第97話 家出娘ディアーナと動物セラピー

「アレー様! 凶悪犯どもを逮捕して頂き感謝の言葉もございません!」


 昼食後に中央公園のハッテン場でギャル子と一戦交えてから、俺たちはアトレバテス市警南署にスチームカーを走らせた。保護された失踪者との面談のためだ。

 そして、車から降りて正面玄関へと続く階段を登り始めたら、中から飛び出してきた署長にイキナリ手を握られ熱くお礼を言われた次第。


「俺たちは降りかかる火の粉を払い落してふん縛っただけだ」

 本当は、自分で降りかけた火の粉、だけどな。ククク…

「またまたご謙遜を。42人の悪党を一網打尽にするなど本職の我々でも至難の業と言えましょう。さすがアレー様でございます。ささっ、中へどうぞどうぞ」

 上機嫌のレミに先導されて俺たちは署長室へと連行されていった。


「ご覧下さい。高級紙のアトレブでも挿絵入りで大きく報じられております」


 ソファーに座った途端、まだ興奮気味の署長が新聞を差し出してくる。

 そこには、ギルドビル前庭で空中に浮いたヴィンヴィンが幾筋もの雷撃で強盗団を瞬殺した挿絵が一面を飾り、長文でエマたちの活躍が称賛されていた。

 ふふふ、計画通りっ。

 これは記者のトーヤをプレオープンに招待してまで書かせた記事だからな。

 これでセクスエルム・シスターズの名がこの辺り一帯に響き渡るぞぉ。

 この都市からウェラウニのギルド銀行に預金をする者も続々出るだろう。預金保証なんて制度はまだないこの世界ではリスク(預金)分散が基本だからな。

 ギルド銀行が繁盛するのは間違いない。あとは俺が大口融資先を作ってやればいい。それで銀行は上手く回りギルドも恩恵を受ける。うむ、良い塩梅だ。


「引き渡したエイベルたちは大人しくしてるか?」

「観念して潔く罪は認めております。むしろ堂々と悪事を自慢しておりますな」

「犯罪自慢は共感できんが、まぁ話が早くて助かるな」

「まったくです。ただ、スチームカー強盗団のリーダーであるケインは今朝、留置所の中で冷たくなっておりました。死因はまだ不明であります」

「それは残念だな。以前の犯罪を問い質す機会が失われてしまった」

 ピーナがケインに銀行強盗をそそのかした事実も闇に葬られたわけだ。ククク…

「その通りなのですよ。ただ、他の一味がまだおりますので、何とか奴らを自供させて全ての罪を暴いてやる所存です、はい」

「警察の尽力に期待する。被害者たちのためにも全容の解明に注力してくれ」

「ははっ、アレー様に頂いたこの絶好の好機、決して無駄には致しません」

「絶好の好機とは?」


「そりゃこの都市で今、超ホットなケインとエイベルの悪党団を捕らえる大手柄だもの~、署長の出世にも拍車がかかるってもんでしょ~♪」


「へぇ、そうなのか?」

「お陰様で、市警の次期本部長にとの声が高まってまいりました」

「それって、都市アトレバテスの警察のトップになるってことか?」

「それもこれも全てアレー様のご尽力のお陰でございます」

「そりゃ凄いな。ウェラウニ出身の署長が本部長にまで登り詰めるとは、俺も本当に嬉しい。ぜひ今後も昵懇じっこんにしてもらいたいものだ」

「アレー様とご縁ができて以来、私もラムンも運命が好転し続けております。こちらこそ、今後とも是非よしなにお願い致しますです、はい」

 もちろんだとも。俺が支配することになるウェラウニの町の隣で、30万都市のVIPになろうというお前とは、絶対にずっ友だ。

 これからも力になってもらうぜ。いろいろとな。


「レミっち~、そろそろ保護した家出人たちと面談させてくれる~、21人もいるから時間かかりそうなのよね~」

 おいっ、未来の市警本部長様にレミっちはやめとけ。いつか逮捕されるぞ。

「ははーっ、面談用に会議室を準備し失踪者の資料も整えております。お嬢様、私がご案内させて頂きますのでどうぞこちらへ」

 えぇぇぇ、なんか前回以上にティアには腫物を扱うように接しとるな。このギャルビッチ、マジで署長の弱味まで握ってるんじゃねーか。くわばらくわばら。


 失踪者たちとの面談はティアが仕切って波乱もなくスムーズに終わった。

 21人(女16人・男5人)の内、14人(女11人・男3人)を採用し、8人をここアトレバテスのバランスボール販売会社に割り当て、6人をウェラウニに連れ帰って、一先ず冒険者として生活させることとなった。

