第91話 覗き魔エイミーの魔法具

「先程はお楽しみだったようだな」ニヤァ


 なんですってーーー!?


 クソッ、やっぱり覗き魔術士がチクってやがったんだっ。

 だがれてない! 断じてれてはいない!

 若さゆえの暴発はあったが、服を着たまま抱き合っただけ。しかも───

 

「あれは合意の上でのことですから」


「それは認めよう。しかし、クルーラ嬢はギルドがこれから友好関係を築かねばならない銀行の行員であるし、本人もまだ男を知らぬ無垢な乙女なのだぞ」


 なぜルーラが処女だと知ってる!?

 これもエイミー情報かよ。あいつマジでピーナより優秀な密偵なんじゃ……


「無論、その辺は考慮し、可能な限り、節度ある交際を、致す所存です」


「それが賢明だろう。一時の獣欲に駆られて可憐な花を散らせたうえに、まだ愛人ですらない娘を孕ませたとなると取り返しがつかないのでな」


 元女軍人は口では堅い説教を垂れながら右手は俺の股間をまさぐり始めた。

 アカン、こんなんされたら本当に一時の獣欲に駆られてまうやろー。


「おふぅ……言ってることと…やってることが…真逆…なのでは……んんっ」


 しかし、抗議はスルーされ、股間だけでなく耳まで口撃を受けるのだった。

「ルーラの前の二人も問題があると思うぞ」

 アイリーンは横から体をピッタリと押し付けると、顔を近づけて俺の耳元で小言を囁いてからフゥ~と甘く熱い吐息を吹きかける。


「ヒャゥ……ま…前の二人……というのは?」


 これはもう今夜の行動が完全にバレてますね。

 マジでエイミーの隠密能力には脱帽だわ。全く姿も気配もなかったのに……


「ジナイーダもイヴォンヌも人妻だ。後者に至っては二児の母でもある」

 

 イヴォンヌぅ……子供が二人もいる母親があの好色っぷりはダメだろぉ。

 家庭崩壊を想像してさすがの俺も反省したわ。ぶっちゃけ萎えたわ。

「むぅ、小さくなってしまったな。存外、イクゾー共も常識人だったか」

 ぐぬぬぅ……悔しいがその通りだ。基本チキンだからしゃーない。

 ま、これ以上アイリーンと深入りするよりは結果オーライか。


「だが、それでは困るのだ」ドンッ


「困るって……アイリーンさんがですか?」


「そうだ。ここでイクゾー殿には玉袋で煮えたぎるマグマを噴火して頂く」

 そう言うなり元女軍人は手際よく俺のベルトとボタンを外しにかかる。

 謎理論の超展開に頭が追い付かず、なすがままにされていると、アイリーンの魔の手はいつの間にか愚息を生で可愛がり始めていた。


「あいや!しばらく!しばらく待たれい!!」


 さすがにこれはアカンて。

 俺が欲しいとか一緒に付いてきてくれとかさっき言われたばかりだもの。

 こんなん明らかに『予告ハニトラ』ですやん。

 喰ったら致死レベルの毒まんじゅうですやん。


「心配無い。対価など要求するつもりはないぞ」


「ほ、本当ですか……では何故?」


「以前にも言った通りだ。貴殿の制御不能な性欲は大問題を起こしかねない。故にパーティー担当の私が体を張って性処理をするだけのことだ」


「あくまでギルド職員としての任務の一環で、他意はないと?」


「そうだ。まぁ強いて言えば、私的な欲望を満たす為でもある」

 不敵に笑ったアイリーンは、愚息に触れるしなやかな長い指に熱を込める。

 ───うわぁ……すっごく…あったかいナリ~

 いや、待て待て待てっ。このまま流されて本当にいいのか?

 とりま頭を冷やしてから仕切り直すべきだ。何とかこの窮地から逃れないと。


「ココでは不味いですよ。誰か来たらどうするんですか!」


「問題無い。エイミーとソフィアを見張りに立たせた。近づく者がいれば大事な会議中だと追い払う策略になっている」


 くっ……さすが元軍人だぜ。戦術完璧かよ。

 しかも、JC二人が近くで聞き耳を立ててるかもしれないという背徳感まであおってくるとか、アンタこそ名軍師じゃねーか。

 くそ、とにかく他の言い訳を繰り出さないと─────マジで喰われる!


「性処理ならエマたちにやってもらいますから。彼女たちの特権ですからっ」


「美女に誘われたら必ず応じるのが貴殿の国の礼儀なのだろう?」ニタァ


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!

