042話ヨシ! 荒クマさんありがとう
「── アット何やってんのっ
魔物に物を投げてもムダなのにっ
『コート』 を突きやぶるのは 『ツノをつけた武器だけ』 だって!
うちのパパがいつも言ってるぞっ」
高いところから偉そうに指図してくる、6歳男児・マッシュ君。
これには流石の温厚冷戦沈着なアット君も、軽くイラッ☆とくる。
「なんだよ、そんなの知らねえよっ
『コート』 ってなんだよっ!?
『ツノを付けた武器』 ってなんだよっ!?」
俺は叫び返しながらも、魔物の様子をチラチラとうかがう。
だが、魔物は、顔に巻き付いた
爪を立てて、頭を振り回しては、転げ回っている。
叫びあう俺たちの事は、完全に無視だ。
100%
まったく脅威と思われていない。
だから安心して、試すことができた。
俺は、足下の小石を一個蹴飛ばす。
すると小石は、暗赤色の煙につかまった瞬間、勢いを失って落下した。
しかも、小石の落下の速度までが緩やかだ。
魔物の周りに立ちこめる暗赤色の煙幕は、気体と言うよりも液体に近い特性があるようだ。
まるで粘度の高い蜂蜜みたいに、物体を絡め取っている。
俺は【
じっくりと、オーラの様子を観察を始める。
「なんだこれ、理想的だぞ……っ
こんな所に答えがあるなんてっ」
▲ ▽ ▲ ▽
── グルルルグゥ……!
気がつけば、クマ型魔物がこちらに向き直って、呻りを上げていた。
いつの間にか、魔物の口を
「いくらオーラの装甲でも、魔物の爪とか牙を防ぎきれる訳じゃないのか……」
俺は、伸びていた籠手を引き戻す。
輝甲は、左腕の真ん中くらいまでしか残っていない。
残る輝甲は、右腕だけ。
両脚のヤツは、着地が不完全な間は自主規制状態だ。
「まあ、
何とかなるだろう」
それに、最悪の場合は、マッシュを小脇に抱えて逃げるという手もある。
そう考えると、気持ちに余裕が出てきた。
俺は、右腕の輝甲をニギニギしながら、魔物に向き直る。
すると俺の側面に回り込みながら、魔物が
── ガアァァァ!
丸太みたいなぶっとい腕が、ゴウッと風を
俺は慌てず【
「おっと!」
地を
── グルッ、グルルッ、ガァッ……!
クマ型魔物の
むしろ、こちらを警戒して横に回り込もうとウロウロするばかり。
いきなり口を
(俺としては、ガムシャラに突進された方が嫌なんだけどなぁ……)
いくら俺がオーラが使えても、魔物はそれ以上の身体能力がありそうだ。
接近戦やスタミナ勝負に持ち込まれたら、勝ち目がない。
だが、魔物にはそんな気配はない。
つまり、向こうは俺にビビっているのだ。
我がエセフドラ家の家訓からすれば、『戦いはビビった方が負け』 なのである。
逆を言えば、魔物をビビらせた時点で、60~70%俺の勝ちなのだ。
そう思って、俺は反撃に出る。
「うらぁ、くらえっ」
投石攻撃を2連発。
左手の【身体強化】で、小石を水面に叩き付ける。
その水しぶきの目隠しを突き破るように、右手の【超強化】で必殺の投石弾!
── グラアァァッ!
魔物が再び、気合が入った雄叫びを上げる。
マッシュが 『コート』 とか言っていた、飛び道具を絡め取る暗赤色の煙幕だ。
煙幕が、真綿のクッションのように投石弾を受け止め、威力の90%くらいを
「そうくると思ってたぜっ」
俺は、【身体強化】の脚力全開で、魔物の
── グルルッ
魔物は、いきなりの突撃に驚きながらも、右腕の
ナイフのような5本爪が振り回される。
だが、その動作は妙に遅い。
(やっぱり!
この『煙幕』は敵の攻撃だけじゃなくて、自分の動作も遅くするんだ……っ)
俺は、スラディングの体勢で爪をかわして、そのままの勢いで魔物の足下をすり抜ける。
そして、魔物の4~5m後方で立ち上がると同時に、右手の輝甲を
── グギャァッ
クマ型魔物は、片足を後ろに引き抜かれて、盛大にすっ転ぶ。
スライディングの瞬間、右手の【鉤縄】を魔物の足首へセットしておいたのだ。
(── そして、『煙幕』 のせいで、転倒する速度すら遅い!
