第88話 ヤンチャ行員レイン・ボッシュの名推理

「私は聞いてませんわ」ゴゴゴゴゴ

 

 なん…………だと…………っ!?

 逆になんで聞かされると錯覚していた?

 お前に伝えなきゃならん要素なんてどこにも無いやろ。

 アンタ何者なんだよ。町のフィクサーかよ。世界の中心かよ。


「この町に来たばかりの貴方が何を言ってるんですか?」


「町おこしともなれば銀行の融資が必要なはず。なのに相談もなしとは!」

 ジェシカは憤懣ふんまんやるかたなしといった風情でこぶしを握り天を睨んでいる。

 ふむ、まぁ一理あるのか。

 だが、銀行なんて当てにしてなかった。ただそれだけのことよ。


「町の予算でやりくりする予定でしたからね」


「そんな町おこしがあってなるものですかっ!!」ドンッ


 なんでやねん!

 別にあってもええやろ。どして銀行から借りるのが大前提になってるのん。

 ホントどこまでも自分本位な思考回路しとるよなぁ。いっそ清々しいわ。

「まぁ足りなかったら僕が援助しようと思ってましたし」

 とはいえ、既に俺の財布はいろんな事業の仕込みですっからかんだけどなー。


「貴方という人はどこまで私の邪魔をすれば……」プルプルプル


「まぁまぁ、僕たちが銀行を計画に入れてなかったのは仕方ないでしょう」

「どういうことですか?」

「だって、ソントック銀行は直ぐに撤退する予定だって分かってましたからね」

 1年のテナント契約を延長せずに業績不振とか言って逃げるつもりだったろ。

 後にはギルドに借金が残るだけの詐欺をかまそうとしてたじゃないか。

 滞納野郎から奪った金で一括払いしてなかったら実際そうなった筈だ。


「くっ……まぁその、私ではなく、営業マンが、勝手に、やったことですわ」

 まんまダメ政治家の言い訳!

 これはこれで面白いからもうちょっと楽しみたいけど、また後日だな。

 今夜は他にも話をして親睦を深めたい人たちがいる。


「お互い過去は水に流しましょう」

「仕方ないですね。今後はこのようなことがないよう厳重に注意して下さい」

 はいはい。現場猫でも雇ってヨシ!と言わせときます。


「では、4月1日の銀行本オープンの1週間前までには事業計画書を提出させますから、直ぐにでも融資できるよう準備しておいて下さいね」


「了解しましたわ。記念すべき当行融資第一号の栄誉をお約束します」

 そんな微妙な栄冠はいらん。

 だが、口には出さずに嬉しそうな笑顔でお礼を言うアダルトな俺だった。


「さあ、アレー様ぁ、融資処女貫通を祝って乾杯しましょぉぉぉ」


 隣にピタりと寄せてきたイヴォンヌが差し出すグラスを受け取ったが────

「ちょっと何を言われてるのか分からないです」

「んもぉ、今夜は無礼講なんだからもっと弾けても良いのよぉ」

 うおっ、さらに太ももをからませてキタ!

 何でこんなにエロくてフェロモンムンムンなんだよアンタ。最高かよ。

 童貞を殺すセーターみたいなニットミニワンピも似合い過ぎだろ。反則かよ。

 

 こんなんもう触ってまうやろーーーっ!!


 プチッと頭の中で何かが切れた俺は、気付くと右手をスネークさせていた。

 ミニワンピの中のパンツの中にまで……

 数年ぶりの愉悦に歓喜したイヴォンヌの豊かなブロンドから甘美な匂いが立ち昇り、垂れ気味の目はトロンと焦点を失って潤んでいく。

 その反応に興奮度MAXな俺のシャイニングフィンガーはますます冴えわたり、フェロモン美女行員はポッテリした赤い唇から小さな悲鳴を漏らして昇天すると、ガクガクと震えながら俺の足元に崩れ落ちていった。