 そんな台詞まで筒抜けになっていたのか‥…情報戦も完敗だ。

 ここまで言われて断ったらアイリーンを侮辱したことになってまう。

 これもう詰んでますわ。俺も潔く敗北を認めるしかない。ない。


「負けました」ガクッ


「む、ここで投了か。敗着は軽率な野外プレイだぞ。今後は控えることだな」

「……御意」

「では勝者の特権を行使させてもらうとするか」

「どうぞご随意に」ムクムクムク

「おおおおぅ、嫌がってた割には戦意がみなぎっているではないかっ」

「嫌がってた訳ではありませんよ。覚悟が足りなかっただけです」

「そうか。覚悟を決めたというのに悪いが、交尾はさせてやれないのだ」

「へっ、というと…?」

「エマ殿を差し置いて私が先に孕むわけにはいかんのでな」

 魔乳嫁が懐妊したのは秘密にしてるから知らんのは仕方ない。だが───

 どうしてくれる? 再び立ち上がってファイティングポーズを取った愚息を!


「従って、メスピーナ殿が貴殿にやっていた奉仕をさせて頂こう」


 マジかぁぁぁぁぁぁ。

 軍人魂を持つ不屈の美女のご奉仕とか真っ白な灰になるほど燃える!

 こうなったらもう毒を食らわば皿までだ。好き放題やらせてもらうぜ。ムフ


「了解しました。円滑な性処理のために僕の指示通りにお願いできますか」

「良いだろう」

 イエス! 言質とったどー。さあ、気が変わらん内に本懐を遂げよう。

 という訳で、つま先立ちの大股開きヤンキー座りをしてもらった。

 仁王立ちした俺の正面で膝を屈するという文字通り屈辱的なポーズだ。

 でもアイリーンは文句ひとつ言わずそのまま口撃をしかけてきた。

 三分後には俺の熱いマグマ大使が女軍人の中へ表敬訪問に赴いたという…


 下腹部の位置でアイリーンの頭を両手で抱えた状態で賢者タイムに突入した俺は、ふと視界に映った物体を見て声にならない悲鳴をあげた。

 休憩所を仕切るパーティションの陰から顔だけ出して覗いてる女がいる。

 言わずと知れたノゾキ魔術士のエイミーだった。

 しかも、エイミーの顔の下にはソフィアの顔まであった。

 ボクっ娘1号は俺と目が合うと慌てて首を引っ込めガタッと音を立てる。

 今も心は軍人で常在戦場なアイリーンがそれに気付かない訳がなく………


「お前たち何をやっている!コチラへ出て来い!」


 アイリーン炎の叱責に、愚かな二人は震えながら足取り重くやってくる。

 ゆっくりと立ち上がった女軍人はエイミーとソフィアに説教を始めた。

 怒りのせいか体が小刻みに震えたり言葉が上手く出なかったりしとる。

 そんなアイリーン渾身の説教を、二人の覗き魔は完全に上の空で聞いていた。

 怖い女の後方にまだズボンとパンツを降ろしたままの俺が立っているからだ。

 着衣を正すタイミングをなんとなく逸してるうちに、チラチラと愚息を盗み見てくるJC二人の視線がクセになってしまった。あぁ、何かが目覚めてしまった。

 ……遺憾。このままでは愚息がまたトランスフォームしてしまう……っ!


「む、お前たちはそこに座って少し待っていろ」


 ヤバイ気配を察したのか、アイリーンは振り向いてまた俺の前で膝を折る。

 紫のリップと良い香りのハンカチが白い汗を垂らす愚息を綺麗にしてくれた。

 女軍人は椅子に座り直し、俺にも早くズボンを穿いて座るようにうながす。

 エイミーたちはテーブルを挟んだ対面の席で、その一部始終を目を皿のようにしてガン見していた。ま、しゃーない。だって思春期だもの。


「リーナさん…手が…震えてますよ……大丈夫ですか?」


 ソフィアが遠慮がちに言った通り、紫の髪の美女は手をプルプルさせていた。

 説教中も体や声が少し震えてたが、まだ激おこなのか。やはり怒らすと怖い。


「問題無い。ただの魔力酔いだ。じきにおさまる」


 あっ、憤怒じゃなくて急性魔力中毒のせいで挙動が怪しかったのか。

 デュフフ……俺の子種の魔力が強すぎてサーセン。

 だがこれ程の反応が出るのなら俺とアイリーンの魔力は相性が良さそうだ。


「魔力酔いっていうと……もしかして……」

 ソフィアは俺とアイリーンの顔を交互にチラ見して頬を染めている。

「イクゾー君の子種には莫大な魔力が秘められてるもんね」ボソ

「ちょっ、エイミーちゃん…どうしてそれを……!?」

 いやマジでお前どんだけ凄腕のスパイなんだよっ。


「レイラちゃんが嬉しそうに言ってたわよ。お陰で魔法剣士になれそうって」

 

 なんですとーーー!!

