第0.5話 死神の執行
そこは真夜中の荒野だった。枯れ木のような樹木が崖側に生え、砂埃ばかりが舞う寂れた土地。
その荒野にて、黒い衣を纏う人影が存在した。
黒い手に握られる長柄の大鎌を携えた死神である。その長さは所有者である黒い衣の人影の身長をゆうに越えており、農具と云うよりは首を刎ねる事に特化したような形状の凶々しい凶器だ。
その死神は目の前にて対峙する人間を紅い鮮血のようで、獣のそれに似た瞳で見つめていた。
目の前の人間は五人。
死神は不気味な程に大きく蒼い満月を後ろに冷たくそれらの武器をを一瞥し、小さく口を開いて外の空気を吸った。
「お前……何で魔王ごと俺の兄を殺した!」
先頭の勇者が似合いそうな格好の青年が死神に吠えると、静かに死神は答えた。
「散々警告はした、身を守っただけだ」
酷く業務的で淡々とした口調だった。
紅い瞳を帽子とベルト状の襟の隙間から覗かせる死神の表情は全く動いていない。見つめられただけで気が狂いそうになる灼眼が目の前のヒトへ視線を定めるのみ。
そんな死神の様子に怒りが限界まで込み上げたのだろう、勇者は吠えた。
「てめぇ……許さねえ!!」
よく鍛えられたのであろう銀色の鋼が鞘から放たれ、月に輝く。
「許さねえぞぉぉぉぉ!!」
怒り震える青年の怒号を合図に仲間達は死神へと武器を構えた。
人間達の靴音が荒野の乾いた地面を踏み鳴らす。その度に砂埃が舞った。
「戦闘行為を中断しろ、従わないなら首を落とす」
第一の警告、死神が勇者達へ捧ぐ。
だが構わずに勇者達は此方へと走り寄り、武器を振り上げ、魔法を撃たんと勇猛果敢に攻め込んだ。
そして死神の御前へと、勇者の男は到達した。
「ふざけるなあぁぁぁぁ!!」
勇者が武器を構えず佇む死神へと、豪華な彩色の剣を振り上げた。
静かに佇んで目の前の勇者を見ている死神。その死神に振り下ろされている銀刃に目を動かすこともなく、じっとその顔を、目を見続けていた。
勇者の剣は空を斬る。その手に何かを切ったという感触は残らない。
同時に勇者の耳へ身も凍りそうな声で、死神が底冷えする低い声で囁いた。
「戦闘行為を中断しろ。 死にたくないだろう?」
第二警告。未だ死神は分岐を用意する。
「うあぁっ!」
勇者が声の方向に剣を振り回すが、相変わらず何もなく、ただ空を切る。ここまで来ると死神の実態は生身ではなく、
すぐに周囲を見渡せば、死神は勇者達から少し離れた場所に佇んでいた。今度は大鎌を両手で持ち、その身に刃を隠す脇構えで待ち構えていた。
僅かな殺意を滲ませて、紅い目を細めて。
再び勇者達は剣、弓、斧、魔法で集中攻撃を繰り出す。今度は一人では無く、取り囲んで逃げ場を無くして襲い掛かる。
死神は静かに口を開いた。
「最後だ。武器を納めろ」
最後の警告、恐れを振り撒く第三声。
しかし攻撃は止まない。こんな状況に慣れているのか。それとも数多の強敵に相対を続けて麻痺してしまったのか。時に恐怖とは大切な感覚である事を忘れてはいけない。
魔法使いの火炎球が迫る。
大男、大女は死神に走り寄って斧で真っ二つにせんと鬼の形相を浮かべている。
死神が呟いた。
「愚直な命よ……どうか安らかに眠れ……」
死神のその言葉と共に、殺意の嵐が到来した。
哀れな命を吹き消す為に、その刃に血を吸わせ、肉を引き裂く為に。
二対の斧は地面に突き刺さった。
火炎球はその斧の上を通り過ぎ、宙を駆けて岩に衝突。標的の消失に一行は周囲をキョロキョロと探す。
言葉にできない何かを感じた。
急激に冷える張り詰めた空気、そして心臓にまで届きそうな魂に響く恐怖。
死神の姿は見えないが、異質な冷たさがこの荒野に漂っていた。
地に埋もれた斧の刃を引き抜く二人。この二人は重厚な鎧を身につけ、火竜の首を切り落とした程の猛者だ。パーティーのアタッカーにして前線を維持するタンクでもある。
その二人の首が夜空に飛んだ。
「——ッ!? 」
動脈から噴水のように噴き出る血液と頭は地面に落ち、勇んだその顔は崩していない。首が落ちたその瞬間まで何があったのか気付いていないようだった。
死の恐怖は
その間に、闇の中に広まる恐怖と絶望の魔手は命ある人間に近付いていた。
その状況をいち早く理解して飲み込み、冷静になったのが魔法使いの男だった。
そして魔法使いの目の前に突然死神が現れる。
闇のように深い色の鎌を振り上げて、紅い瞳が行動を縫いつけた。
血の化粧で荒れた大地を彩った。
首を取って命の終焉を刻み、魔法使いは動かぬ人形になってしまった。
残るは勇者と弓を持つ青年だけになってしまった。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
怒りに燃える勇者が虚ろに存在する死神に走りながら剣を振り上げる。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
死神に振り下ろす怒りの刃。
よりも先に大鎌の刃が青年の腹を抉った。
青年の脇腹から大量の血液が噴き出て、命の雫がこぼれ落ちていた。
気付けば肩から心臓にかけての部分からも持続的な感覚が伝わる事から、そこも斬られたのだろう。
口から血を吐き出し、朦朧とする目で月を仰ぎ見る。
そして震える唇で、言葉を紡いだ。
「あ……あ……ごめん……兄さん」
膝を折って倒れる勇者は最後に夜空を見て息絶えた。
残るは弓を引く者だけ……。
青年の息の根を止めた死神は一瞬にして闇の中へ紛れ、射手の視界から消える。
まるで闇の一部のように忽然と。
射手は狂気に満たされ、叫んだ。
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁ!」
弓を持つ青年は恐怖に駆られながら周囲に矢を放つ。
だがいずれも虚しく地面に落ち、刺さるだけに終わった。
矢を引く手が震える。
無我夢中に矢を射続けた。
そして一本の矢が震える手から滑り落ちる。
矢先を上に地面へと落ちる矢。
それは瞬く間に真っ二つに切れた。
射手へと迫る暗がりの刃によって。
「あああぁぁぁぁぁぁ!!」
最後の叫びに満たされた荒野は甘美な
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