「あ、貴方っ……さっきから何をやってますの!?」


 一部始終を間近で見ていたジェシカが今頃ツッコんできた。

「美しい女性に誘われたら必ず応じるのが母国の礼儀なのです」キリッ

「この国では犯罪です!」

「そうでしたか。ですが、それなら何故すぐに止めなかったのですか?」

 生つば飲み込みながらガン見してたもんな。完全にムッツリだろアンタ。

「なっ……そ、それは…………」

 ふふふ、言えんよなぁ。俺たちの痴態を見ながら一緒に興奮してたなんて。

 今もまだ顔を赤くしてモジモジしとる。もっと恥じらうがいい。己の背徳を。

 まぁ、今夜のところはあと一発かますだけで勘弁しといてやるか。


「ジェシカさんのお誘いも待ってますよ。貴方ならいつでも大歓迎です」


 俺はイヴォンヌを抱え起こして絶句するジェシカに託しニッコリと微笑んだ。



「あーっ!!アレー様じゃーん! ねぇ、ボクのことおぼえてる?」


 ソントック銀行ウェラウニ支店長ジェシカのもとを離れ、次なるお目当ての女性を探しに数メートル歩いたところで、自称『ボク』の女に声をかけられた。

 一瞬、ボクっ娘のソフィアかと思ったが、そこには居たのは完全なる別人。

 まさかのボクっ娘2号の衝撃でフリーズし思考回路はショート寸前ナリよ。


「…………………あっ!」

 数秒後に再起動した俺はやっとこの少女の顔を思い出す。

 ギルドビル5階の銀行用更衣室からジェシカたちと一緒に出てきた女の子の中にいたよな。たしかもう一人、同年代のメガネっ娘がいたはずだ。

 あの時の純白レオタード&ハイヒールはやたらエロかった記憶。ムフ


「ギルド銀行の金庫フロアで働いてる人ですよね」


「ギルド銀行なんてありません! ソントック銀行です!」

 

 うおっ、ジェシカばりに突っ込まれた。

 こういう場面では絶対に訂正するように銀行から教育されてるなこれは……

「失礼しました。今後気を付けます」

「えー、冗談だってば冗談。どう、ジェシカさんに似てた?」

 なーんだ、銀行員なのにお茶目な奴じゃないか。

 実際、見た目や口調もそんな感じだもんな。


 髪なんてその最たるもので、青から緑そして黄と生え際から毛先に向かって色が変わっていく三色カラーになっとる。意味が分からん。

 肌は健康的な小麦色で活発そうなこの少女によく似合ってる。

 身長は俺より少し低いから162センチぐらいか。

 この世界では至高とされるスレンダー体型&控えめなパイオツ。

 総じて、ヤンチャ系JKといった印象だな。

 知性を感じないから、とても銀行員には見えんが、これはこれでアリというのが俺の愚息のジャッジだ。うむ、全然イケる!

 

「まんまジェシカさんでしたよ。ところで、お名前を聞いてもいいですか?」


「ボクはレイン・ボッシュ。よろしくな」

「僕は荒井戸幾蔵です。こちらこそ宜しくです」

「だけど今日はいろいろ凄かったよなー。アレー様は大丈夫だった?」

「はい、エマ司祭たちのそばにいたので。レインさんはどうでした?」

「金庫室にいたら急に裏門から煙が上がってきてビックリしたよー」

「強盗団が放火したそうですね。お客さんたちが逃げ出せないように」

「その燃え上がる炎の中を平気で歩いてくるローラさんメッチャ凄った!」

「えぇぇぇ、そんなことがあったんですかっ?」

 目立つ行動は控えろとあれほど注意しといたのに、あの肉キチめぇ。


「嘘みたいな話だけどマジだよこれ。あの人には何かあるね。絶対に」


 ほら見ろ、こんな風に疑われて噂になっちゃうんだよ。

 あぁぁぁ、正体がダークエルフだとバレたら不味いと何度言えばぁぁぁぁ。

 ふぅ、とにかくレインがどう思ってるのか探っておかないと。


「な、何かあるって……たとえばどんな?」


「ふふーん、実はローラさんって───人間じゃないんだよ!」ドンッ


 BARETA!


 こいつ、能天気なお馬鹿キャラのくせになんて鋭い推理をするんだっ。

 いや、天然だけに動物的なカンが働いたのかもしれん。

 何れにしろ、これはヤバイ。非常にヤバイ。

 ローラが人外だと悟られたら、遠からず闇エルフと気付く者も出るだろう。

 そしたら終わる。いろいろ終わってまう。

 ここは上手いことフォローしなくては……


「人間じゃないってそんな有り得ないよ。じゃあ彼女は何だっていうの?」


「そんなの決まってるじゃーん」

 え、決まってるの? 

 薄い胸を張って鼻息が荒くなるほどレインは自信満々だ。


「……その決まっているというローラさんの正体とは?」


 俺はレインの淡い赤紫の瞳を見据えて問いかけ、ゴクリと生唾を呑み込む。

 この天然元気ハツラツ娘の中で一体どんな名推理が出たというのか……

 何だか不安よりも興味の方が大きくなってきたわ。さあ、解答カモ~ン。

 


「ローラさんはオーガだ! 間違いない!」



 へっ…………オーガ?

