初戦
018話ヨシ! ヤバめな風景
「うぅん……
アレって、その……ヤバくないか?」
誰かが、そんな事を言った。
その言葉に導かれ、俺が視線を上げると、黒い影がピラミッドを作るように空中を飛び回っている。
そのやや下には、黒い群れから必死で逃げる、蒸気機関の乗り物。
「もしかして……お兄ちゃん死んじゃう?」
自分の口から出た言葉が、どこか空虚に聞こえた。
▲ ▽ ▲ ▽
ちょっとだけ時間を遡って、説明しよう。
例のあの日から、そろそろ1年。
また今年も、若き男女を悲喜こもごもさせる、嬉し恥ずかしイベントの日がやってきた。
── うん、大丈夫。
別にそんな鬼のような表情をしなくてもいいぞ?
地球で行われる2月14日の聖ヴァレンタイン誕生祭とかいう、『非リア充は●ね』といわんばかりの邪教の悪しき祭典は、異世界にはないんだから。
春先の、楽しい楽しい、『10歳児のオーラ計測の日』である。
『一般平民の君も、輝士になって一発逆転な人生ホームラン!』
『モンスターと間近でふれあえる楽しい仕事だよ!』
と、超・要約すると、そんなライトなノリでやってる、国家ぐるみのドリームでジャンボな
『アタマ
そんな選別をパスしたエリート兵士候補生達が、旅立つ日がやってきた。
そして、里帰りしてきた在校生も、新入生と一緒の便で、遠くの都市にある養成校に戻るらしい。
つまり、我が家の兄ちゃんの冬休み(帰郷)も、もう終わりって事だ。
もうちょっと、色々教えて欲しかったんだが、まあ仕方ない。
輝甲ができるようになっただけで、良しとしよう。
あとは、旅の道中『ご安全に!』と兄の出立を見送るだけだ。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな訳で。
俺たち輝士候補生の家族は、見送り場所に来ていた。
今日だけは特別に、都市城壁の正門である『
都市城壁が、大体レンガ3階建ての我が家の、倍の高さがある。
雑に計算しても20mはある。
その上に、さらに10m突き出ているのが、見張り塔だ。
防衛隊の専用施設で、兵士以外はその家族でも滅多に登れない、絶景地だ。
朝日の昇るかどうかという、肌寒さの中、みんなのワクワクとした雰囲気が満ちている。
まるで、前世でニュースで見た、『新年のご来光参り』みたいな特別感だ。
「ウチの坊やの元気な事。
そんなにはしゃいだら、塀から落っこちちゃうよ?
お婆ちゃんと手をつないで、ゆっくり登ろうね」
「この子、去年は熱出して寝込んでたから、見送りに来れなかったのよ。
シェッタが帰ってきたら、何かとくっついて回るし。
お兄ちゃん子なのね」
とか、祖母と母に生暖かい目で見られる。
── フ、フンっ 勘違いしないでよね、
── オーラ修行のため仕方なく、ついて回ってるだけよっ
── お兄ちゃんなんか、オーラの事教えてくれたら用済みなんだから……っ
とか、ツンデレ台詞を言わんばかりに腕組みして、祖母と母から目をそらす。
冗談はさておき。
どちらかというと俺は興味は、城壁の向こうに広がる異世界の風景にある。
魔法的な力で浮く船とか飛び交ってないかな、とか。
そんな期待で胸がワクワクドキドキだったのだ。
── しかし。
そこから一望する世界の有り様は、異世界転生者である俺の度肝を抜いた。
あまりにも
でっかい山脈!
果てしない森の緑!
所々に川のカーブ!
か細く消えていく街道!
── 以上である。
目をこらしても、次の街とか、全然見えない。
他に人類が居るのか、不安になる光景だった。
試しにオーラ視覚強化の『瞬瞳』を発動。
望遠機能を使ってみたけど、それでもまだ都市らしい影がない。
一緒に来ていた祖母や母に聞くと、
「次の街がどのくらい離れているか、ねえ……。
う~ん、わしが若い頃、人の足で行くと半月くらいかかるって聞いたけどね……」
「ああ、でも
6日くらいで着いちゃうんだから」
とか、シャレにならない答えが返ってきた。
人の足で半月とか、ほぼ江戸時代の東海道だ。
つまり、東京から京都くらいの距離だ。
「ええっ 6日も!?」
「そう、たったの6日よ?」
(いやイヤ
『6日』は『たった』じゃねえよ、ママっ
── 新幹線とか、東京~京都間が2時間半だよ!?
『たった』ってのは、そういうのだよ!)
異世界の
「ほ、他に町は?
近くの村とかないの?」
「村って、坊や。
それって、百人くらいの集落で生活するって、あれでしょ?
そんな風に生活してたの、大昔の話よ?
今時、そんな危険な生活している人いるのかしら……」
「わしも、そんなの知らないねえ……
昔話で聞いたくらいかねえ」
母と祖母の答えに、絶句した。
(おいおいおい……
流通とかどうなってるの!?
やばい、この世界……もしかして人類が、世界の端っこに追いやられてる……?)
俺は生まれてずっと、城壁に囲まれた都市の外を知らなかった。
『
そのため、『モンスターのいる世界』という事実を、軽く考えていた。
前世は、首都トーキョーから遠い県の田園風景に囲まれて育ったので、都会に対して憧れがあった。
今世は、都市の住民っぽいから、ラッキーとか安直に考えていた。
(── つまりこの世界は、『人間が固まって生活しないと生きていけない』程にヤバいのか……)
RPGゲームでありがちな『モンスターに襲われがちな小さな村』とかいう非効率な物は、存在自体が許されないレベルの危険度。
つまり、あれだ。
日本のTVでよく見た
『山の中で数軒固まって生活してます。鶏とか山羊とか野放しです』
みたいな自由奔放な田舎生活とかやってると
『自然の厳しさ(モンスター含む)ナメてんの?』
と怒られるレベルの世界っぽい。
(そりゃあ……
『アタマ
俺は、ひとり内心、呆れるやら、感心するやら。
そして、俺は出発前の乗り物 ── 『特帯』とやらに乗り込む、エリート兵士候補生に目を向ける。
(あの人達も、何人生き残れるか解んない世界なのかな……
ウチのパパや兄ちゃんも、いつか、あっさり死ぬかもしれないんだな)
そんな不謹慎な事を考えてしまった。
不幸を言い当てる、なんて迷信だと思う。
だが、『噂をすれば影』── そう言わんばかりに、黒い群が動き出していた。
明るい朝焼けの空に不釣り合いな、不吉な影が忍び寄ってきている事に、まだ誰も気づいてなかった。
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