 俺もこの面接には、不幸な美少女を救わねばムフフとよこしままな期待をしていたのだが、実際に死んだ目をした女の子たちを目の当たりにすると、腰が引けた。

 いわゆる、『可哀相なのは抜けない』ってやつだ。

 この子たちを元気にして目の輝きを取り戻してやってからだな。何事も。

 


「ディアーナ、これでしばらくは問題なく生活できそうかな?」


 南署を出た俺たちは、アトレバテスの商業地区の場末で借りた3階建ての店舗へ向かった。ここで働く8人の家出娘たちも一緒だ。

 到着して直ぐに生活環境の構築に取り掛かった。三日前に注文した二段ベッドを居住区の3階に運び込むと、片付け&掃除の監督をローラにまかせて、俺とティアは家出娘のディアーナを連れて日用品を買いに出かける。

 買い物から戻って来た俺とティアは邪魔にならない屋根裏部屋で一服してから、皆を手伝って作業を終わらせた。今はもうここから引き上げるところだ。


「はい、魔道具が一通り揃ってますから困ることはないと思います」

「お金の方は本当に大丈夫なの?」

「警察が未払いになっていたサービス残業分を取り立ててくれましたから、3ヵ月くらいは普通に暮らせます」

「そうか。でも何かあったら南署のクレメンス署長に相談するんだよ。話はつけてあるから絶対に力になってくれる」

「分かりました」

「うん、とにかくしばらくは、よく食べてよく眠って体力回復に専念して欲しい」

 悪徳工場で生かさず殺さずでコキ使われてたこの子たちの身体は一様に痩せていて、心からは覇気というものが失われていた。

 ただ、このディアーナは例外の一人だ。

 黒い目に力がまだ残っているし受け答えもしっかりしている。


「君がしっかりしてくれてるから、本当に助かるよ」


 ディアーナの5メートル後方でうつむきながらチラチラとこちらを伺っている他の家出娘たちを見渡しながら、嫌われたもんだと一つため息をついた。

 まぁ、俺は見た目は頼りなさそうなのに警察相手にも態度がでかい得体の知れないガキだし、ギャルビッチなティアは顔だけエルフでスタイルはこの世界では邪道の豊満系でアンバランスの極みだし、歩きながら寝てるローラに至っては珍しい暗褐色の肌に究極の下半身デブときてる。

 家出娘たちが怪しい人たちだと警戒するのは無理もない。

 今度は一体どんな酷い目に遭うのかと怖がっているのだろう。可哀相に……


「あなたが屋根裏で……あんなことしてるから悪いんですよ」


 俺が何を考えているのか表情で察したディアーナが、少し頬を染めながら容赦のないツッコミを入れてきた。そう、実は休憩中に屋根裏部屋でティアと合体しているところを見られてしまったのだ。

 獣のような声が聞こえると数人の家出娘が屋根裏部屋を覗くと、窓際で背後からティアを貫いて卑語を飛ばしていた俺の姿がそこに、という顛末だ。

 そんな訳で、家出娘たちは怯えている。

 自分たちも俺にあんなことされるんじゃないかと。フヒヒ


「時と場所を選らばなかったのは悪かったけど、僕とティアは許嫁で今は妊活の真っ最中なんだ。罪は犯してないし犯すつもりもない。君たちも安心してくれ」


「イクっちは、オオカミだけど悪いオオカミじゃないから大丈夫よ~♪」

「そうですヨ、お婿様はただの変態ですから心配いらないのデス」

 やめローラ!

 ほら見ろっ、家出娘たちが「ヒィッ変態!」と小さな悲鳴を漏らして震えはじめたじゃないか。どうしてくれる何とかしローラ、とキツイ視線で伝えた。

 闇エルフは空に向かってピュイと口笛を鳴らす。

 すると、一羽の鳥がどこからか飛んできてローラの頭の上に留まった。


「クルックー、クッククックー、クルクルックー」


 ハトだな。見た目も鳴き声も完全にハトだった。この世界にもいたようだ。

「まぁ! とっても可愛いハトさんだわ」

 ディアーナが可愛い声をあげると、他の家出娘たちも少し近づいてきてハトを見ては、その愛らしさにホッコリとしていた。

 アニマルセラピーとはやるじゃないかローラ、ちょっと見直したぞ。


「この子を置いていきますので、何か私たちに伝えたいことがある時は、伝言を頼むといいデス。すぐに飛んで知らせてくれますヨ」


「なるほど、伝書鳩か─────」

 セラピーだけでなく、緊急連絡までできるとはお前にしては出来過ぎだとローラを褒めようとしたら、当のハトが俺の頭を攻撃してきたっ。


「狂ックー! 狂狂ックー!」

 なぜか狂ったようにクチバシでつつきまくってくる。

 頭部の防御力ゼロの俺はたまらず両手でハトを追い払った。

 おいっ、一体これはどういうことなんだ!?


