第17話 復讐に燃える天使。

「あぁ、それはできないぜ。ここはもう、俺が逆にクロの結界を張らせてもらったからな」



 突如襲撃をしてきた悪魔、イネインとの戦闘中、新たな刺客がミカエルを背後から襲った。

 その攻撃をかろうじて避けることができたミカエルが振り返ると、そこには――。


 ――それは、ミカエルも良く知っている人物の顔だった。



「よぉ、ミカエル。お前は相変わらず弱っちいなぁ? ちゃんと修行してんのか?」

「グッ……やはり隠れていたのかっ、フェル……!!」


 白銀の剣を持ち、漆黒の皮のレザージャケットを着た長身細身の男。

 腰まで伸びた剣と同じ美しい銀髪をサラサラと揺らしながら、特徴的な深紅の瞳をミカエルに向ける。


 何もかもあの日と同じ。

 忘れるはずもない……ミカエルの親友である悪魔を殺し、天界から逃げたあの時と同じ顔だったのだから。







 ――十数年前。


 天界から人間界へと降り立った当時のミカエルはいつもの任務を終え、夏の通り雨が降りしきる日本のとある都市を歩いていた。

 無数の雨粒がアスファルト群に跳ねては行き交う人々の足元を濡らす、そんな光景の中でとある人物を探していた。


 いや、人というのは間違いかもしれない。

 なぜなら、彼が探していたのは悪魔だったのだから。


「おかしいな、端末にはこの辺りに反応しているんだけど。フェイトのやつ、どこに隠れているんだ?」


 ――フェイト。

 彼がそう呼ぶものこそが天使の敵であるはずの悪魔。そしてミカエルが唯一ゆいいつ心を許した親友であった。



「師匠が別の任務で悪魔をおびき寄せるのに協力して欲しいって連れていったらしいけど、師匠も師匠でいつも通り連絡つかないし……またそうやってボクだけのけ者にするんだから、まったく」


 彼の親友フェイトは、極度の変わり悪魔だ。

 悪魔らしいことは全くせず、クロを嫌う。

 それどころかミカエルたち天使の手伝いをしている。


 なぜそんな自身の存在すら危険に晒すようなことをしているのかというと、「その方が楽しそうだから」……だそうだ。

 そう言って彼はむしろシロを集めることに積極的に貢献こうけんしていた。

 人を助け、誰よりも優しい笑顔を向けるその姿は、もはや悪魔とは到底思えなかった。

 どうやらは変わり者なだけでなくひねくれ者、天邪鬼あまのじゃくでもあったみたいだ。



 精々悪魔らしいことといえば、ミカエルとじゃれ合いという名の殺し合いをする程度。それも相手が自身と同等の実力を持っており、お互いが全力で戦っても本当に殺しはしないと分かっているからこそやり合える。

 そんな、ある種信頼の上で行う訓練のようなものだった。


 だが、ミカエルにとってはそれが天使としての生き甲斐いきがいであった。

 シロだけが正義ととらえる天使の考えが、なぜかミカエルには理解できなかった。

 どうして悪魔だからといって敵視しなければならないのか。

 こうやって分かり合い、心優しい悪魔だっているのに。



 だから今日もミカエルは新しく覚えた言葉能力を使ったフェイトとの戦闘を楽しみにしていたのだが……どうにも見つからない。

 普段の彼はひとを利用してクロを摂取せっしゅすることなく、こうしてビルとビルの間など空気のよどんだところに集まる自然に近いクロを好んで食べていたので、見当を点ければすぐに見つかると思っていた。

 だがそれは甘い予測だったらしく、1時間ほど雨の中を歩きながら路地裏やゴミ捨て場、薄汚うすよごれた公衆トイレなどを探していたのに一向に足取りが掴めなかったのだ。



 そして更に1時間後。

 ミカエルは街の外れにある空き地で、やっと見つけた。――見てしまったのだ。



 ――胸に大穴を開けられ、倒れす親友を。

 銀色の剣を持ち、雨にれたまま立ち去ろうとする師匠を。



 まだその頃は純粋であったミカエルは、絶望した。

 唯一の友だったフェイトを心から信頼していた師に奪われたということに。

 その日からだった。心優しく、誰よりも天使らしいシロに染まっていた彼の瞳がくらにごるようになったのは。


 ――復讐してやる。ボクから全てを奪ったアイツに。己の全てをけて。


 黒のけむりを立てながら最期の言葉を遺してくれた親友の為に――。



 ◇


 そしてその因縁いんねんの復讐相手が今、目の前に居る。

 ミカエルの瞳は既に黒に近い灰色に濁り切っている。


「会いたかったですよ、フェル。もう何年も探し続けた……もしかしたらもうどこかで消滅したのかとも思ったほどですよ」

「クハハ。俺様がそんな簡単にくたばるかと思ったのか? 随分言うようになったじゃねぇか、若造が」


 そう、人間でいうところのよわい数百歳を優に超える、フェルの天使としての年月。

 長い永い間を天使のトップとして君臨し続けた彼は、もはや存在としての格が違うのだ。


 しかし――だからといって、ミカエルは彼を許すつもりは無い。

 かけがえのない友を殺した罪は、その身をもって償ってもらう。

 それこそが彼を突き動かす原動力なのだから。



 先ほどまでイネインに向けていた矛先ほこさきを今度はフェルに向ける。

 2人に狭まれてしまっている状況だが、どうすることもできない。

 なによりフェルの能力が厄介であることは、ミカエルも重々身に染みて理解している。


「んん? 俺とやる気なのか? クハハ、いいだろう。久々にちょっと揉んでやるとするか」

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