第14話 来訪者を迎える天使。

 ブラック企業に取り憑いた悪魔を退治してから1週間が経った。


 あの事件についてテレビのニュースで大きく取り上げられることもなく、いつも通りの日々が続いている。

 あのビルで起きたのは、飛翔ひしょうしてきた何かが窓ガラスを粉砕ふんさいし、ビルの中にいた数人が衝撃で意識を失ったということになったらしい。


 あのフロアに居た人間に対しては、衝突しょうとつの影響で一時的に記憶がアヤフヤになっているのだろう、という少々強引な説明がされていた。

 実際のところは派遣されてきた天使が、悪魔の影響を受けた社員の精神的な治療を行ったせいで、部分的な記憶喪失そうしつを起こしたのたが。



 ともあれ、会社としてもはや成り立っていない状況だったスマイル&ハッピーメイカー社はそのまま倒産した。

 社員にとっては災難だったが、あのまま働き続けていればクロを取り込んだまま死んで悪魔ちになっていたのだし、それを救ったということで許してもらおう。


「でも本当に良かったんですか? あの金庫にはまだお金が沢山あったじゃないですか。ミカはお金が必要なんですよね?」


 彼らが人間界の拠点きょてんとしている教会けん自宅のリビングにて、月光樹の朝露あさつゆと呼ばれる真っ白なお茶をすすりながら師匠ミカエルに尋ねるリィン。

 いつも通り2人でテレビから流れるニュースを聞きながら、ゆったりと朝を過ごしていた。


 シロの因子を取り込むことで自身の存在を維持している黒白の少女は、こうして定期的にこのお茶を取り続ける必要がある。

 一方のミカエルといえば、親友だった悪魔を取り戻すために大量の現金が必要で、長い時をかけてそれを集めてきたはずだった。


「別に……。ボクはあのお金がクロまみれだったから欲しくなかっただけだよ。きっと悪魔が集めたお金は真っ黒になるんだろうね。汚いお金はせいぜい人間どもで分け合うがいいさ」


 彼は何かの古びた本を読みながら、視線をリィンに向けることなくそう答える。

 まるで興味がないように言ってはいるが、師弟関係となって十数年の間を天界で共に過ごしてきた弟子リィンには、師匠の思惑なんてお見通しだったようだ。


「そんなことを言って、あの女の社員さんを含めてあそこで働いていた人たちのこと、気にされていたんでしょう? あんなに命懸けで働いていたのに、何の褒賞ほうしょうも無く放り出されるのはあまりにも可哀想だからって……ラファ様に、残された人たちであのお金を分けるように言ったのもミカでしょ?」

「……ふん、なんのことだか。別に人間がどうなろうとボクには関係ないから。それより今日も悪魔を探しに行くんだろう? さっさと準備してよ」

「もう、ミカは素直じゃないんですから!」


 よく見れば、彼の真っ白な顔にしゅが差しているのが分かるだろう。

 そんなわずかな変化をリィンはすぐに気付いてニコニコと笑っている。

 2人にはただの師弟を越えた絆のようなものがあるのかもしれない。



 そしてここ数日、彼らは連日のように悪魔を狩っていた。

 かつてミカエルがお忍びで人間界に降りていた時は、ここまで悪魔が発見されることは無かった。

 たしかに悪魔も天使と同頻度かそれ以上に人間界に顕現けんげんしていることもあるのだが、天使と悪魔が出会うのは海外旅行をした先で同じ国の出身者に出くわすのと同じくらいの確率なのだ。

 つまり、ここまで高頻度で悪魔との戦闘になるのははっきり言って異常だった。



 ミカエルたちもこの現状を天使長ラファに逐次ちくじ報告しているのだが、天界に居る彼らにも原因は不明だった。いや、唯一可能性があるとすれば……。


「アイツが裏で糸を引いているのかもしれないな……」

「ミカが言うアイツって、あの伝説の天使長の……」


 普段あまり感情を表に出さないミカエルが、ある人物を口にするときはこうして必ず不機嫌そうな、それでいて少し悲しそうな顔をする。

 リィンはその理由を聞かされてはいないが、過去に2人の間に何かがあったことは想像に難くない。

 かといって難しそうな顔をしている師匠に何があったのか聞くわけにもいかず、リィンはお代わりのお茶を淹れようと椅子から立ち上がったその時。



 ――カラァン、カラァン。



 教会の方の来客用ベルが訪問者を知らせた。

 正直言ってこの教会の部分はお飾りみたいなもので、ここにみ始めて2人がそこで活動することは一度も無かったし、訪れた者も皆無かいむだった。


「……珍しいですね。こんな朝から。しかもこっち側じゃなくて教会にだなんて」

「先日遊びに来たラファは直接このリビングに転移してきたしね。近所の老人でも迷い込んできたんじゃないの? お迎えが来る前に自分から天使に会いに来たとか」

「もう、天使のくせにそういう変なジョーク言わないでくださいよっ!!」


 ミカエルは応対する気が全くないのか、本に視線を落としたまま椅子から動こうとしない。

 興味のあること以外は本当にモノグサな師匠にあきれながら、仕方なくリィンが向かうことにする。


「変な宗教の勧誘だったら適当に断っておいてね~」

「だったらミカが行ってくださいよう!」



 ミカエルに対し苛立いらだちをつのらせながら、教会へ繋がる廊下をダンダンと足音を立てながら歩いていくリィン。

 ただ小柄こがらな彼女が怒っていても、子どもが可愛い癇癪かんしゃくを起しているようにしか見えない。


「もう! 口だけは本当に動く癖に、手と足はまったくなんだから!! ……あれ?」


 教会の扉をバン、と勢い良く開けると、普段は無人のはずの壇上だんじょう――神に祈りをささげる台――にひざまずいている人影がある。

 朝の陽光がステンドグラスから差し込んでおり、その光を浴びたその人物はリィンが訪れたことに気付いて立ち上がった。


 そして神秘的な明かりが後光のようにその人物を照らし出した。


「あな……たは、いったい……?」

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