「お婿様が、伝書鳩なんて言うから怒ったのですヨ」

「お前が、飛んで伝言を知らせると言ったからじゃないか」

「彼は伝書鳩じゃなくて、ハトぽっ報のマイコー君なのデス」

「ハトぽっ報………って、何じゃそりゃ?」

「マイコー君の前で伝言を話せば、そのまま相手に話して伝えてくれるのデス」

 ほぅ、オウム返しってやつか。

 これはまた便利なハトもいたもんだ。

「ちょっと試しに何かしゃべらせてみてくれ」

「いいですヨ。まずこのノラマメをマイコー君に食べさせるのデス」

 言われるがまま、渡された豆をローラの頭の上に居るハトに喰わせた。

 すると、マイコーは俺の頭の上に舞い降りてくる。

「準備が整いまシタ。なにか伝言を話してあげるのデス」


「ローラの耳は丸い耳! ローラの耳は丸い耳ぃい!」


 ふぅ、思わず言わずもがななことを言ってしまった。

 だがマイコーは動じることなく淡々と己の仕事を全うするだけだった。

 再びローラの頭の上に羽根を降ろして伝言を語り始める。


「ハトポッポゥ、ローラの耳は丸い耳、ローラの耳は丸い耳ぃいッポゥ!」

 

「おおっ、マジでしゃべった。しかも無駄に良い声してるじゃないか」

「本当に人の言葉が話せるのね。マイコー君、すごいわ」

「ディアーナたちもノラマメを食べさせて伝言できるようにしておくのデス」

 渡された豆袋を受け取ったディアーナは、早速豆を食べさせてマイコーを頭の上に乗せると、そのまま背後の家出娘たちの所へ行き、彼女たちにも豆をハトに食べさせてから戻って来た。


「ローラさん、ありがとう。あの子たちも少し元気が出たみたい」

「ふふふ、『人生、楽あれば肉あり』なのデス」

「ディアーナ、意味不明なのは君だけじゃないからスルーしていいぞ」

「むぅ、お婿様たちには私の人生哲学はまだ早すぎたみたいですネ」

「ホントそういのいいから。それよりも、あのハト一羽だけだと心許ないな。二匹ほどアイツらも出してやってくれ」

「ちょうど最近仲間にしたのがいますヨ。さあ、出てきて挨拶するのデス」

 闇エルフが純白のボンテージファッションに包んだ巨大な尻を俺たちに向けると、その巨尻の谷間からヒョコっとハムスターが顔を出してきた。

 想定外の出来事に絶句して立ち尽くしている内に、二匹のハムスターは尻から床に降りてきて、跳ねたり転がったりしていた。


「キュキュッ、キュキュキュッ、キュッキュー」


「キャーッ、か~わいい~」

 しっかり者のディアーナが、僅か二秒で陥落した。

 ハムスターの前でひざまずいて右手を出し、おいでおいで~と呟いている。 

 すると、二匹の可愛い小動物は右手の上に乗り、そのまま肩へと登っていく。さらには、顔に近づいてキスしたり頭の上に乗ったりと大サービスだ。

 ディアーナはもちろんキャーキャーと甲高い声をだして大はしゃぎ。

 その騒ぎに後ろでマイコー君と戯れていた他の家出娘たちもやってくる。

 そして、彼女たちもすぐにハムスターの魅力に完堕ちし、はわわ~とか言いながら紅潮しただらしない笑顔を見せるのだった。


 しかし、このハムスターという生物は、あざとい。あざとすぎる。


 自分の可愛さを熟知しててそれを最大限利用しようと計算してるかのようだ。

 まぁ、それで心に傷を負った少女たちが癒されるなら何でもいいけどな。

 だけどこの人気ぶりは異常だ。まるで魅了の魔法を使ったかの如き有り様。

 ん、んんん……これってまた、勝機&商機なんじゃないかっ。


 ─────そう、ハムスターカフェだ! これ絶対に当たるわ!

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