叫ぶ、投げる、オトされる
なんでオレはこんなところに居るんだ。
どうして。
オレは間違ってない。
「さっさと歩け」
「クソッ! 離せ!」
後ろに回された両腕をがっしり掴み、刑務官が無理矢理オレを歩かせる。
捕まえられた時に身ぐるみを剥がされたせいで、素足に染み込む廊下の冷たさが痛い。
連なる牢を通り過ぎる度、騒ぐオレを好奇の目で眺める囚人達。中にはけたけた笑うヤツまでいた。
何が可笑しい。
オレはオマエらとは違う。
オレは正義を執行したまでだ。
己の欲に溺れて悪を為したオマエらとは世界が違う。
「不当逮捕だ! オレはこんな場所にいる人間じゃない!」
「それを決めるのはお偉いさん方だ。訴えるならそっちにしてくれ」
クソが!
「手を離せ!」
「嫌だね。これが仕事なんだよ。逃がしたら怒られるだろうが」
ふざけているのか!?
怒られるとか、そんな次元の問題じゃないだろ!
オレのような世直し人が居なければ、世の中は悪に満ちてしまう。コイツにはそれが分からないのか。
まるでコイツは、その日暮らしの金を卑しく拾い集める乞食だ。やけに濁った目をしやがって。
刑務官が「怒られるだろ」と答えた時、丁度前を通り過ぎた牢に居た男が、腹から笑い出した。
どいつもこいつもバカにしやがって。
耐えきれずに笑い出した男の牢から二つ向こう。そこに辿り着くと、刑務官は足を止めた。
「ここが今日からお前の部屋だ、五十二番。同居人と仲良くしろよ」
「同居人?」
パッと牢屋内を見やる。
誰かがこちらに背を向けて寝そべっている。
そこに居たのは、一見女性とも見紛うほど、柔らかそうな黒髪を肩まで伸ばした優男だった。
「四十九番、新入りだ」
気怠そうに振り向いた男。
眉目の整った、しかし猛獣のような瞳の光がオレ達を捉える。
「おう、今日からよろしく」
新入りは何て言うか、こう、頑固そうな感じだった。
ヤマアラシみたいなツンツンヘアーが特徴的で、吊り上がった目尻や昭和的なスポ根漫画の主人公のようなゲジ眉は、融通の効かなさそうな芯の頑強さを表していた。
というか実際そうなんだろう。
廊下の騒ぎ具合を聞くに、五十二番という男は善くも悪くも頑固なんだろう。
「くれぐれも厄介事はよしてくれよ」
「あいあい。ご苦労さん」
カチャン
キィィー
ステレオタイプな鉄格子で外界との繋がりを断絶した牢の扉が、軋む音と共に開放される。
間を置かず、五十二番が投獄される。
キィィー
カチャン
そして、また外界との繋がりは断絶された。
「また飯の時間にな」
「はいはーい」
こちらを一瞥することも無く、一仕事終えた風に看守は来た廊下を戻っていった。
「ま、待て! ここから出せ!」
ガシャン!
