庭桜

芦髙 了

庭桜

 うちの庭の桜は阿呆だ。

 物心着く前から、恐らく親が生まれる前からうちの庭に植わっている桜は、昔から咲き時を間違える。

 2月の春の陽気にそそのかされてうっかりつぼみを開かせていた。庭の外の河川敷かせんじきに咲く桜の群れが耐え忍んでいるにかかわらず、うちのは一匹狼のごとく我を通して咲き乱れる。あまりの協調性のなさに河川敷の群れを追い出されてこちらに縄張りを移してきたのかと思うほどだ。

 ずっとこの家に住んでいるおじいちゃんと一緒に、小学校の頃この桜をどうにか群れと同じ時期に咲かせられないか挑戦していた。桜は2月1日以降の気温の累計が「600℃」を超えると開花すると言われている。早く咲くなら冷やして遅らせようと、扇風機を回したり氷を撒いたりと毎年実験を繰り返した。

 中学校に上がる頃には河川敷の桜と足並み揃えて咲くようになった。僕たちの実験が功を奏したのか、自分の周りをチョロチョロとして一喜一憂する老人と少年を一匹狼が哀れに思ったのか、手作りの肥料を撒いていたおじいちゃんに飼い慣らされたのかはわからないけれど。いずれにしても僕たちは目的を達成し、勝利の美コーラで乾杯した。今振り返ると、炭酸が染みると顔を歪めていたおじいちゃんは、長年のライバルを打ち負かした喜びと圧倒的強敵がいなくなった寂しさに挟まれた顔をしていた。


 20歳になった僕は、2月のおじいちゃんの三回忌で実家に戻ってきた。いつの間にかまたうちの桜は咲き時を間違えるようになっていた。飼い犬になっていた桜が、主を失ってまた一匹狼に戻ったのか。あるいは主に見せるための花を手向け続けているのか。

 吸っていた煙草の煙を桜に吹きかける。

 うちの庭の桜は阿呆だ。

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庭桜 芦髙 了 @ashitaka_ryo

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