第90話 元軍人アイリーン・グレイゴールの野望

「イクゾー殿……貴殿はまたとんでもないことをやってくれたな」ゴゴゴゴゴ


 ソントック行員清純派(仮)の着エロ尻コキによって服を着たまま暴発させてしまった俺は、ギルドビル1階のトイレでパンツを水洗いし備え付けの魔道具エアタオルで風を吹きかけ、生乾きの気持ち悪いパンツを装備した。

 トイレを出たところでエイミー、ソフィア、アイリーンの三人に遭遇し、元女軍人に顔を貸せと休憩所に連れて行かれ初手から凄まれた次第。解せぬ。


「また僕が知らずに何かやってしまっていましたか?」


 またエイミーが妙な告げ口をしてないといいんだが。

 あのチクリ魔は、女忍者ピーナにすら気配を感じさせずに覗きができるという恐ろしいスキルを持ってるからな……あっ、まさか…さっきの尻コキかっ!?


「この期に及んでまだとぼけるとは────私も舐められたものだ」ギラリ


 ヒェッ……ただでさえ赤い目を真っ赤に燃え上がらせておられる。

 アカン、やっぱりルーラとの情事をチクられてたんやっ。

 な、な、ななな何か言い訳せんと。はよう。はよう。


「あれは、ですね、まぁその、お互いに、そう、合意の上だったんですよ!」


「ギルマスと合意の上だったのは知っている」


 ホモダチちゃうわっ!!


 えー、何で俺がラムンの尻で昇天したことになってんだよ。

 あの地味メガネ覗き魔めぇ、とんでもないデマを流してくれたなぁ。


「エイミーが何を言ったのか知りませんが、それは誤解です。事実無根です!」


「エイミー? イクゾー殿こそ何か誤解しているようだ」

「へ、どういうことですか?」

「私は貴殿とギルマスの怪しい言動を見て気付いたのだ」

「………何を…ですか?」

 やっと俺も気付いた。この女の言わんとすることを。



「銀行強盗の真の黒幕は貴殿だな」



 やっぱりそれかぁ。

 今朝の強盗騒ぎの真相を見事に看破したアイリーンは、真正面から俺の目を見据えて微動だにせず、素直に吐けと真っ赤な視線で威嚇してくる。

 完全に軍人モードでの尋問だ。誤魔化すなんて俺には無理ゲーだろう。

 だから今、俺がするべきことは、この女の目的を探ることだ。


「ご明察。ですがそれを僕に告げて貴方はどうするつもりなのですか?」


「見事な手腕だったと称賛するつもりだ」ニンマリ


 称賛!?