 よりによってチクリ魔術士に教えてしまったのか。まぁ、レイラちゃんは体は大人でも心はロリピュアだから何でもしゃべっちゃうのよな。ドンマイ。


「本当にレイラちゃんが魔法剣士になれるように、僕も全力を尽くすよ」


「だったら他の女性に無駄玉を撃ってちゃダメだと思うけど」ボソ


 正論は止めてくれないかっ。

 俺だって分かっちゃいるけど、ロマンチックが止まらないんだよ。

 君だって分かっちゃいるけど、覗きが止められないんだろう。

 まだローティーンなのにその歪んだ性癖。将来が楽しみで仕方ないぞ。


「まだ反省が足りてないようだな、エイミー」ギラリーン


「ヒャアー、すいません。すいません。すいません。すいません」

 地味メガネは、何度も頭を下げながら謝るだけの人形になっていた。

 よほど保護者代わりのアイリーンが恐ろしいとみえる。


「その眼鏡をお前に預けたのは、下劣な覗きをさせる為ではないぞ」ゴゴゴ


 んんん、どういう意味だそれは?

 覗き魔術士の顔に掛けられてる大きな丸眼鏡には何か秘密があるみたいだ。

 とりま、フツーに訊いてみるか。


「エイミーちゃんの眼鏡って特別な品なんですか?」


「それは『エレオーンの眼鏡』と呼ばれる魔法具だ」


 アイリーンがエイミーの眼鏡を指さしながらフツーに教えてくれた。

「魔法具ですか。一体どんな効果があるのでしょう?」

「エレオーンは体を変色させ背景に溶け込む迷彩スキルを持つ魔獣でな──」

 へぇ、カメレオンみたいな生き物がこの異世界にもいるのか。

「エレオーンの眼鏡にはそれと同じような魔法が実装されている」

 攻殻機動隊の光学迷彩みたいなもんだな。たぶん。とにかく凄いわ。


 そういえば、いつだったかルークが言ってたな。

 エイミーの魔法は威力は低いけど、とにかく当たる、味方が気付かない内にダメージを与えてることもあるって。あれはこの魔法具の恩恵だったわけだ。 


「誰にも、敵にも気付かれないというのは大きなメリットですよね」


「その通りなのだが、覗きに使われては宝の持ち腐れだな」ジロリ


 スッと細められた赤い目で睨まれたエイミーは、プシュ~と空気が抜けたみたいに縮みあがり、うつむいたままボソボソと謝罪の言葉を口にしていた。

 これで本当に反省して覗きを止めたらいいんだが、恐らく無理だな。

 この手の性癖は不治の病だ。田★マーシーも証明しとる。


「ででででもでも、さっきイクゾーは……ボクたちが見えてたよな!?」 


「えっ、そういえばパーティーションから顔だけ出してる二人は見えたよ」

 とはいえ、気付いたのは事後だったけどな。つまり、アイリーンの奉仕を受けてる間のマヌケ面やフィニッシュの変顔はバッチリ見られてしまった訳で……

 それはさておき、さっき俺は魔法具の迷彩効果を無効化したってことか?


「それは聞き捨てならんな」

 やはりというか、当然アイリーンはツッコミを入れてくる。

「いや、でも本当に見えたんですよ」

「そうそう、ボクと目が合ってビックリしてた!」

「ソフィアもビックリしてたよね」

「だって、魔法具を発動させてるエイミーに接触してれば、ボクも見えなくなるって言われてたんだもん。騙されたってパニックになったよ」

「エレオーンの眼鏡の使用者に触れれば同じ迷彩効果が得られるのは事実だぞ」

「どのみち僕にはソフィアだけでなくエイミーちゃんも見えてたしね」

「途中まではまったく気付かれてなかったのに……不思議だわ」ボソ


「ふむ、どうやら本当にイクゾー殿は魔法具の能力を退けたようだな」


「自覚はまったくないんですが、そもそもそんな事が可能なんですか?」


「可能だ。エレオーンの眼鏡の迷彩効果は、賢者のスキル『くもりなきまなこ』を持つ者なら見破ることができる」

 これは無いな。だって俺についてるのは情欲にまみれて濁り切った眼だもの。



「賢者のスキルなんて僕は持ってませんよ…………って、賢者? 賢者かっ!!」

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