つまり、起き上がって反撃まで
俺は、すぐさま駆け出した。
途中で、長さ40~50cmくらいの岩を2個拾う。
普通なら両手で1個持ち上げるのも必死な重さだろう。
【身体強化】状態の俺からすれば、片手で1個ずつぶらさげても余裕だ。
水の入ったバケツほども負担を感じない。
俺は、両手に岩を持ったまま、ジャンプ。
うつ伏せ状態のままの、クマ型魔物の後頭部めがけて、右手の岩を振り下ろす。
「── あぁ……っ」
すぐに、マッシュの落胆の声が聞こえてくる。
俺の岩殴り攻撃も、暗赤色の煙につかまり、スピードが減衰。
岩で 『脳みそブチ撒けろ』 な攻撃が、『そ~っと、コツンッ』 みたいな感じなる。
まるで、『機械油の中に金属部品を落とした』 みたいな状況だ。
おそらく、この 『煙幕状オーラ』 は、機械油のように粘度・抵抗が高い状態で、運動エネルギーを吸収する特性があるんだろう。
簡単に言うと、『プールの中で走っても、水の抵抗でなかなか進まない』 という感じ。
いや、この場合だと、『水中でハンマー振っても、威力がでない』 という方が近いか?
これが乗用車の
みんな、覚えておこうね!
「アット、だからムダなんだってばぁ……っ」
幼なじみ(
「── 知っとるわぁい!」
俺は、振り返らずに、怒鳴り返した。
何のために、俺が岩を2個拾っていったのか ──
── それは、岩を岩で殴るためだ!
最初に振り下ろした岩を、『
もう片方の手で持つ岩を 『ハンマー』 ように振り上げて、
「これが俺流の『
暗赤色の煙幕から突き出た岩の先端を、もう片方の岩で叩く!
『水中ではハンマーの威力がでない』 ならば、
『水面に出るまで何かで延長して、空気中でハンマー振って叩く』 という作戦だ。
(これなら、
運動エネルギーの減衰は起きにくいハズっ!)
そんな俺の狙い通り、確かな手応え。
バコォンッ、とスイカ割りのような音が響く。
やがて風が、暗赤色の煙幕を散らしていく。
「サンキュー、クマ吉……
貴様の死はムダにはしないっ」
俺は哀愁を漂わせながら、頭部が粉砕された魔物の死体に背を向けた。
▲ ▽ ▲ ▽
「なるほどな、つまり ──
『君たち2人で逃げ回り、岩陰に隠れたら、この魔物が岩に体当たりをしてきた』
すると、『岩の山が崩れ落ちて、魔物は岩の下敷きになった』
── そういう訳かい?」
「うん、そうなのぉ!
ボク、怖かったぁっ
ね~、マッシュ君?」
「………………」
兵士の偉い人に、プルプルしながら涙目で答える俺。
しかし、話を振った幼なじみ(
俺たちは現場検証のため、巨岩だらけの川辺に連れてこられていた。
── 『なんで子どもだけで行ったんだっ』 と、厳しいお
「……さっきから、お友達の様子が変だね。
そっちの坊や、どうかしたかい?」
「── あぁ。
きっとマッシュ君は、パパに怒られるのが怖いんだよぉ~。
マッシュ君ち、きびしいからぁ」
「それは仕方ないね。
君たち、ここはね、都市の中とは違って危険な場所なんだ。
城郭の外は、魔物がいっぱい居るんだよ。
子どもが勝手に離れてしまったら、こんな風に危ない目に
いっぱい勲章のついた軍服の、白髪頭のおじさんに、『めっ』 てされる。
「はぁ~い………」
大人しくシュンとする、純粋でいい子のアット君。
すると、
アット君の反省の意は、つつがなく伝わったようだ。
「……………………っ」
しかし、隣で幼なじみ男子が、『マジか、コイツ……』 と言わんばかりの目でこっちを見ていた。
(いや、あのなぁ……。
事前の打ち合わせ通りに、ちゃんとやろうぜマッシュ君よ……)
俺たちは、『クマ型魔物に
さっき散々そんな口裏合わせしたよなぁ!
「……本当に大丈夫かい、そっちの坊やは?」
── ほらっ
おかげで、防衛隊の偉い人に、なんか疑われてるじゃんか。
命の恩人(つまり俺)の頼みのなんだからさ。
『口裏合わせ』 くらい、もうちょっと真剣にやろうぜっ
(……なんで俺が助けるヤツって。
そろいに
「……はぁ……」
俺は、そんなグチを飲み込んで、小さくため息をつくのだった。
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