第13話 見習い天使の悪戯。

 ミカエルの弟子、リィンの能力で悪魔によるクロの暴走を食い止めた。

 しかし対象の時を止めるこの力は、莫大ばくだいな対価が必要だった。


時は金なりタイムイズマネー』――この能力は金銭を対価に時間を操作する。

 天界で修行していた時は師匠ミカエルのお金を譲り受けて実験をしたが、投げたこぶし大の石をわずか1秒間止めるだけで1万円必要だった。

 恐らく体重や大きさで対価は跳ね上がるはずだ。

 今回は窓から落下した百目鬼どうめき専務を10秒ほどの間空中に留めたが、それでも日本円なら数百万円が必要だと想像できる。


 天界に降りてから日本円を稼ぐような働きは特にせず、与えられた家でダラダラすごしてきたリィンにそんなお金があるはずがない。



「えへ、えへへへ。実は……この会社からちょっとお借りして……」

「……はっ?」


 リィンはテヘッ、と舌を出しながら、この部屋の壁に空いた穴を指さした。

 この穴は悪魔となった百目鬼専務が放ったダークブレスで空いたもので、隣りの部屋にまで貫通してしまっている。

 彼女はここから別の部屋に退避していたようだが……?


「逃げた先で、凄い頑丈がんじょうな箱を見つけまして……ちょっとのぞいてみたんですよ。いや、チラっとですよ!? 見たことのあるお札が落ちてたからとかじゃないですよ、ホントに!!」


 どうやらリィンが見つけたのは、この会社の金庫だったようだ。

 普通の職場だったらそんな壁の中に現金が入った金庫なんてないとは思うが、ここは悪魔が裏で操作していた真っクロな会社だ。

 税金逃れか何かは分からないが、隠し金庫にあった札束を偶然リィンが見つけてしまったのだろう。


「リィン……キミって天使は……」

「だ、だって!! どうせこのお金は綺麗なお金じゃないですよ!? そっ、それにこの会社の為に使うのなら、きっと神様も許してくれますって!」


 今になって自分がやってしまったことを実感し始めるリィン。

 汗をダラダラと垂らしながら必死に言い訳をしている。

 ただでさえシロとクロの均衡きんこうが崩れそうになっているのに、犯罪行為でクロに傾くような危険を冒さなくたっていいだろうに……。



「はぁ……まあ今回はそのお金のお陰で助かったからいいよ。どうせマトモなお金じゃなかったから、盗んだところで大きな罪には……ならないかも?」

「ふあぁあっ、ど、どどどうしましょうシショー!! 私、悪魔になっちゃうんですかぁ!?」


 不安がピークに達したのか、ついに泣き出したリィン。

 生まれてからずっとクロにおびえて過ごしてきたので、その気持ちも分からないでもない。


「そんなに心配しなくても大丈夫だいじょうぶだから。ちゃんとキミはキミのままだよ。ほら、しっかりして」

「ふにゅう……ひゃ、ひゃい……」


 ミカエルは細く白い肌をした両手で、すすで汚れてしまっているリィンのほおにそっと触れる。

 シルエットだけ見れば美しい天使同士がキスをする寸前みたいな体勢だが、リィンは顔をムニュムニュと挟まれて不細工なつらさらしていた。



「とにかく、後処理はラファに任せてボクらは退散しよう。人が集まってきたら処理が大変だしね」

「えっ? ここの人たちは……? だ、大丈夫なんですか?」


 百目鬼専務をはじめ、この部屋に来る途中でミカエルが気絶させてきた社員たちが大勢いるはずだ。

 能力で眠らせただけなので、彼らは別段怪我などはしていないが。


「クロが消えて、シロが集まってるといっただろう? だからここはもう大丈夫。それに天界の修繕しゅうぜん担当の人員を呼べば、この悪魔に破壊された部屋はすぐ元に戻るよ。だからボクらはここでもうお役御免ごめんだ」



 自分だって戦闘であちこち破壊していたことは棚に上げ、面倒事は全て他人に任せようとするミカエルは悪い笑みでリィンにウインクを飛ばす。


「あはは!! そうですね、シショー。私たちの初任務は、これでかんりょーってことで! えへへっ、やったぁ!!」


 元気を取り戻したリィンを見て内心ホッとしたミカエルは、天使端末『釣り合う矛盾リーブラ』を取り出す。

 そして処理の依頼を済ませると、2人はお互いに頷き、このフロアから姿を消した。





 そしてそんな彼らを、瓦礫がれきかげから覗いているものが居た。


「ふふふっ。やはり俺を追ってやってきたか、ミカエル。そして例の少女も」

「フェル様……アレが以前おっしゃっていた……」

「あぁ、そうだ。俺が丹精たんせいめて育てたかつての弟子だぜ」


 フェルと呼ばれた長身の男は、隣りで話しかけてきた女に優しい声でそう答えた。

 月光のような白銀にきらめくつややかな髪に、血のように赤い眼球。



 彼こそが天界最大の罪人であり、反逆者。

 かつて史上最高の天使長として名高かった、堕天使フェル本人である。

 そして隣りの女は天使とは真逆で、頭から足のつま先まで真っ黒な出で立ちをしていた。

 かろうじて目と唇だけがフェルの瞳と同じく深紅になっているのみ。


「アイツは新しい相棒を見つけたようだな……それもクロの因子を持った、珍しい天使ときたもんだ。クククッ、良い実験台になりそうじゃねぇか」

「……フェル様」

「ククッ……あの少女に嫉妬でもしたのか? 心配するな、俺が愛しているのはお前だけだ」

「あっ……嬉しい……」


 2人しか居ない溶けるようなやみの中で、フェルと女ははばかることも無く熱い口付けを何度も、何度も交わしていた……。

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