第18話 天使ミカエルと堕天使との開戦。

 ミカエルのかつての師、フェルとの戦闘が始まった。

 彼の得物は1メートル半ほどの銀色に輝く長剣ちょうけん

 対してミカエルのは槍と盾だ。

 必要に応じて槍は長さや形状を変えることができるが、そんなことは彼に戦闘を教えたフェルも当然知っている。


「おい、ミカエル。俺たちの過去の戦歴を覚えているか?」

「――そんな昔の事は覚えていませんね」

「んだよ。俺より若ぇくせに痴呆ちほうか? っつーかお前が俺に勝ったことなんて一度もねぇだろうが、ばーか」

「……だったらわざわざ聞くなっ!!」


 ミカエルがうらみを込めた刺突しとつをフェルに繰り出す。

 だがフェルは剣で受けることも無く、華麗かれいなステップを踏むだけでそれを軽く回避した。銀糸のような美しい髪が星空のようにキラキラときらめく。


「遅ぇ遅ぇ。狙いが相変わらず素直過ぎんだよ。それに攻撃パターンが単純すぎ」

「う、るさい!! 死ねッッ!!」


 闇雲やみくもに攻撃したところで、当たるわけがないことはミカエルも重々承知だ。

 しかし、このフェルに攻撃のすきを与える方が悪手だという事も知っている。

 フェイクを使った手数と能力使用による強化で、徐々じょじょにフェルを追い詰めていく。

 さすがに高速の槍さばきに回避だけでは追いつかなくなったのか、フェルも剣を使った防御を始めた。


「うーん、多少斬撃は速くなったか? だが……っ」

「ぐううっ……ち、っくしょっ!」


 力においても、師匠フェルには敵わない。

 盾を捨て、両手で渾身こんしんの突きをするも片手に持った剣ではじかれてしまった。

 いや、以前のフェルであればここまでの力は無かったはずだ。

 彼の能力はこんな直接的な力を行使するモノではないからだ。


「アンタ……いったいアレから何をしていた? いったい何のために天界を……なぜボクを捨てたんだ!?」


 さらにほこを言葉で強化しながら、ミカエルは余裕そうな笑みを浮かべるフェルをにらみつける。


 彼がまだ天使長だったあの頃。

 誰よりも偉大で、心から憧れていた師匠だったのに。

 家族であり、父のようだとさえ思った時期もあった。なのに、何が彼をそこまで変えてしまったのか。


 悲痛そうな顔をするミカエルを見たフェルは笑顔を消し、その深紅のひとみをさらに赤に燃え上がらせながら口を開いた。



「知りたいなら教えてやるよ。その上で俺に協力するようなら、また家族として迎えてやる」

「な、なにを……」

「いいから聞け。あれはお前と出会う前だった……」



 ◇


 さかのぼること二十数年前。

 当時既に天使長として君臨していたフェルは、天界の頂上フロアで執務をしていた。


「なに? 原因不明のクロが集まっているだと?」


 白の執務机に両足を乗せて書類を読みながら、部下からの報告を受けるフェル。

 そんな不真面目な勤務態度に眉を顰めることも無く、部下は言葉を続けた。


「はい。監視塔の大天使様が確認されたようです。当初悪魔かとも思われたのですが……」

「違ったと?」

「そのようです。その場所に急行した天使たちが黙示録もくしろく端末を使用して調査しましたが、悪魔がいた痕跡こんせきは確認できませんでした」

「ふむ……」



 通常の悪魔というのは、人に取り憑いている場合も含めてその場からあまり移動しない傾向がある。

 それは一度狙った獲物えものは逃がしたくないという執着心しゅうちゃくしんや、天使や他の悪魔に見つかると攻撃される恐れがあるという回避行動からくるものだ。

 そしてそれは狡猾こうかつで強い悪魔……ランクがA以上のものに多い傾向がある。


 だから人間界のクロ因子の高まりを監視する役割を持った天使が危険視するほどの値が出たのに、その場所と思われる付近に痕跡すら残っていないというのは謎なのだ。


「分かった。その案件については直々に俺が出向こう。場所は?」

「日本という島国の都市だそうです。詳細はこちらに」


 部下はクロを観測されたポイントが記された地図をフェルに手渡す。

 短い期間の間に、そう離れていない範囲で数回確認されているようだ。


「ふむ……こう見るとやはり特定の人間に悪魔が憑依ひょういしているような行動範囲だな」



 さっそく転移によって観測ポイント周辺に降り立ったフェル。

 自らの脚でクロを測定しつつ調査をしていくが、やはり不審な者や悪魔の気配は感じることができない。

 彼の長年のかんからいっても、これは意図的に悪魔が隠密おんみつ行動をしているようにも思えない。


 それに別段誰かを傷付けたりしてクロを集めるような行為も確認できなかった。

 割と単純な性格をしている悪魔が、敵である天使を呼び寄せるようなマネをワザワザするとも思えない。

 つまり、今回の件は偶発ぐうはつ的なクロの発生とするのが最も合理的だとフェルは判断した。



「はぁ……無駄足だったか。まぁどうせここまで来たんだ。暇つぶしにちょっと人間界を歩いて回ってみるか」


 天使長という役職に就くまでは、バリバリの悪魔狩りとして活躍していたフェルは、人間界を歩くのが好きだった。

 自分たち天使とは違い、シロとクロの混沌こんとんにまみれた人間たちを観察するのが楽しかったのだ。

 その時と場合によってコロコロと感情や判断が変わっていく様は白をとする生き方をする自身天使には無いものであり、悪魔にも通じる人間の感情を研究することは大変興味深いと思っていたのだ。



「ん……? なにか喧嘩をしている声がするな。どれどれ?」


 彼がその中でも特に興味があったのは、愛と怒りの感情である。

 人間は愛を大事にする。しかし、愛ゆえに憎しみにとらわれる。

 したがって愛が無ければ、憎しみも生まれないと考えていたのだ。

 その相反する考えは、まるでシロとクロのようで面白いと感じていた。


 最近の彼のテーマは愛による闘争とうそう

 些細ささいな言い合いから戦争まで、ありとあらゆる戦いについて調べていた。


 そんな彼が生の言い争いに関心を持つのは必然であった。

 今も絶賛暴言が聞こえるその場所へと足を向けていた。



「夫婦……か? いや、それにしては随分ずいぶんとしの差があるな」


 そこには若い美しい女性と、その女性を口汚くちぎたなののしるスーツ姿の男性がいた。

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