鉄格子を両手で深く握り込み、看守へと訴えかける五十二番。
さては初犯か? 初めてブタ箱にぶち込まれた奴は大抵こうなる。
全く同じ台詞を二週間前に聞いたな。
「無駄だぜ、新入り」
「クソッ! 待てよ!」
おいおい、無視かよ。
先輩の言うことは聴くもんだぜ。
「いくら言ったって奴らは出しちゃくれねえよ」
出来るだけ優しく、新入りの肩に手を乗せてやる。
うんうん、最初は不安だもんな。先輩が相談に乗ってやるよ。
しかし、新入りは俺の手を汚い物でも振り払うかのように叩き落とした。
「やめろ! 触れるな!」
「ええぇ……」
マジか、こいつ。ガチでキレてんじゃん。
俺を見つめるその目には、確かに侮蔑の念が籠っていた。
「オレはオマエら犯罪者とは違う! 見ている、住んでいる世界が違うんだ!」
「でもお前はブタ箱にいる。俺達と一緒。アーユーオーケー?」
何だか世迷い言を吐いているようなので、現実を教えてあげる。英語には正直自信無かったが、他国籍の奴かもしれないので配慮してやった。あ、この世界じゃ意味なかったのか。
対する新入りは、俺の言葉を挑発と取ったのか、分かりやすく目を三角にして胸ぐらを掴んできやがった。
うーん、バッドコミュニケーションだったみたいだ。
「何を言っているんだオマエは!? オレを愚弄しているのか!」
格子を掴んでいた両手は今、俺の胸ぐらを掴み、激しく揺すっている。嗚呼、これが諸行無常か。
俺が案外余裕そうなのが不服なのか、新入りの語気は更に荒々しくなっていく。
「オレは正義を執行したまでだ! オマエらのように、欲に負けたヤツらとは違うんだよ!」
「おー、ほほー酔う酔う酔っちゃうから」
前に後ろに前に後ろに。揺さぶられる度に、俺の頭は胴体よりワンテンポ遅れて振られまくる。
えーっと、何だっけ。あれだよ、あれ。あっ、そうそう、赤べこだ。赤べこみたいな感じ。
ぐわんぐわん振り回され続けながらも、全く抵抗しない俺がよほど気に食わないらしい。
遂に新入りは拳を振り上げた。
「オラァッ!」
「ッ! ……あっ」
ガツン!
「痛ッ…………は?」
あーららー、やっちゃった。
「お、オマエ……今、何を……?」
「あー、いやーちょっとな」
俺がしたことと言えば、襟を掴んでいた新入りの左手側の肘を、外側から自分の右手で押さえてバランスを崩そうとした、だけで済ませるつもりだった。
反射反応ってのは怖いね。ついやっちまったよ。
左肘を押さえられ、左側に傾いた新入りの体の背後まで右脚を伸ばした。勢いのまま、すかさず肘を押さえる手を入れ替え、右手は新入りの顎に。そのまま、顎を引き上げるようにして更にバランスを崩し、両足を右脚で引っ掛けながら地面へと投げた、というより落とした。
お手本のように技を掛けられた新入りは、受け身など取れずに後頭部から落下してしまった。
「あー、大丈夫か? 新入り」
「クソッ……よくも……」
駄目かも。
減らず口は叩けているし、死にはしないだろう。だが、目が空ろだ。焦点が定まっていない。
受け身も取れなかったせいで胴体はもろに衝撃を受け、呼吸が乱れている。短い周期の呼吸が忙しく行われている。深呼吸しようにも、横隔膜がせり上がっているせいで上手く呼吸が出来ないのだ。
あーあ、こりゃ当分戻んねぇな。
「おい、騒がしいぞ」
「あ、スンマセンね」
騒ぎを聞きつけた看守が再び戻ってくる。
地に伏した五十二番と、明らかに何かしら手を下した俺の図を目の当たりにしても、全く動揺した様子はない。
そりゃそうだ。こんなのは日常茶飯事なのだから。
殺しさえしなけりゃ、喧嘩や小さないざこざは黙認されている。
「死んでいるのか?」
「いや、生きてはいるよ」
特に熱心に駆け寄るでもなく、数ある業務の一つとして仕方無さそうに問うてくる。
一応、殺しはこの監獄内においても罪に問われる。いくら犯罪者同士とはいえ、そこは咎められる。
まあ、今回は運が良かった。新入りが頑丈だったのか、打ち所がまだマシだったのかは分からないが、とにかく死んではいないのだから。
「厄介事はよしてくれと言ったばかりだろうが……」
「ハハ」
でかでかと溜め息を吐き、また廊下を戻るいつもの看守。
支給されたブーツの硬い足音が遠ざかり、もう一度新入りの容態を確認する。
「…………」
「あっちゃー、これオチてるなぁ」
いつの間にか新入りは失神していた。
半分開いた目蓋の下の瞳には光が無い。微かに胸は上下しているため、死んではいないのだと確認は出来る。
「仲良く、ねぇ……」
初対面で早々に意識を奪ってしまったことを反省しつつ、今後新入りと仲良く囚活(囚人活動)できるのか。
こうなったらいいな、という展望を思い描きながら、また横になる。
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