第8話



 水面が目が覚めたと知った時、私は驚きのあまり一瞬フリーズしてしまった。

 幼馴染だったから、親同士が仲が良く、水面の両親から水面の状態についてちょくちょく聞いて居た。

 その日は休みで受験も終って友達とショッピングをしている途中だった。

 

「ごめん、私ちょっと帰る!!」


「え? 舞?」


 私は連絡を貰って直ぐに走りだした。

 水面が目を覚ました。

 その出来事は私の人生でもトップクラスに入るくらい嬉しいことだった。

 だから私は髪型とか化粧とか全然気にしないでとにかく病院に走った。


「水面……水面……」


 中学三年のあの日、水面は謎の覆面男に氷漬けにされた。

 犯人は未だに捕まっていない。

 不思議だったのは、水面を氷漬けにした後は私に何もせずにその場を立ち去ったことだ。

 あの男の目的がなんだったのか分からない、でも私はその男が許せなかった。


「あれ、高堂さん」


「あ、聖!」


 病院に向かうと注意で高校の友人の聖にあった。

 聖は高校の男友達の中では一番仲の良い友人。

 優しくて顔立ちが良く、学校では女子からかなり人気だった。


「どうしたの? そんなに慌てて、丁度病院に行こうと思ってたんだ」


「あ、あの……み、水面が!!」


「え? 水面君が?」


「め、目を! 目を!」


「落ち着いて、どうしたの?」


「……目を覚ましたって……」


「え………本当かい?」


「だ、だから急いで病院に!!」


「分かった、僕につかまって! 行くよ!!」


「え? きゃっ!!」


 聖の異能は飛行が出来る異能で、背中から白い光のツバサを広げて空を自由に飛ぶことが出来る。

 聖は私の体を抱きかかえ、空を飛んで病院まで向かってくれた。


「到着、急ごう!!」


「えぇ!」


 私は走って水面の移動された病室に向かった。

 途中、何度も看護婦さんに注意されたけど私はそんな言葉を無視して病室に向かった。

 そして、病室の目の前に到着し私は勢いよく扉を開けた。


「水面!!」


「……舞」


 水面は三年前と変わっていなかった。

 何も変わっていない水面がそこにいた。

 良かった……本当に良かった。

 私は涙を流しながら彼に近づく。


「やっと……やっと……目が覚めたんだ……」


「あぁ……心配かけたみたいでごめん」


 久しぶりに聞いた彼の声に私は懐かしさを感じた。

 ずっと目が覚めるのを待っていた。

 目が覚めた時、知ってる人がいた方が良いと思って毎日病院に通った。

 そして、今日やっと私の愛しい人は三年ぶりに目を覚ました。




 彼女と知り合ったのは、高校に入学した時だった。

 アイドル顔負けの美人がいると、入学当時から話題になっていた。

 僕も男子だし興味があって見に行った。

 でもその時は彼女をなんとも思って居なかった。

 彼女と話すようになった切っ掛けはなんだっただろうか?

 高校生活では彼女と一緒に居ることが多かった。

 だから、僕は彼女に引かれた。

 でもこの恋が実らない事を僕は知っていた。

 だって、彼女には既に僕ではない思い人が居るのだから……。


「彼が?」


「えぇ……本当だったら同じ学校に入学するはずだった水面」


 始めて彼とあった時、彼は氷の中にいた。

 決して溶けない氷の中で彼は眠っていた。


「もう半年よ……半年間もこの状態なの」


「……高堂さんが事件に巻き込まれて、彼が氷漬けになったのかい?」


「えぇ……私の炎でも溶かす事が出来なかった……炎系の異能者なのにね……」


 彼女はずっと自分を責めていた。

 あの時、自分にもっと力があったらあの氷を溶かすことが出来たのではないかと……そうすれば彼がこんな目に会う必要も無かったのではないかと。

 

「本当……私って役立たずよね……」


「………」


 彼女は彼のお見舞いに行くたびに、凍りの中の彼に懺悔するようにそう言い、表情を曇らせていた。

 そんな彼女の顔を見ていれば、僕の入る余地がないことくらい簡単に理解出来る。

 

「水面はね、馬鹿なんだけどね……優しいやつなのよ。だから、あの時も私を逃がそうとしてくれた……」


 彼女の話を聞くたびに水面君の人となりをどんどん知った。

 最初は彼女が心配だから、好きな人が悲しまないように傍に居るだけでもと思って病室に来ていた。

 それが次第に僕は、恋敵である彼にも情が湧いてしまった。

 早く起きて彼女を悲しみから救ってほしい、それが出来るのは残念ながら僕じゃない。

 だから僕は彼が目覚めるのを望んでいた。

 彼女がそれを望んだから……。


「……もし、君と学校で出会っていたら……良いライバル……いや、友達になれたのかな?」


 彼の病室で僕は一人、氷漬けの彼にそんな事を尋ねる。

 しかし、もちろん返答などない。


「早く目を覚ましてくれ……彼女をこれ以上……悲しませないでくれ……」


 好きな子が悲しんでいる姿を見るのは辛い。

 僕は彼が彼女を守れない間、勝手に僕が彼女を守ると彼に約束した。

 だから……彼が目覚めた以上、僕はもうお役ごめんだ。


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