 いや、額面通りに受け取っていいのか分からん。油断はしないぞ。

「お褒めにあずかり光栄です」

「いやはや実に素晴らしかった。これでギルド銀行に預金が殺到することは間違いない。我らがギルドもその恩恵を受けるだろう」

「そうなりますね」

「セクスエルム・シスターズの名声もまた高騰し、彼方まで轟きわたる」

「そう上手くいくと良いですが」

「その為に貴殿はアトレバテスから記者を招待していたのだろう?」

「そこまでお見通しですか。さすが元軍人ですね」

「フッ……」

 アイリーンは俺の『軍人』という言葉に自嘲めいた笑いを漏らした。

 あまり良い思い出がないのかもしれんな。きっと。


「都市アトレバテスでも名うての悪党団、エイベル一家を計画に巻き込んで壊滅させるとはな。恐れ入ったと言うしかない」

「恐縮です。ただ、その辺は全てピーナさんの手柄ですよ」 

「フフフッ、イクゾー殿がそう言うのなら、そういう事にしておこう」

 いやマジだから。悪党連中に関してはピーナに丸投げしてたから。


「今回の強盗に加担していたスチームカー強盗団だが、町から逃げ出したところを待ち伏せしていた保安官のモーガン殿が一網打尽にしたそうだ」

「さすが未来のウェラウニ市警の署長ですね。大したものです」

「だが、これもまた貴殿の書いた筋書き通りなのだろう?」

「そうです。今後のことを考慮すれば、彼にも手柄が必要でしたから」

「故に、ギルドからはあえて逃がしたのだな」

「ええ、その点もピーナさんが上手く彼らを誘導してくれました」

 ホント使えるチートな許嫁で幸せだなぁ。僕ぁ死ぬまで君を離さないぞぅ。


「いつからこの計画を立てていたのだ?」

「たしか初めてギルドに来た翌日ですから……3月3日だったかと」

 ちなみに今日は3月19日で、この世界の1ヵ月は36日だったりする。

「僅か半月足らずでこれほどの計画を立て準備し実行に至ったのか───」

 アイリーンは驚愕と呆然が入り混じった表情で俺を見つめる。


「もはや脱帽するしかない。降参だ。悔しいが潔く負けを認めよう」


 えっ、いつの間に俺との勝負になってたんだ。意味が分からん。

「ちょっと何を仰ってるのか分からないのですが?」

 元女軍人は俺の問いには沈黙で応え、ただただ俺の姿を舐め回すように注視するだけだった。まるで届いたばかりの商品を入念に鑑定するかのように……


「そうだ。アトレバテス南署から依頼完了確認通知と感謝状が届いている」


 しばしの静寂の後、急に別の話題をふってきた。まぁ無言面談よりマシか。

「工場へのガサ入れは無事に済んだようですね」

「そのようだ。発見した失踪者21人全員を保護したと伝えてきた」

「それを聞いてホッとしました」

「僅か数日で大量の失踪者をいかにして発見したのか教えて頂きたいものだ」

 アイリーンの表情は微笑んでいるが、目は1ミリも笑ってない。

「それは秘密です」

 不正はしてませんよとアイコンタクトで注釈しておく。

 それで赤眼の美女は納得してくれたらしく、追及せずに話を先に進める。

「今日は強盗騒ぎもあってバタバタしていたから無理だったが、明日の午前中には五等級への昇格が正式に受理される」

「有り難うございます」

「これで貴殿が豪語した通り、1週間で五等昇格は果たしたな」

「次は1ヵ月で四等昇格を目指して精進します」

「その為に今週、ルークたちと北の森へ魔獣討伐に行くのだったな」

「そうです……けど…?」

 アイリーンが両腕を組んで目を閉じている。何か────嫌な予感がっ。


「その討伐クエスト、私も同行させてもらうぞ」ギラリーン


「は? どうしてですか?」

「ほほぉ、私が付いて行くと何か不味いことでもあるのか」

 引率なんていらんわ。子供の遠足ちゃうねんで。

「いや、そんなことはないですけど……ただ、理由が知りたいです」


「万が一が起こって貴殿がいなくなると困るのだ」

 

「困るって……アイリーンさんがですか?」


「そうだ。私にはイクゾー殿が必要なのだ」ギラリ


 元女軍人はもともとシリアスな顔に真剣な表情を貼り付けて凝視してくる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように俺は熱い視線で縛られこの場に固定された。

 ───これは逃げられん!

 何だか良くわからんが、それだけは良っくわかった。

 ともかく、これじゃあ埒があかん。この女の真意を聞きださなくては。


「いきなり必要と言われてもサッパリ意味がわかりません」


「ここ数日、貴殿と行動を共にすることで嫌でも思い知らされた───」

 んん、話が飛んでないか。何を言い出すつもりなんだ?


「イクゾー殿には、参謀としての稀有な才能がある」


「えーっ、それは買いかぶりというものですよ」

「謙遜など無用だ。貴殿が300年前の内戦時代に生まれていれば、ロビン・モアのような英雄になっていたろう。実に惜しいことだ………」 

 アイリーンは俺の目を見つめたまま、どこか遠くを見ているような顔をした。

 あぁ、たぶんこれは、自分のことを言ってるんだろうな。


 ───内戦時代に生まれていたらと悔しい思いをしてるのは彼女自身なんだ。


 俺の脳内の呟きを聞いたかのように、彼女はまた自嘲気味にフフッと笑う。

 そして、目から入って心の奥まで覗き込むような見つめ合いがしばらく続いた後、アイリーンは意を決してこの会談の本題を切り出してきた。



「イクゾー殿、私はな、自分の軍隊が欲しいのだ」



 はぁ? 自分の……軍隊…………!?

 ちょっと言ってることがマジで分からない。

 どっかの国か領地で女王様か女領主をやって戦争したいってことか。

 ふぅ、平和なこの時代にとんだ戦闘狂が潜んでいたもんだぜ。


「そうではない。私はあくまでも軍人だ」


 うおっ、また思考を読まれた。俺の周りにエスパー多すぎるだろ。

 うん、分かってる。俺が考えてることを顔に出すタイプってだけよな。


「では、どこかの王様か領主に将軍として召し抱えてもらうと?」


「元帥だ。そして、私が仕えるあるじはもう決まっている」


「へぇ、それはぜひ教えて頂きたいですね」

 いやマジで興味あるわ。この女が膝を屈して従う主ってどんな人間なのか。

「悪いが今はまだ言えないのだ」

 そりゃそうだろうな。ここまで話してくれたことだけでも仰天もんだ。

「残念です。でも言える時がきたら必ず教えて下さいね」


「その時が来たら───イクゾー殿も一緒に来てくれないだろうか?」


「はぃぃぃいいい?」

「貴殿なら名参謀にも名宰相にもなれる。待遇は保証しよう」

「いや、でも、僕は、エマたちの家に婿入りしてますから!」

「問題無い。セクスエルムのパーティーごと面倒をみようではないか」

 あっ、それなら本当に問題ないな。

 エマたちの事情も聞かなきゃだけど、俺的にはどこだろうと構わない。

 それがハーレムで、愛する女たちがいれば、場所はどこだっていいのだ。


 いや待て、この町を市に昇格させる約束があったわ。

 それを果たすまで遠くへ離れる訳には遺憾。だから───


「行く場所と時期によりますね」


「そうだろうな。イクゾー殿にはまだこの町での使命が残っている」

「その通りです」

「だから私の方はその後で構わない」

「それで大丈夫なんですか?」

「分からん。だがどんな苦労をしてでも貴殿が欲しいのだ」ギラリーン

「そ、そうですか……光栄です」

 色気ムンムンの美女に欲しいと言われたのに愚息がおっきするどころか、金玉がキュッと縮んでしまう小心者の俺だった。

 そんな心の葛藤を見抜いたかのようにアイリーンは隣の椅子へ移動してくると、俺の太ももの上に手を置いて撫で回しながら強烈なジャブを放ってきた。



「先程はお楽しみだったようだな」ニヤァ

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