきり抱きしめてしまう。ぬいぐるみを抱き締めるように。


「ギョエエエェェェェ!! ペッタンコダカラ余計ニ痛イ! ピヌ!!」


凄まじい力で抱き締められたもこ羊は縦に細くなり、絶叫にも近い悲鳴を鳴らし続けた。


血や内臓を全て口から吐き出しそうな程に口を広げるもこべえ。


「名前は……」


「『もこべえ』ト言ウ素晴ラシイ名前ガアルノダ! 勝手ニ名前ヲ付ルナ! ファッキンガール!」


そうもこべえが名乗るとコルクが抜けたような音と共にシュシアの抱き締めから解放されて飛んでいった。


「あ、そういえばゼロ様は……」



シュシアが辺りを見回すと遠くの街道にゼロが歩いていくのが見えた。

有言実行、確実に置いていこうとしている。


「あ、待ってくださ~い!」



焦るシュシアは慌ててゼロを追いかけていく。



一方もこべえは忘れ去られたまま気絶していたが、気付くとシュシアの匂いを辿って転がりながらゼロを追いかけていった。


それを観測している影が居るとも知らずに。

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