 意表を突かれすぎて頭がうまく回らない……何でオーガなんだ…?

 そもそもオーガってどんなモンスターだったっけ。

 オーク……は豚人間だから別物よな。

 オーガはたしか……日本で言うところの鬼みたいな感じだったか………

 駄目だ、分からん。素直に聞くべし聞くべし。


「どうしてオーガなんですか? そもそもオーガって何でしたっけ?」


「オーガは不死身の魔獣だよ」

 杉本・G・カムイ!

 そらチートにも程があるでー。人類大ピンチやんけ。

「あの炎の中を平気で歩いて渡れるのなんてオーガしかいないって」

「そうなんですか?」

「オーガは怪我をしても即効で治るから痛覚がないんだ」

「あぁ、だから火で焼かれても痛くも熱くもないんですね」

「そーいうこと!」

「でも、ローラさんてオーガに似てるんですか?」

 あんな駄肉のデパートはどう見ても不死身の魔獣ってガラじゃないだろ。


「ローラさんのがっしりした下半身なんてオーガそのものじゃん」


 あの魔尻かぁぁぁ。

 確かに人間離れしてて、もはや魔獣レベルなのは否定できん。


 ………ま、別にいっか。オーガで。


 ダークエルフとさえバレなきゃ問題はないだろ。たぶん。

 でも、一応確認をしておこう。


「オーガは人間と一緒に暮らしたりするものなんですか?」


「すごく珍しいけどなくはないよ。大陸東岸のイストリア帝国なんか皇帝の愛妾がオーガだったことあったもん。子供もたくさん作ってたはずだよ」

「へぇ、じゃあ別に人間の敵ってわけじゃないんですね」

「敵でも味方でもないって感じ。滅多に人と関わることがないんだ」

 ドワーフみたいなもんか。害獣じゃなくて珍獣って感じかな。

 しかし、このローラはオーガ説ってどのぐらい信憑性のある噂になるのか……

 今後のことを考えると、その辺を見極めておかないと。


「えーと、僕には彼女がオーガなんて恐ろしい魔獣には見えませんけどね」


「うん、けっこうボンヤリしてるもんな。だからハーフかクォーターかもよ」


 なるほど。そういう仮説もありか。

 ハーフかクォーターオーガなら普段のダメ人間ぶりも説明がつくよな。

 この噂ならみんな信じるかもしれん。

 うむ、いざって時は、オーガの血を引いてるで誤魔化すことにしよう。


「そうかもしれないですね。でも本人が気にしてるかもしれないから、この件は黙っていてくれませんか。お願いします」


「アレー様にお願いされたらしょーがない。黙っててあげる」

「ありがとう」

「その代わり、ボクのお願いも聞いてもらうよ!」 

 やたら素直に聞き入れてくれたと思ったらそうきたかー。

 このヤンチャ行員が俺に要求することって一体なんだ……?


「僕にできることならなんでも言って下さい」


「ちょっと待ってて。あの子よんでくるから!」

 

 言うなり駆け出したレインは、10秒もしない内に一人の少女を連れて来る。

 あっ、ジェシカたちとレオタード&ハイヒール姿で現れたメガネっ娘だ。

「お待たせ! ねぇ、この子のことおぼえてる?」

「もちろんです。金庫室用の制服姿がとても素敵でしたから」

「ほら、脈あるって言ったっしょ! ルーラ、良かったじゃーん」

「もぉ社交辞令に決まってるでしょ。すいません、この子ちょっと変なんです」

「変なのはアンタだよ! いい年して本ばっかり読んでさー」

「やめなさい。アレー様の前で失礼よ」

 申し訳なさそうな困り顔のメガネっ娘がくそ可愛ええ。キュンキュンする。

 レインがどんな意図で連れて来たのか知らんが、ここは自己アピール一択。


「僕は荒井戸幾蔵です。ぜひお名前を聞かせて下さい」キリッ


「はい、私の名前はクルーラ・パストライトといいます」

「ルーラって呼んであげなよ」

 レインはメガネっ娘の肩を抱いて頬を摺り寄せ、腕白小僧のように笑う。

「では、ルーラさんと呼ばせていただきます」

 そのルーラは暑苦しいレインを押し戻しながら俺に笑顔を見せる。可憐だ。


「それでボクのお願いなんだけどさぁ─────」

 あ、そんな話もあったな。

 ルーラを連れて来たってことはこの子にも関係したことなんだろう。

 そう予想はしていたが、レインの口から出た言葉はさすがに想定外だった……



「このルーラをアレー様の愛人にしてやってよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る